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7.ヒミツのレッスン?


 それから私は週に一度タクト先生にワグナー語を教えてもらうことになった。

 週に一度生徒会の会議があり、お兄さまがその日は遅くなるので、その時間に教えてもらうことになったのだ。ちなみに、ジークとラルゴも一年生の生徒会役員である。


 場所は、歴史学の準備室だ。資料がごたごたと積み重なっていて、埃っぽくて薄暗い。どうもタクト先生の巣のようだ。

 

 勉強といっても勉強らしくなく、まるでオタクのおしゃべりに近く、私は気が楽だった。

 私が読みたい本を持って行き、わからないところを質問する。難しい本は読めないので、主に子供向けの童話や詩になることが多い。

 それに先生が答える。

 たまに先生の琴線に触れる内容があれば、資料室をひっくり返して雑学談義になったりもする。だから、純粋に語学といえるかというとはなはだ疑問だが、ものすごく勉強になる。それがとてもオタクっぽくて、私は楽しかった。


 タクト先生は、やはり博識なのだ。

 その上、私のプライベートの話を聞かなかったのがとても居心地がよかった。学園内にいるとどうしても、優秀な兄の話だとか、麗しい婚約者の話が多くなってしまう。先生は知っているはずなのに、踏み込まない。この距離感が、まさにオタクっぽい心地よさ。


 某会場では本名知ってても呼ばないよ、リアルな生活の話とか聞かないよ、さあ萌を語ろうぜ!! っていうオタクの暗黙の了解ってやつ。


 朗々とタクト先生の朗読が響く。

 本当にいい声だ。主要キャラだけはある。

 初めてあった時は、発音には自信なさげな言いぶりだったけど、これを聞いているとそうは思えない。初見だと思われるこの本も、まるで母国語のように読むからそこにシビれる憧れる。


「ああ。そうだ、ちょうどいいものがあるんです」

 そういって、タクト先生は朗読を止めた。

 そして、ごそごそと資料室の棚の中から何かを探し始めた。


 たくましいとはお世辞にもいえないが、高い身長に広い背中は私たち小娘から見れば頼りがいがある。攻略対象というだけあって、もちろんイケメンだ。


 もちろん私だってかっこいいと思う。キャラデザの人まじで神。ちなみにタイアップのブルーライトカット眼鏡タクトバージョン買いました。その眼鏡越しにジークをエロい目で見れば、実質タクトジークじゃね? なんてとち狂ったこと呟いてました。


 ……白い目で見るな。


 そんなわけで、推しはジークだけど、彼に憧れる生徒の気持ちはよくわかる。これくらいの年頃は、大人に憧れる時期でもあるのだ。三十路になってみりゃ子供と変わらないとわかるけど、この頃の見る大人は大人で、何でも知っていて何でも教えてくれる、なんて勘違いしちゃうものだ。



 そんなタクト先生がカノンちゃんと恋に落ちるのはそろそろじゃないだろうか。

 孤立しているカノンちゃんが、一人動物と話しているのを見て、タクト先生の知的好奇心が刺激される。最初は、研究対象として個人授業という名の観察を始めるのだが、カノンちゃんのがんばる姿や、誰にでも優しく話しやすい人柄から恋に落ちるのだ。


 いい話や。


 このルートはカノンちゃんが自分のステータスを上げて、タクト先生との親密度を上げさえすれば、一年の学年末に王宮へ異動が決定したタクト先生から告白されハピエン。学年度末の舞踏会にはタクト先生がエスコートしてくれるのだ。


 ああ、あのスチルも美しかった。

 

 ただ、勉強をサボったり、動物に優しくしなかったりすると、相手にされない。親密度を上げすぎると、学年の途中で学園にばれてタクト先生は首になる。

 どのみち、アリアは原作ストーリー的に関係ないので安心だ。


 だが、うっかり主人公のフラグを折ってしまわないように気をつけなければ!

 私的にはこのタクトルートお勧めしてます! お願いしますカノン様!!




 突然バサバサと物が落ちる音が響いた。カチャンと硬い音が続く。

 私は驚いて、先生に駆け寄った。

 床に落ちた眼鏡が、私の足元へ転がってくる。慌てて拾う。踏んでしまってはいけない。

「返せ!!」

 拾い上げた瞬間、先生にひったくられる様に眼鏡を奪われ、あまりの勢いに驚いて体勢を崩した。積み重ねられたものに身体が当たる。


 ―― 崩れる!!


「っ!」


 思わず目を瞑る。


 力強く手を引かれ、胸の中にかくまわれた。

 ドサドサといろいろなものが落ちる音が響く。

 バクバクと心臓の音が鳴る。部屋が静まり返ったから、かえって体の中の音が響いた。


 思ってたよりも力強い腕、見た目よりも広かった胸。オタク仲間じゃなくて男の人なんだと自覚して、突然顔が熱くなる。心臓が、もっと大きな音を立てる。


 でも、先生の心臓、すごい音。


「大丈夫でしたか」


 テノールの素敵な声が、重なり合った胸から直接伝わってくる。

 先生の声が、体の中から響いてくるみたいで動揺する。


「……大丈夫です。ありがとうございます」


 全然、大丈夫じゃないけれども!! めっちゃ動揺してますけど!!

 耐性ないから、私の方こそはじけて飛ぶから!!



