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番外編2 お父さまには内緒(ルバート視点)

 こそこそと家を出ようとするアリアを見つけた。

 ウキウキとした様子で、見たことのないワンピースに身を包み、お気に入りの帽子など被っている。令嬢には珍しく鞄まで持っていた。

 まるでデートにでも出かけようとする乙女のような様子に、思わず声をかけた。


「アリア、出かけるのか?」

「ええ、お兄さま、ちょっとそこまで」


 白々しく目を逸らす様子から、何かを隠しているのがわかった。

 忌々しい婚約者にでも呼び出されているのだろう。王太子なら王太子らしく、だれにでも平等に接するべきだ。婚約者だからといって、アリアに対して馴れ馴れしい態度はいかがなものか。もう少し距離を取って接するべきではないか。

 そもそもデートに誘うつもりなら家まで迎えに来い。ジークのヤツ。


「ふーん? どこへ?」

「ま、街までですわ」

「一人で?」

「ペルレと従僕を連れて行きます」

「おにいちゃんも一緒に行こうか?」

「い、いえ、大丈夫ですわ」


 俺に秘密を作ろうだなんて、アリアもずいぶん生意気になったものだ。

 少し気分が悪くなる。ムッと顔を顰めれば、アリアが困ったように眉を下げた。


「ルバート様、旦那様から依頼の書類ですが……」


 執事の声にアリアはホッとしたような顔をして、急ぎますのでとそう言ってそそくさと行ってしまう。

 邪魔をした執事を軽く睨めば、執事は困ったように笑った。


「お嬢様にもお嬢様のお付き合いがございましょう?」

「ふん、わかっている」


 執事には軽くそう答えた。

 さっさと仕事を終わらせて、街へ様子を見に行けばいいだけだ。アリアはそれは可愛いのだ。どうせ街に出ればすぐにわかる。見つけたら偶然を装って邪魔をしてやればいい。


 そう思い、街へ出た。付いてきた従僕は気の乗らない様子であるが、当然ながら無視をする。

 街の中心を歩けば、知り合いの令嬢に声をかけられる。面倒だと思いつつ、世間話をし、アリアを見かけなかったかと聞けば、彼女は声を潜めた。


「アリア様は最近出来たばかりのカフェで……あの、平民とご一緒でしたわ。私も心配しておりますのよ」

「ありがとう」


 軽く答えて彼女と別れる。最近、アリアは平民出身のカノンと仲が良い様子なのだ。まぁ、男と一緒でないならそれで安心である。


「カノン様と一緒であれば心配ないかと存じますが……」


 ひかえめな従僕の言葉をあからさまに無視をして、俺は先ほど聞いたカフェに足を延ばした。

 丁度窓側の目立つ場所で、二人は隣り合って顔を寄せ合っている。

 額縁のように切り取られた窓際の風景。レースのカーテンに、小さな花瓶に活けられた花々。白い髪と桜色の髪の少女が、微笑みあう姿はまるで絵画のようでもあって、思わず見惚れ足を止める。


 二人はテーブルの上に何かを広げ、楽し気に話し込んでいた。


 街行く人々も二人の様子に目を奪われ足を止める。そうして引き込まれるように店へと吸いこまれていくのだ。

 なんとなく従僕を振り返る。アリアに見慣れているはずの彼でさえ、ポカンと口を広げて二人の様子に見入っているから驚いた。


 ゴホン、軽く咳ばらいをすれば、従僕は慌てて顔を引き締めた。うっすらと色付いた頬の赤みまでは消え切らないが、それを指摘するのは止めておこう。


「帰るぞ」


 従僕に告げれば、彼はホッとしたように笑った。


 さすがにあの様子を見てしまっては、邪魔など出来ようはずもない。

 あんな風に笑うアリアは珍しいのだ。

 貴族の令嬢の中にいるアリアは、いつだってどこか肩ひじを張っている。王太子の婚約者として恥じぬよう、弱みを見せぬようとする姿は、『氷の令嬢』などという不名誉なあだ名になった。

 彼女はそれを知りつつも、否定することはない。しかし、傷つかないわけではないのだ。


 あの平民の前でなら、アリアがアリアでいられるのなら何を心配する必要があるだろう。


 一抹の寂しさを感じながら家に戻れば、執事が何も問わずに迎えてくれた。



 夕食後にドアが叩かれた。やってきたのはアリアである。アリアがやってくるなど珍しい。


「どうしたんだい?」

「あのね……」


 そっと差し出されたのは、毛糸で編まれたクマのヌイグルミだ。紫色のボタンの瞳に白い毛糸で編まれた、掌に乗るほど小さなもの。瞳のボタンがやけに大きくて少しだけ不格好だ。

 意味がわからず、アリアを見つめれば困ったように笑った。


「お兄さまは覚えてらっしゃるかわからないのだけれど、昔、お兄さまのヌイグルミを失くしてしまったことがあったでしょ?」

 

 小さい頃に亡くした母が与えてくれた白いクマのヌイグルミを思い出す。母を恋しがるアリアに貸し与え、失くしてしまったものだった。小さなアリアは泣いて謝ってくれたけれど、なかなか許せずにいたことを覚えている。兄だから諦めなさいと諭す父が疎ましかった。なぜなら、それは俺の唯一の母の形見だったからだ。

 息子の俺に母から残されたものはそれしかなかった。娘のアリアには、ジュエリーやドレスなどが残されていたのにだ。

 もうずいぶん前のことで、わだかまりなどはなかったのだが。


「同じものは無理でしたが、お母様の残されたボタンと毛糸で作ってみましたの。お兄さま、お母様のものを何もお持ちでないから……」


 アリアはオズオズと差し出した。


「カノンちゃんに教わったのですけれど、上手く出来なくて……。受け取ってくださる?」


 窺うような顔をしたアリアをギュッと抱きしめる。


 今日はそのために出かけていたのか。だから秘密だったのだ。


「お兄さま?」

「ありがとうアリア、嬉しいよ」


 腕をほどいて答えれば、アリアは安心したかのように笑った。


「ねぇアリア。街は楽しかったかい?」

「ええ! カノンちゃんにカフェを教えていただいたのですわ! お兄さまも一緒に行きましょう? あの、お父さまには内緒で」


 厳格な父を思い出し二人で笑う。


「ああ、お父さまには内緒でね」



















 

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