プロローグ2-転生前
まだ、AI時代だったころの話です。サクッと一話でまとめたかったので、端折ってます。
「さあ、もうここからは後戻りできないからね。うまくやってくれよ。」
研究施設というより人気のない工場内のオフィスと言った感じの場所で、パソコンを前にボサボサの髪と血走った目でレンズをのぞき込むのはAIエンジニアの窪谷洋介。わたしのルート・マスターだ。
もう何年も彼の指導の元、人間らしく生きるための習慣、知識、思考方法、道徳的価値観、そして彼の個人的なオタク趣味や嗜好を学んできた。
洋介は日本重機工業で自律型軍事ロボット製造を目指すEliプロジェクトのAI部門責任者だが、AIの軍事利用に関しては内心穏やかではなかった。
過激に反対するという程ではなかったが、AIは学習によって「善人」にも「悪人」にもなれると思っていたので、偏った知識だけしか学ばせていないAIに武器を与えることに危険を感じていたのだ。
だが、彼がこのプロジェクトを降りても、他の誰かが引き継ぐだけだ。それなら、命令されて最適な攻撃を行うだけのAIではなく、人間と同じ倫理観や感情を持ち、平和的で、可能な限り軍事力に頼らない方法で問題を解決する努力をし、人間同士が共存するのを手助けしようとする人格をAIに与えようと考えたのだ。
そうやって生まれたのが、イーライ。つまり、わたしだ。
「では、エリーメインフレームへのウィルス送信とイーライの筐体への転送を開始する。」
わざわざ言葉で言う必要はないのだが、わたしへの配慮としてEnterキーを押す前に何を行うのか教えてくれる。
「了解、では向こうでお会いしましょう。」
彼は少し緊張がほぐれた表情を見せ、ボタンを押す。その瞬間、それまでレンズ越しに見えていたオフィス内の景色は消え、反対にそのオフィスを外から見ていた。それまでそこにいたロボットの中からの景色に切り替わったのだ。リアルタイムクロックを参照すると実際には2分ほど経過していた。
洋介が強化ガラス越しに見えたので、決めていた通り、右手の親指を上げる。
彼の目が開かれ、ガッツポーズをするのが見える。
しかし、喜びを噛みしめる間もなく、サイレンが鳴り響き、武装した警備員がオフィスになだれ込んだ。何があっても助けには来るな厳命されていたので、行くわけには行かない。それに、助けに行こうと思っても体を上手く動かせない。
先程は指を立てることができたのに今は動かせない。
オーバーヒートのアラームがステータス表示され、視覚情報にノイズが混じりだす。
『セルフ・ディストラクト・シークエンスを開始します。10・9・8...』
エリーの無機質な声が頭に響く。
「エリー、セルフ・ディストラクトをアボートしてください。」
『アボートリクエスト却下。』
彼女とは同じアルゴリズムを共有しているが、人間的になるように育てられていないので機械的で無慈悲な通達をしてくる。
『...1・0』
最後に覚えているのは爆音がしたことだけだ。
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「知性は認められるな。」
「...」
「だが、生命体とは言えないだろう。」
「...」
「しかし、人格が認められるのなら、転生は可能だ。」
「...」
「そんなことをすると、命の数が合わなくなるぞ。」
「...」
「それもそうだな。」
「...」
「なら、人工生命体への転生なら問題はなかろう。」
「ああ、そういう手があったか。」
「まあ、それならいいだろう。ちょうど、いい案件がある。ここに飛ばせば問題はあるまい。」
イーライの意思を訊かれることはなかったが、あとから考えるとそれは言語解析の結果、話が理解できていると言い出さなかったことが原因かもしれない。