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ハイスピード・オウルナイツ  作者: 小村・衣須
STAGE2 グロウアップ・スクワイア
8/8

第7羽 魔法

「さて、次は魔法について説明していくぞ」


 開け放たれた窓の外から、清らかで、なおかつ優しい風が教室へと流れ込む。カーテンを揺らしながら入り込んでくる風は、それでいて教科書やノートをめくる事なく、生徒達に安らぎを与えてゆく。

 爽やかな風の心地良さを感じながら、各々の机に座る生徒達。彼らの目線は、担任の教師が板書している内容へと向けられている。


 黒板にチョークで描かれる綺麗な白色の文字列。それらを、教科書を参照しながら見て取り、ノートへと書き込んでいく。

 いたって普通の授業風景。1つ、普通の学校のそれと違う点を挙げるとするならば。


「キュウ」

「コルル?」

「カァアー……」


 生徒達が座る机の端に備え付けられた、T字の木材。職人の手によって丸く整えられたそれ──止まり木に掴まり、己の騎手(あいぼう)と共に授業を受けている存在達。

 そう、騎獣だ。


 ここは王立騎士学院。騎士を育成すべき開かれた学び舎は、騎手たる人間は勿論、騎獣たる鳥達に対してもその門戸を開いている。


 騎獣達はそれぞれに用意された止まり木に留まりながら、教師の言葉を聞きつつ首を傾げたり、或いは成る程と理解した風な態度を見せたり。または自分の騎手に分からないところの解説をしていたり、こそこそと私語に興じて、教師に睨まれる者もいた。


 それらは当然、我らがアオバ・カイトとチビ助も例外ではなく。


「クルゥ……」

「んー……? ぁあー……だいじょうぶ、さ……だいじょう……」

「クルッ!」

「あ痛あ!?」


 訂正しよう。彼らこそ、この教室の中で唯一の例外だ。

 うつらうつらと舟を漕ぎ、危うくノートに涎の世界地図を描かんとしていたカイトの額に、チビ助渾身の刺突がヒットする。フクロウなれどもそのクチバシは尖り、当然そんなものを額に受けたカイトは飛び起きた。


 反射的に跳ね飛び、椅子を倒しつつ立ち上がったカイトへと、教室中から視線が集中する。勿論その視線には、騎獣のクチバシ並みに鋭い教師の目線も含まれていた。

 それを受け、カイトは「いやー」と頭を掻く。その顔には当然、貼り付けたような薄い笑み。


「ほー、そうかそうか。睡眠学習とは良い心がけじゃないかアオバ」

「やー、ははは。別にそういう訳では……」

「ならば、私が今説明した部分も勿論分かるよなぁ?」


 教師のニヤリとした笑みを見て、カイトの格好つけた笑い(ポーカーフェイス)が半ば崩れゆく。慌てふためきながら手元の教科書をパラパラと捲る姿を見て、教師はやれやれと肩をすくめた。


「もういい。もう1度説明するから座りなさい」

「へーい……」


 すごすごと座るカイトの周囲から、僅かに笑い声が聞こえてくる。ふてぶてしく椅子に腰かけて周囲をチラリと一瞥すれば、ニヤニヤと笑いながら手を振るケンと、その隣で首を横に振るビリーの姿が見えてきた。

