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6.空中庭園でエンカウント



 今日も今日とて、図書館の空中庭園へ向かった。

 今日はたまたま先客がいたようだった。


 私の足音を聞いて、水やりをする背中がビクリと揺れた。

 少し間をおいて、振り返るその人は。

 チョロルートのタクト先生だ。歴史学の教師である。

 

 丁寧に整えられたダークグレーの髪。銀ブチのアンダーリムメガネが、眼鏡女子に大人気だった。主人公とひとまわりも違う年齢で、落ち着きがあり知的な彼は、教師と生徒の禁断の恋だとか、年齢差カップルが好きな人たちに大人気だった。



 ええもちろん、私も妄想しましたよ。タクトとジークでしたが。


 しかし、スチルや授業で見せる姿は堂々としていて、若いわりに堅苦しいイメージだったが、今の反応は。


 あ、なんか、この人、前世の私と同じ匂いがする。

 なんていうか、チェリー……あ、うん、ごめん。人のこと言えない。

 あんまり触ると弾けて飛びそう。いや、馬鹿にしてるんじゃなくて、共感してるんだって。すごく分かる。

 仕事だとか、最初ッから人に会う予定とか、心構えがあるときは擬態できるけど、素の時に異性と接触するとキョドっちゃう感じ。

 わかる? わからない? 私はめっちゃわかる。

 ハンカチ拾ってもらったのに、目も合わせられずそそくさと頭だけ下げて逃げちゃって少女漫画みたいな出会いなんかあるわけねーよ!! ってヤサグレテる残念な人、手あげて! はい私!


 どちらにしても、関わるのはやめておいた方が得策だ。そもそも公式で接点はない。原作厨の私も頭の中でそう言っている。



 私は軽く目礼をすると、セイヨウカノコソウの側へ座った。きっと、タクト先生からは見えないはずだ。


 お互いに関わらずに生きていきましょう。


 私はフェイク用に用意してあった本を読み始めた。

 前世からその辺はお得意だ。ファッション誌の間にオタク雑誌を挟んでいた過去が懐かしい。

 いつものようにセイヨウカノコソウを風で揺らす。甘い香りが心地よい。フェイク用に用意した物語も甘く切ないものだった。


 ふと、足元に温かい感触がすり寄ってきて、嬉しくなった。あのお猫様だ。

 でも今は、堪能できない。

 タクト先生の前で、淑女らしからぬ行動はできない。

 お猫様に向かって小さく囁く。


「今日は遊べないの、ごめんね」


 お猫様は、なぁおーんと今まで聞いたこともないような猫なで声で鳴いた。


 くっそ、激マブ!!


 でも、ごめん。心を鬼にする。

 私は無視をした。

 するとお猫様は、長い尻尾をクルンと私のふくらはぎに絡みつけ、スルリと撫でた。


 うう、可愛い。かまいたい、かまいたいんだよっ!!


 でも、私は反応しない。唇だけがムニムニと喜んでしまうくらいは許してほしい。

 お猫様は、トンと滑らかに跳躍し、私の隣に立った。そして、前足を太股に乗せ、伸び上がる。と、片足で私の読んでいた本に猫パンチをかました。


 このぉう、可愛いのわかってて、あざとい、正にお猫様!


 フルフルと震えながら、私は小さく囁いた。


「今日はダメなのよ」


 人間の都合など関係ないというように、お猫様は首を傾げ、遊んであげるよ?と言うように鳴いた。

 私は私に鞭を打ち、お猫様をそっと押しやった。

 

 ごめんね、ごめんね、嫌いになっちゃうよね。


 するとお猫様は、これでどうだと言わんばかりに、私の膝に乗った。そして太ももをフミフミする。


 あああ! ネコのフミフミ!! 正にお猫様!


 軽く目眩を感じる。このまま流されてしまいたい。モフモフに顔を埋めて、お猫様を吸い付くしたい!!


「猫が嫌いですか」


 突然の声に驚いた。タクト先生だ。私がお猫様に翻弄されているうちに、なんとか先生の擬態が完了したようだだ。


「いえ、そういう訳では……」

「苦手なら場所を変えなさい。その花の香りは猫が好みます」


 そういわれてガッカリした。なつかれていたわけではなかったのだ。


「存じませんでした」


 答えれば、お猫様は尻尾で私を軽くはたき、何処かへ行ってしまった。


 ああ、お猫様……。


 名残惜しく美しい背中を見送るが、お猫様は振り向きもしない。


 私は困ってしまった。タクト先生と二人きり。しかも、話しかけられてしまった。

 多分、猫に困っている生徒を先生が助けてくれたんだと思う。

 が、気まずい。

 共通の話題はないし、関わりたくないし。


 私はとりあえず礼を言い、この場を去ることにした。

 

 べ、別に逃げたっていいじゃんかぁ!  残念な人でもいいじゃんかぁ!


「ありがとうございました」


 頭を下げ、去ろうとすると声が追って来た。


「スカートに獣の毛が付いています」 


 言われて怪訝に思い立ち止まる。ケモノ……、獣? 猫の毛か。


「ご心配には及びませんわ」


 私はそう言って、腰下にエアシャワーの風を巻き起こした。

 先生は驚いたように私を見た。


「アリアさん、貴女はここへよく来ていますね」


 咎められるのだろうか。


「これは貴女のものでしょう」


 そう言うと、小さなメモを差し出した。


「!!」


 私は顔を青くした。ワグナー王国の文字を写したものだったからだ。


「貴女の字ですね?」


 確信に満ちた声に息を呑む。

 私は仕方がなく頷いた。


 仕方がない、怒られよう。覚悟を決めた。


 だが、帰ってきた言葉は意外なものだった。


「意味がわかりますか」


 面接試験の様だ。


「星は過去の光……でしょうか?」

「そうです、正しくは≪星影は古より来る光≫です」


 無表情のままタクト先生は滑らかにこたえた。すごい!

 私は尊敬のまなざしで先生を見つめ返した。


「先生は」

「読めます」

「発音は」

「だいたいはわかります」


 思わず食いついてしまった。 ヤバいヤバい。


「特に珍しいことではありません。歴史を学ぶものは通る道です」

「そうなのですね、学園には授業が無いようなので」

「大学部にはありますが、特に子女には学ばせません」


 意図的に学ばせていないとハッキリと言いきられて、しゅんとした。


 やっぱり、女が学ぶのはダメなのだ。


「独学ですか」

「はい」

「学びたいのですね」

「はい」

「ならば、時間が空くときだけですが、指導をしましょう」

「えっ、でも」

「非公式なので他言無用です」

「先生のお時間をいただくのはいけませんわ」

「代わりにこの庭の花を、貴女の風で揺らして欲しいのです。私の憶測ですが、貴女が風を通してくれるお陰で、最近草木の調子が良い」


 そんなことがあるのか? ただ、香りの良い草木が多かったから、楽しくて揺らしていただけなのに。

 良く分からないけれど、そんなことでワグナー語を教えてくれるならありがたかった。


「ぜひ、お願い致します」


 本来なら関わってはいけないと思う。でも、こちとら未来がかかってるのだ。


 言葉の通じないケダモノ(?)の中に嫁ぐのは嫌すぎる!!

 せめて対話の手段が欲しい!



 私が頭を下げると、タクト先生は満足げに頷いた。




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