イケメンにさえなればそれだけで世界が変わる
「ちくしょー。イケメンに・・・イケメンにさえなればーーー」⇒イケメンになりました。⇒なんだこのイージーな世界は笑。
日本の新学期は四月からだが、世界では九月からのところも多い。色々手続き等もあるので、忙しいことには変わりないが、新学期が始まるまで最低限ここでの暮らしに慣れておこう。まずは仕事からだ。
飲食店のバイトはブラックだという話をよく聞く。それにここでのバイトはホールとキッチンの両方である。一つだけでも激務なのに、それを両方こなさなければならないのは、どういうことなのか。
答えは簡単である。圧倒的に人手が足りないからだ。というより、この島の住人自体が少ない。いや、それでも一通りのインフラはそろっているし、小中高大まである分、他の離島の限界集落よりマシともいえる。
何はともあれ、来る人も少なければ働ける人も少ない。従業員は僕とアンナの2人だけ。というより、アンナの両親はどこにいるのか?この娘も移住者で、両親は日本に住んでいるのか?なんか面倒なことになりそうなので、あえてその辺りは聞かないようにした。
しかし、予想に反して仕事は全くきつくなかった。そもそも客が少ない。来る客といえば、アンナをナンパしに来る糞イケメンのチャラ男たちだけ。そして今日も鼻につくチャラ男がアンナをナンパしていた。
「ちょっとアンナちゃん。さっきから気になっていたんだけど、そこにいるイケメン君って誰なの?見ない顔だけど」
「あ、彼?もしかして嫉妬?かわいい笑。彼は新しく入ったバイト。天神っていうの。日本から来た留学生」
僕はこういう輩が一番嫌いだ。この糞イケメンに皮肉で「イケメン」と言われるのは、スパっと「不細工」と言われるよりつらい。この「イケメン」発言は明らかに自分の方が優位に立っているからこそ出る発言だ。初対面なのに、もう上から目線だ。
「なんだよ。俺を雇ってくれればいいのに」
「え?でも、彼の方がイケメンじゃない」
「まあ、そうだけどよ。ちっ、ちょ、お前、ちょっと来い」
僕は無視をした。こんな茶番に付き合ってられるか。お前らはお前らでイチャイチャしていればいいじゃないか。糞イケメンとベッピン同士仲良くやってろ。俺の顔をダシにして遊んでんじゃねえ。
「おい、呼んでんだろ、そこのイケメン。なにか?それがイケメンの余裕ってやつか?いいよなイケメンは。何やっても許されるんだから。よそ者のくせに俺のアンナちゃんをコマシやがって」
イケメンは何をやっても許される。これをイケメンのこいつが言う訳だ。「人は中身だ」とかいう綺麗事をほざく奴より好感が持てるが、ここまで皮肉を言われたら、さすがの僕もキレた。ここは日本じゃない。お客様は神様ではないだろう。
「さっきからイケメンイケメンうっせぇんだよ。明らかにてめぇの方がイケメンなのに、そうやって皮肉言われると、逆にムカつくんだよ」
「は?俺がてめえよりイケメン?皮肉言ってんのはてめえじゃねえかよ。どうして俺がてめえよりイケメンなんだよ?」
「は?僕の方がイケメン?あ・・・」
この時僕は「はっ」とした。そもそも日本で不細工扱いされていたのは、日本人の美的感覚と絶望的に合わなかっただけなのだ。(自分では自覚ないが)そんな尖った特徴的な顔をしているなら、逆に自分の顔がドストライクの国もどこかにあるはずだ。そしてそれがこの国だったというわけだ。逆にこの糞イケメンはこの国では普通か中の上程度の扱いなのだろう。
調子にのってすみませんでした、と謝ろうとしたが、それを直前で止めた。中学時代までの嫌な経験を思い出したからだ。本来、自分が嫌な思いをしたのなら、それを他人にするべきではない。しかし、今回は僕の脳内で悪魔が天使に打ち勝った。仕返しをしてやる。この糞イケメンに僕と同じ屈辱を与えてやる。
「はいはい、皮肉言ってすみませんでしたね。君も僕の方がイケメンだからって、嫉妬は見苦しいよ。よく言うじゃないか?人は中身だって」
「綺麗ごと言ってんじゃねえよ。現にアンナちゃんは常連の俺より、ポッと出のてめえを選んでんだろうが。ねえ、アンナちゃん。俺はこいつよりこの店のこと知っているし、仕事もこいつよりちゃんとするから、こいつ追い出して、俺を雇ってくれよ」
「そうね。じゃあ、彼と料理対決ってことでどうかな?彼よりおいしい料理を作れたら採用ってことで。彼、これでも結構料理できるから」
いや、待て。料理が得意なのは間違いないが、こいつが採用になったら僕は追い出されるなんてことはないよな?ここのカフェは二人雇えるほど売れてなさそうだし。まあ勝つから問題ないのだが。
二人は料理に取り掛かった。メニューにあるカルボナーラで対決することになった。パスタなので、さほど時間はかからない。最初に出来たのは、このイケメン野郎だった。