 あの野郎。そう独り言ちったカイトは、自分の顔を覗き込んできたチビ助の頭を人差し指で軽く撫でる。


「では再開するぞー」


 その教師の一声で、カイトは教科書へと向き直った。机の隅を転がっていたペンを手に取り、やや皺のできたノートを真っ直ぐ開く。

 それらを一瞥する事なく、教師は教科書を手に黒板を指差し始める。


「まず魔法ってのは、騎獣……正確には鳥類のみが使える特異な能力の事だ」

「でも先生。学長先生が始業式で使ってましたよ?」

「ありゃ例外だ。人間が習得するには魔法への極めて深い理解が前提だし、それを踏まえても1つの武術を皆伝するくらいの鍛錬が必要だ」


 生徒からの質問を、右手でチョークを弄びながら一蹴する。「続けるぞ」と言いながら、教師が黒板に記されたある文字を叩く。


「まず、全ての騎獣が持っているのが《飛行(フライト)》の魔法だ。これが無きゃ騎獣とは呼べない」

「……? 先生」


 手を挙げる生徒。教師が手を伸ばして促し、それに頷きつつ発言する。


「それじゃあ、鳥はいつもその魔法で飛んでいるって事ですか?」

「いや、鳥類は魔法無しでも空を飛ぶ事ができる。重要なのは、《飛行》が騎獣にとって必須のものであるって事だ」


 そう答えつつ、教師は黒板に書かれた「飛行」の文字をグルっと丸で囲み、強調した。

 黒板の一部分に書き込まれた文字を黒板消しで拭き取り、その上から新たな文字を連ねていく。


「《飛行》は空気抵抗を極限まで減らし、かつ自分とパス……直接間接に関わらず接触している存在にもそれを適用する魔法だ。これによって、騎手は騎獣の力を借りて空を飛べるようになった」


 チョークで書き込まれていく文字の1つ1つを、頷きながら自分のノートへと写していく生徒達。彼らの騎獣もまた、教師の説明を真剣に聞いているようだった。


「ついでに言えばニワトリやダチョウ、ペンギンといった飛べない鳥として知られている種も、この《飛行》によって飛行が可能となる」


 つまり。教師は手の中でチョークを白色のものから赤色のものへとすり替え、大きく黒板に書き記す。ここが重要な点である、という強調の意味を込めているのだ。


「あらゆる鳥類が飛行する為。通常では出せない速度を出す為。騎手が共に飛行する為。これらの点から、《飛行》は騎獣に必須の魔法となっている。これが、騎獣とただの鳥類を分ける点だ」

「それはつまり、《飛行》を会得しとる鳥っていうんが騎獣の定義でええんですか?」

「その通りだナナドラ。狭い意味での騎獣ってのは、《飛行》を持つ鳥類の事を指す訳だな」


 ビシリ、とチョークでケンの事を指し示す。カイトが横目で見てみれば、ケンがこちらを見て勝ち誇ったような態度を取っている事が認められた。

 あの野郎。そう独り言ちるカイト。


「その他にも色々な魔法があるが……特に有名なのは《言語(ランゲージ)》の魔法だ。騎獣が“ヒトことば”を話せる為に必要な魔法だが……まぁ、これに関しては持ってない騎獣もいる」


 その説明を聞きながら、ふとカイトはチビ助の方を見た。

 赤い瞳でしかと黒板を注視する小さなフクロウ。彼はどんな魔法を保有しているのだろうか?


「こっからも大事な点なんだか……騎獣が持てる魔法には限りがある。先天的な会得にしろ、後天的な習得にしろ、騎獣には生涯に保有できる魔法のキャパシティーが存在するんだ」


 黒板に文字を書く動作を止め、くるりと生徒達の方へと向き直った教師。その右手には、「3」の数字を表すように3色3本(白、赤、青である)のチョークが握られていた。


「それは3つとされている。騎獣が魔法を習得するメカニズムは未だに解明されていないが、それ以上を覚えようとすると心身共に拒絶反応が出るそうだ」


 僅かにざわめく教室。自分の騎獣へと小声で話しかけ、言葉を交わす生徒達。教師はあえてそれらを注意しなかった。


「更に言えば、どうやら同じ魔法を複数習得する事もできるらしくてな。それによって魔法が更に強化されたって報告もある。便宜上『魔法』と呼んではいるが、まだまだ騎獣にも謎は多い」


 そして次に……と言葉を続ける教師。その言葉を聞きながら、カイトはノートにペンを走らせる傍ら、己の騎獣(バディ)たるチビ助へと話しかける。

 初めて空を飛んだあの時の出来事と、今回の授業で聞いた話によって《飛行(フライト)》は確定している。加えて、コミュニケーションも鳴き声のみで“ヒトことば”を話さない事から、《言語(ランゲージ)》は持っていない事も明らかだ。

 ならば、残り2枠は?