 やっとのことで答えれば、先生の腕の力が緩んで開放された。

 そっと、顔を上げれば、立ち上がる埃がキラキラと光ってとても幻想的だ。先生が不愉快そうに細める瞳は、金と銀の輝き。

 眼鏡越しでは、全くわからなかったのに。


「……太陽と月を持ってる……」


 思わず声になっていて、口を押さえた。

 先生は驚いて私を見上げた。大きく見開いた目と目が合う。やっぱり、綺麗だ。


 なんだよ公式! こんな裏設定隠しておくなよ!! めっちゃスチル出せよ!! つか、なんで眼鏡キャラにした?? おおん?? いや、眼鏡もいいけれども!! 


 先生は慌てて眼鏡をかけなおした。眼鏡越しに見ると、瞳の色は髪と同じ落ち着いたグレーだ。きっとそういう魔法か何かがかかっていたのだろう。

 そんな魔法の存在を今まで知らなかったけれど、先生ほど博識ならきっと出来るに違いない。


 そこまでして隠していたものを見てしまった……。

 どうしよう、触れてはいけないとこに触れてしまった。


 私は一瞬考えて、見なかったことにした。

 

 うん、スルーしよう。

 

 スルースキルは大切だ。腐女子だと気がついても、問い詰めなかった友人のように、華麗にスルーしよう。

 机に出しっぱなしだった薄い本を見なかったことにしてくれた母のようにスルーしよう。


 私は何事もなかったように、先生に背を向けて散らばった書類を拾い始めた。

 先生もそれに続いて、無言で書類を広い始める。


 うう、沈黙がきつい……。


 全部拾い終わってしまい、仕方がないので先生に向き直った。


 先生はもう眼鏡をかけていなかった。

 金と銀の瞳で、真っ直ぐ私を見ていた。

 それを見て私はほっとため息をつく。なぜだか隠されるより安心した。見てはいけないものではなかったということだろう。


 手に持った書類を先生に手渡す。


「すまない」


 タクト先生はそういうと、渡した書類を無造作につみなおした。


「それだと同じように倒れます」

「む」


 む、だって。

 なんだよそれ。大人のクセに、正論指摘されてすねるとか、子供か。かわいいか!


「……とりあえず、貴女に見せたいものがあるのでそちらを先に」


 タクト先生はそういうと、テーブルに戻る。


 逃げたな?

 まあいいけど。

 ジークタクト路線を、一瞬考えてしまった。



 テーブルの上の本を脇にずらし、真四角の板を真ん中に置いた。古いもののようだった。


 深い青の板が滑らかな木目の板に挟まれていて、中央には金色のビスが止まっている。半円だけ見える深い青の板には、精巧な絵が描かれている。木目の木地には月と太陽が彫られていて、金と銀の箔がついている。その周りに描かれた文字はワグナー語の飾り文字のようだ。

 まるで、工芸品のような美しさに目を奪われる。


「こうすると動きます」


 先生は、脇にある溝に指を入れ、中の青い板を回した。


「わぁ……」

「これは星座板です。先ほどの話は、ワグナー国の星の物語なんです」

「彼の国にも星物語があるのですね」

「ええ。こちらの国とは少しお話が違いますが」

「同じ星を見ているのに不思議ですね」

「そうですね。触ってみますか?」

「はい!」


 重厚な星座板は、きっと美術品として作られたのだろう。それでも、たくさんの人に触れられたのか、感触は滑らかだ。


 私は疑問に思っていたことを口にしてみる。


「こんなに素晴らしいお話や、繊細な道具を作り出す人たちなのに、なぜこの国ではケダモノのように言われているんでしょう? 言われているイメージと、私の感じるイメージがずいぶん違うのが不思議です」


 タクト先生は、ジッと私の顔を見つめた。


「貴女はそう思うのですか」

「はい。いつか話をする機会に恵まれたら、と思います」

「私も同じように思っていますよ」


 タクト先生は静かに微笑んだ。


 優しい目だ。安心する。

 

 タクト先生が壁にある時計を見た。


「もう時間ですね」


 私もつられて時間を確認する。もう生徒会の終わる時間だ。


「ありがとうございました」


 私は立ち上がり、礼をした。


「下まで送りましょう」


 タクト先生はそういいながら眼鏡をかけた。

 先生が送ると申し出たのは初めてだったので驚いた。


「いえ、一人でも大丈夫です」

「私も下に行く用事があるのです」


 そういわれれば固辞する理由などない。


「では、お願いします」


 答えれば満足げに頷く。


「貴女は、聞かないのですね」


 何か質問すべき内容があっただろうか?


「不勉強でしたでしょうか?」

「貴女が勉強に熱心なことは承知していますよ、そうではなく……瞳のことです」


 せっかくスルーできたと思っていたのに蒸し返されて焦る。変な事を言ってしまったから仕方がない。すぐ謝るべきだったのかもしれない。


「不躾なことを言ってすみませんでした」

「いえ、そう言うことではなく」


 不思議に思って見つめ返せば、先生は困ったように顔を赤らめた。

 そして、眼鏡を少しずらして、イタズラを告白するように茶目っ気いっぱいで微笑んだ。

 太陽と月色の瞳が輝いて、ギャラクシー大爆発だ。


 そう、こここそスチルにすべき場面だぞ! 公式!! ってか、このための眼鏡設定だろ!! ちがうんか!!


「これは秘密なんです。黙っていていただければうれしいと思います」


 ぐはぁ! 吐血する。 なにこのかわいい大人!!


「は、はい!」


 思わずどもってしまった。


「ふふ、見つかったのが貴女でよかった」


 私はもう返事さえも見失って、ただ俯いて先生の横を歩くしかなかった。




 

 何だよ、この人。チェリーじゃないのかよ!

 なにこの小娘キラースキル。


 お願い、このスキルでカノンちゃんの心奪っちゃって!!

 先生よろしくお願いします!



 

 

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