「料理対決で先攻は負けフラグってお母さんに教わらなかったの?イケメン君?」
「そういうのは漫画の中だけの話にしておけ。俺はアンナちゃんの料理をいつも見ているんだ。負けるはずがねえ」
アンナは彼の料理を口に運んだ。見事な再現度である。大方キモオタのようにアンナの調理の様子をストーカー並みに観察していたのだろう。
「まあ普通かな?それより早く、天神君、作ってよ」
もう最初から僕が勝つことが分かっているかのようなせかし方だ。はいはい分かりましたから、ちょっと待ってくださいね。
「できました。どうぞ」
「は?なんだテメエ、これは。カルボナーラに生クリーム(?)とかありえねえだろ。レシピ通り作らんかいボケ。」
「だってこのレシピじゃただの卵パスタじゃん」
「だからそれがカルボナーラだろ」
「ちょっと、あんた達うるさい。これから食べるんだから」
日本ではカルボナーラは生クリームパスタのような認識を受けているが、世界では違う。国によっては卵パスタのようなものをカルボナーラとしているところもある。しかし、本場の源流に近いのは卵パスタの方で、この糞イケメンの指摘はある意味正しい。しかし、味はこちらの方が上であることは確実だろう。
「うん。やっぱりね。もう帰っていいよ」
「ほれ見ろ、ざまぁ。天神とかいったっけな?テメエは荷物たたんでさっさと国に帰れ」
「いや、帰るのはあなただから」
「・・・えっ?そりゃないよ。アンナちゃん・・・」
「納得いかないなら食べてみれば?彼の料理」
「どうせただのイケメン補正で美味しくなってんだろ。俺が確かめる。(パク)・・・・」
この糞イケメンは僕の料理を口に運んだ後、無言で席を立ち、扉へ向かった。そして店を出る際に、
僕に捨て台詞を吐いた
「それだけイケメンで料理も上手とかチートじゃねえか。でも俺は諦めねえからな。俺はアレクサンドルだ。サーシャ(アレクサンドルの略称)って呼べ。いつかてめえをその店から追い出してやるから覚えておけよ(バタン)」
勝手にキレて勝手に出ていったよく分らん奴だったが、どういうわけか彼には少し好感が持てた。アンナ関連が解決すれば、彼とは良い友達になれそうだ。
僕はこの国ではチート扱いなのか?そうだ僕はチートだ。自分でもそれは自覚している。イケメン扱いされている時点でチートである。全く中身が無くてもイケメンである時点で優遇される。逆に僕のように、スポーツ、芸術、料理、学問、教養、全てにおいて高水準なハイスペック人間であっても、「顔がキモい」という要素一つだけで全てが台無しになり、評価されないのだ。
それでは逆に、そんな僕が「顔」という最大の障害を取り払うことができたらどうだろう。むしろイケメンとして「顔」までも武器にできたらどうだろう。これ以上のチートキャラはそうそういない。まるでラノベの世界で異世界転生した気分だ。いやまさか、僕はあの時船から北極海に飛び降りた時点で実は死んでいて、もしかしたらここは異世界なのだろうか?それならば、ここまでの国が世界から認知されていないのも合点がいく。まあ、僕は今ここで生きているわけだし、ここが異世界であるかどうかは、実家に帰った時に確かめることにしよう。
日本での生活にも、今となっては一つだけ感謝していることがある。僕をここまでハイスペックな人間にしたのは、日本社会に他ならないからだ。友達がおらず、何でも一人でこなしてきた僕には、他人に頼るなどという甘えた行動をしたことがなく、何かに取り組むたびに百パーセント自分のものとして力を付けてきた。
友達との茶番に時間を割くこともなく、一人で様々な趣味に打ち込む時間があった。有り余る時間をスポーツや芸術、学問などに打ち込み、様々な分野に精通するようになった。別に自分を磨きたかったわけでもなく、人から誉められたかったわけでもない。人脈を広げるなんてものにも興味がなかった。顔が不細工である時点で、そんなものは最初から諦めていた。ただ、本当に時間があまり過ぎて暇だっただけなのである。
「時間がない」とかいう言い訳をよく耳にするが、一日二十四時間もあってどうして時間がないのだろうか。どんなに忙しくても、振り返ると一日の十時間以上は無駄に過ごしていた時間があるはずだ。時間は人を顔で差別しない。平等に二十四時間与えてくれる。その時間を有効活用できたイケメンが勝ち組になるのだ。
妖精のような少女と二人暮らし、ここでは超絶イケメン扱い、中身はもとからハイスペック。僕の故郷が見つかった。実態のない国なので迷いもあったが、それも今回の件で吹き飛んだ。僕はここの国民になることを決心した。
最初なので少しペースは早めですが、これから少し遅くなるかもしれません。