「チビ助。お前が保有してる魔法ってのは……」

「クルル!」


 ピョン、と止まり木を飛び降りて、カイトの机の上へとチビ助が着地する。その体躯の小柄さ故に、然程机のスペースを取らずに邪魔にはなり得なかった。

 そのまま、チビ助はカイトのノートに書かれたある文字を足で叩く。それも3回。「3」という数字を相棒(カイト)に理解させる為に、一定の間隔で。

 数秒経ち、その意味を認識してカイトはニヤリと笑う。


(マジかよ……そいつは予想外だな)


 我が相棒ながら恐ろしい奴だ。己の騎獣に秘められたポテンシャルをそう評価しつつ、カイトはもう1度、チビ助の頭を撫でた。



────────────



 時は放課後、ところは学生寮。

 この王立騎士学院は学生寮を設けており、生徒達はそこを寝床としながら勉学に励む訳なのだが、如何せん小中高一貫であるが故に生徒の数は尋常ではない。

 その為、学生寮は複数用意されており、カイト達が拠点としているのもその中の1つである。


「あー……まさか騎士学院に入っても勉強とは」

「当たり前やろ。いくら騎鳥術が上手ぁても、頭がアホやったら騎士っちゅう立場がここまで偉ぁないわ」

「アホー! アホー!」

「それはそうなんだけどなー。んでビリーは黙れ」


 男子寮棟と女子寮棟に挟まれた中庭めいた空間。そこに設置された、コンドルをモデルにしたと思われる謎のオブジェに腰かけているのはカイトとケンだ。


「中学ン時の先公に夏休みの地獄補習を頼んでなけりゃ、今頃もっと死にそうな目にあってたかもしれねぇ」


 左手に持つパック牛乳をグビグビと飲みながら、カイトがそう呟いた。右手に握られた魚肉ソーセージは、肩に掴まっているチビ助が美味しそうに頬張っている。

 対するケンもまた、野菜ジュースを一口。ふぅ、と息を吐きながら、肩に乗っているビリーにナッツを食べさせている。


「自分、見るからに不良やもんなぁ。その点、僕は真面目に授業受けてたんやけどっ?」

「うわ、そのドヤ顔腹立つ。見てろよ、実技ではお前を打ちのめしてやらぁ」

「へへっ、それはどないやろなぁ? 僕とビリーをそう弱ぁ見てもろたら困る……?」


 2人の耳に、何やら騒がし気な音が届いてきた。何事かと周囲を見回してみれば、少し離れた場所(正確には女子寮棟の近く)で誰かが言い争いをしているようだった。

 顔を見合わせるカイトとケン。顔を見合わせるチビ助とビリー。彼らは頷き合うと、オブジェから飛び降りて騒動の場所へと歩き出した。


「困ります」

「そう言うなって。ちょっと俺らと遊びに行こうよ」

「その待ち合わせしてるって奴を待ってるよりもずっと楽しいからさ」

「困ります」


 どうやら、2人の男子生徒が1人の女子生徒をナンパしているようだった。しかし、その過程はあまり順調ではないらしい。


 月と夜空をイメージした黒いスカーフを身に着けているその女子生徒は、その冷ややかな目に違わぬ冷淡な一言で、男子生徒2人の誘いをバッサリ切り捨てる。

 中々乗ってくれない女子生徒の態度を見た男子生徒は、少しの苛立ちを込めて女子生徒の手を無理やり掴もうとする。と、そこで。


「おうおう! テメェらウチのお嬢に何してやがんだい!」


 甲高い大声が中庭に木霊する。3人の生徒がその方向を振り向いてみれば。


「ヨル、大丈夫ですか」

「ヒル、彼らがとても迷惑です」


 1羽のニワトリを頭に乗せた女子生徒の姿。太陽と雲をイメージした白いスカーフを身に着けた彼女は、言い寄られていた女子生徒と、非常に似通った顔立ちをしていた。

 ヒルと呼ばれた彼女は、彼女がヨルと呼んだ女子生徒から事の概要を聞き、その冷ややかな眼差しを男子生徒2人へと向ける。


