番外編 とある令嬢の不埒な欲望(アリア視点)
今日は私の家にジークとラルゴがくる。光の降り注ぐ中庭でのちょっとしたお茶会へ招待したのだ。そうあの日のリベンジなのである。
事前に呼びつけた女絵師を、中庭の見えるいつもは使われていない部屋に待機させた。こっそりとラルゴとジークのツーショットを描いてもらおう、という魂胆なのだ。もちろん絵師は私がほれ込んだ神絵師である。
「それで、ここからラルゴと殿下の二人をスケッチしてほしいの」
「お二人をスケッチですか? 隠れてこのようなこと……不敬に当たりませんか?」
「責任は私がとるわ! なにも油絵にして欲しいというのではないの。いつでも見られるようにスケッチを個人的に欲しいだけなのですから、隠しておけばわかりませんわ」
「……それほどまでにお好きなのですね」
「ええ!」
私が答えれば、絵師はニッコリと微笑んだ。
「乙女心を無碍にすることもできません。ご協力させていただきます」
「本当!! スケッチは言い値で買うわ!!」
思わず絵師の両手を握った。
絵師が驚いたような顔をするから、慌てて手を放す。神の御手に安易に触れるべきではなかった。私こそ不敬中の不敬である。
「それでは数点お聞きしたいのですが、背景や構図、人物の数などはいかがされますか?」
「背景はいらないわ! 構図は二人ができるだけ近い形で! 人数は二人よ! ラルゴと殿下だけ描いてもらえればいいの! できるだけたくさんの二人の顔、二人の表情が見たいのよぉぉぉぉ!!」
渾身の思いを込めて叫べば、神絵師は一歩引いた。
「王太子殿下とラルゴ様ですね?」
「ええ、ラルゴと殿下の恋人……いえ、仲睦ましいところよ? ラルゴが殿下を敬愛している様子だとか、殿下がラルゴに信愛を寄せているところだとか……。とにかく! 仲睦ましいところよ?」
大事なことなので鼻息荒く二回言えば、神絵師も口の中で二回復唱した。
「仲睦まじい、仲睦まじい様子ですね。承知いたしました」
神絵師の快諾を聞いて、私は踊り出さんばかりに舞い上がった。
「楽しみにしていてよ」
そう答えると、スキップしたい気持ちを押さえて中庭へ向かった。万全の準備で二人の愛の巣を整えたいからだ。とはいっても、準備をするのはペルレであって私は周辺をうろうろするばかりだ。邪魔でしかないのだが、ペルレは許してくれるので甘えてしまう。
ジークの好きなコーヒーを用意し、クリームのいっぱい載ったケーキを用意してもらう。ジークのほっぺについたクリームをラルゴが指で取って舐めるとか、定番だけど見てみたい。それでもって、ジークが照れたりしたら最高だ。ああなんでこの世界には、棒のようなクッキー菓子がないの? ほら定番のゲームをしている二人が見たいじゃない。それなら今度私が作ったらいいのかしら? そうよ! 作らせればいいのよ!
さすがに王様ゲームは出来ないわよね? そもそもジークは王太子だし。はぁぁぁ、滾るわー。今更だけど、ジーク、王太子なんだわー。別にゲームなんてしなくてもラルゴに命じたい放題なんだわ……。でもだけど、「僕にばっかり言わせるな」とか、逆に「僕の命を無視するのはお前だけだ」とかも素敵なのよ!!
妄想だけでおかわり何杯でもいけそうだ。ジャポニカ米ないけど。
「とても楽しみなのですね」
それを見てペルレが小さく笑った。
「ええ! 楽しみよ! だからね、ジークの席はこちらで、隣の椅子を気持ちだけ、ジーク側に寄せて……」
そう話していると背中から声がかかった。
「そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいな」
ジークの声がしてビックリする。
「ジーク……。お早いのですね?」
「僕も楽しみだったから」
ニッコリと笑うジーク。キラキラエフェクトが眩しすぎる!
その後ろには当然ながらラルゴがいた。相変わらずの優し気なほほ笑みでジークを見つめている。主従万歳!!
「いつもお招きくださりありがとうございます」
ラルゴが丁寧にお辞儀する。私が二人を招待するときは、ラルゴも正式に招待する。ジークの従者としてラルゴがついてくるわけではないのだ。
「ラルゴに絶対来て欲しいんですもの」
特に今日は絵師まで呼んでいるのだ。絶対絶対ラルゴが来なくてはならないのであった。あんな表情や、こんな姿を神絵師に描いてもらうのだ。楽しみしかない。
この後の期待に胸膨らませ、ニコニコと答えるとラルゴは少しだけ頬を赤らめてた。あ、ほら、可愛い。今の顔描いたかな? 描いたかな?
「ごきげんなんだね」
ジークが問う。少し硬い声だ。どうしたのだろう。
「ええ」
疑問に思いながらもジークを席に案内し、少しだけ寄せた側の椅子をラルゴに勧めようとした。
「アリアはこっちに座って?」
先にジークがそう微笑んだ。
「いえ、こちらはラルゴに用意した席で……」
「アリア」
にーっこり。ジーク様がほほ笑みになられた。
……おかしい、私の家の私が主催のお茶会なのに、なぜジークが席順に口を出すのだ。マナー的にもどうかと思う!
しかし王太子にそんなことを言えるはずもなく、私は大人しく席についた。ラルゴはジークの反対側の席に座る。仕方がない、予定とは違ってしまったが、そこも絵師からはっきり見える席ではある。あまり欲深くてはいけない。
今日用意した陶磁器のティーカップは、黒地の外側に金箔で薔薇が絵付けされている珍しいものだ。内側は白地でそこには金の薔薇が沈んでいる。その中に香り立つ漆黒のコーヒー。ラルゴを飲み干せば、守られていた金の薔薇が現れる。これもラルゴとジークなのである。
ラルゴがお先に失礼しますと断りを入れて、カップに口を付けた。形式的ではあるが一応毒見を兼ねているのだ。
黄金の薔薇に唇を寄せるラルゴ。そして、コクリとコーヒーを飲むとジークに柔らかく目配せし頷いた。
ジークはそれを確認すると、砂糖を入れてコーヒーを銀のスプーンで混ぜ合わせた。ああ、これって、ラルゴとジークの間に水を差すルバートお兄さまなのではっ!!
ジークはカップに唇を寄せ、コーヒーを含む。そして満足げに微笑んだ。尊い。尊い。尊いのである!
「美味しいよ、アリア。香りもいい」
ジーク様のセクシーヴォイス、いただきました!
ああ、私は壁になりたい。ジークの私室でコーヒーを注ぐラルゴと、あの声で『美味しいよ、ラルゴ』と微笑むジークが見たかった。
「ラルゴももう少し、こちらに寄ったら?」
さり気なくジークの間を詰めるように提案してみる。ラルゴは素直に従って、ジークの側へ椅子を動かした。
中庭の木々の間を抜けた光が、レースのような影を作る。その中に佇むラルゴとジーク。
「近すぎないか?」とジークが問い、「そうでしょうか」と答えるラルゴ。ああわかります、ジークは照れているのよね? ラルゴはわかっていて距離を詰めているのでしょう?
ジークに近すぎると言われたラルゴは椅子を戻そうとする。
私は慌てた。
「それくらい近い方がいいわ!」
とっさに言えば、二人は驚いたように私を見た。
「アリア?」
ジークが不可解そうな顔をする。
「ほ、ほらあ、ラルゴの顔もよく見たいから?」
「アリア様のお望みであればお断りする理由はございません」
答えれば、ラルゴは頷いて椅子を戻さずジークの側に座った。
私はホッとする。
ジークは眉をしかめてため息をついた。理由は分からないが、ジークの機嫌を損ねるのは本意ではない。
「け、ケーキもあるのです」
しどろもどろにクリームたっぷりのケーキを勧める。白いクリームにスミレの砂糖漬けがあしらわれとても綺麗だ。
「アリアみたいだね」
指で直接クリームの上の砂糖漬けを摘まみ上げ、ジークが緑の目をきらめかせ微笑んだ。
「殿下」
ラルゴが咎めるように声をあげる。
ジークは紫のスミレに口づけた。軽いリップ音が響く。まるで、私にキスされたようで、眩暈を感じる。平静ではいられない。耳まで火照って、きっと真っ赤になっているだろう。
ジークはそのままスミレを口に含み、何も言わずにうっとりと微笑んだ。
―― もうむり。尊死する。
グラリ、倒れそうになればジークが私の背に手を回した。
エメラルドグリーンの瞳が覗き込む。
「大丈夫?」