「ナンパなら他所でやってくださいますか?」

「おっ、まさかの双子ちゃん? いいね、俺らとお茶しない?」

「ちょっとだけでいいんだよ、ちょっとだけで」


 馬鹿につける薬はなんとやら。ちっともめげる様子を見せる事なく、ヒルという女子へもターゲットを定めた。男子生徒の肩に乗っているカラスとハトもまた、「そうだそうだ!」「そっちのニワトリはどっか行け!」と野次を飛ばす。

 それを聞いて憤慨したのもまた、ヒルの頭に乗るニワトリだった。


「なんだとぉ!? 俺っちはこいつらのお目付け役だぞ!」

「暁、ただの賑やかしの間違いでは?」

「暁、あなたがそのお目付け役を果たしていた覚えはありませんよ」

「ぐっ……辛辣だなぁお嬢ズ!」


 ヒルとヨルの姉妹が、暁と呼ばれたニワトリと漫才を始める。それに業を煮やした男子生徒が、声を荒げようとした。


「お前ら、いい加減に……」

「いい加減に、ってのはお前らにも言える事なんだよなぁ?」

「なっ……!?」


 男子生徒達が振り向けば、そこに立っていたのはカイトとケン。カイトは笑みを浮かべながらも、ゴーグルの向こうからジロリと目線を向けていた。ケンはケンで、陽気に笑いながらもその目はあまり笑っているようには見えない。

 その姿を見て、暁というニワトリが翼を広げながら声を上げた。


「おう、お前らはヤンキーコンビ! こいつらを何とかしてくれねぇか? お嬢ズが迷惑がっているんだよ!」

「ヤンキーコンビって……僕はヤンキーと違うんやけどなぁ……」

「ヒトノウワサ! シチジュウゴニチー!」


 相棒(ビリー)の言葉に、ケンが額に手を当てる。それを横目に流しつつ、カイトは男子生徒へと声をかけ始める。


「んで、お前らはうちのクラスのタナカとミヤタか。こんなとこでナンパなんかするなよな」

「はっ、正義の味方ごっこかアオバ? これは俺達の問題だ。部外者は引っ込んでな!」

「その部外者に口挟まれるような事を堂々やってるって自覚持てよお前ら」


 話がどうにも噛み合わない。やがて僅かな苛立ちを覚えたカイトはやや声を荒げる。


「あのな。こんなところで騒いでたらその内先公が……」

「今度は先生頼りか? なっさけねぇな不良の癖に」

「不良はもう卒業したんだよ。それにな──」


「随分ビビりなんだな。そのフクロウも体と同じくらい心もちっせぇんだろ? お似合いだぜ」


 一瞬の出来事だった。

 カイトの肩から飛び出したチビ助が、男子生徒の内1人(タナカだ)に頭突きを食らわせる。突然だったが故に対処できず、その場に転がるタナカ。彼の騎獣であるカラスもまた吹っ飛ぶ。


 どこか誇らしげなチビ助。その目は「どうだ、見たか!」とでも言いたげだった。

 それを見て、もう1人の男子生徒(ミヤタだ)がハッと我に返り、相棒のハトと共に激昂した。


「おっ、お前、何しやがる!」

「クルルルッ! クルー! クルルークルー!」

「お前らが俺らを馬鹿にしたから、だとよ」


 ブラフだ。“ヒトことば”を話せないチビ助の言葉を、カイトは理解できない。しかし、感覚(ニュアンス)で把握する事はできる。

 カイトがミヤタの肩を強く握った。まるで、「逃がさない」とでも言うかのように。


「そういや、明日の授業は実技だったよなぁ?」


 ゴーグル越しに見えるカイトの目。その奥に、メラメラと燃える火が存在しているかのように、ミヤタは錯覚した。


「お前と、そこで転がってるタナカ。そして俺の3人でレースやるぞ。それが騎士(おれたち)の喧嘩の形、だろ?」

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