―― 完全にキャパオーバーですむりすぎる。
「ちょ、ちょ、ちょっと、席を外しますっ。ジークとラルゴはごゆるりと……」
私は慌ててジークを押しやり、ほうほうの態で中庭を抜け出した。そして、そのまま絵師のいる部屋へヨロヨロと向かう。ジークに力を抜かれてしまった私は歩くこともおぼつかない。この家無駄に広すぎる。
ようやく部屋へとたどり着き、ドアを開け絵師の元へ近づく。
「見た!?」
「ええ! 見ました! うっとりいたしました!」
絵師の瞳にハートが見える。そうだろうそうだろう、ラルゴとジークはと尊いのだ。
「もう描けているものはある?」
「少しだけですが」
「見せてちょうだい!」
私はスケッチブックを受け取った。
パラリ……一枚目はジークとラルゴだ。素晴らしい。二人の魅力を余すことなく表現している。そう、公式のジークとラルゴ。正しい二人が神絵師によって描かれている。
しかし。しかし、これはどちらかと言えば、ジークとラルゴ、なのである。ラルゴとジークではない。でも、正しく、公式の解釈をくみ取ったジークとラルゴなのである。違いがわからない人はそのまま清らかに生きていてくださいお願いします。
私は茫然とした。この絵は正しい。正しくて素晴らしい。それなのに逆カプ。ということは私が間違っているのか。いや、でも。
「どうされましたか? 何かご不満が……」
神絵師が不安そうに尋ねてくる。神絵師には何の不備もない。
「い、いえ。これはジークとラルゴなのね?」
思わず問う。聞いたところできっとわからないと思いつつ、問わずにはいられない。
「はい。アリア様に依頼された、従者を信頼する堂々たる王太子殿下と、主を敬慕する従者様です」
―― そう、そうなのよ。公式は、公式はそうなのよ……。
私は私の腐った脳を呪った。
「素晴らしいわ、もう少し見せて?」
そうなのだ。腐った脳で見ると少しモヤっとするのだが、原作厨としてみれば、まさしく野生の原作なのである。これは原作厨として崇めたてまつりたい。
「ありがとうございます」
めくるめくスケッチは素晴らしいものだった。
原作厨としてブヒブヒとページをめくって凍り付いた。
そこには。
「リクエストは殿下と従者様でしたが、あのお姿を見たら思わず描かずにはいられませんでした。まさに王道でございましょう?」
神絵師が照れたように笑った。
私は引きつり笑いをしたまま彼女を見る。
王道。神絵師よ、これが王道なのか。神絵師が言えばそれは王道になるのか? いやそんな。
その時。
「ア・リ・ア」
ドアから声が響いた。グギギギと壊れた機械人形のように振り返れば、そこにはジークとラルゴである。
―― 見つかった……。
私は他のページを見られないよう必死に現在のページを開いたままにした。ラルゴジークなど、ジークラルゴなど、隠し撮り(描きか?)していたと知れたら、御成敗コースかもしれない。
「なにを企んでいるのかと思えば、絵師だったのか」
「気づいていらっしゃった?」
恐る恐る問えば、ジークは頷いた。そして促すようにラルゴを見た。
「いつもはカーテンのかかっている窓から人影が見えましたので、少し警戒させていただきました。よもやとは思いましたが、まさかこのような……」
ジークとラルゴが私の持つスケッチを覗き込む。
「うん。素晴らしい絵だね。僕とアリアの関係が余すことなく描かれている」
ジークはそう言って神絵師に微笑みかけた。
そう、そこに描かれていたのは、ジークに抱き寄せられるアリア(私だよ!)の姿だったのである。
「これを油彩して僕にも分けて欲しいな」
「いえ、あの、そんな、ジーク? これはプライベートのもので」
私は慌てた。確かに素晴らしい。絵は素晴らしい! だけども、それはジークアリアで、解釈違いも甚だしい!
「別に隠れてこんなことする必要はなかったのに……。ゆくゆくは僕ら二人の肖像が必要なのだから、いまから注文しても問題ない。城に飾ろう」
「恐れ多きお言葉にございます」
絵師は深々と頭を下げた。
―― し、城に飾る?
もしかして、もしかしなくても! これって公式絵になるんじゃないの!?
「良かったですね。アリア様」
神絵師の朗らかな笑い声が響き、私は引きつり笑いでそれに頷いた。







