56.フィナーレ!!
ついに最後の日がやって来た。
今日のエスコートはない。ペルレが侍女として脇に控えいていてくれるが、それも入場までだ。
何やら重大な発表があるとやらで、独りで来いと厳命された。
いったいどういうゲーム補正なのだろうか。
ラルゴの命は無事だ。
お兄さまにも、どちらを選ぶのかなんて詰め寄ってない。
カノンちゃんを刺すつもりなんかないし、タクト先生に関してはそもそも私の出る幕はない。
意中の人をカノンちゃんに聞いても、曖昧に笑うだけで、結局分からずじまいだった。
とりあえず、御成敗と心中は乗り越えたつもりだが、この間の誘拐トラブルの例もある。時間差で何かが起こるのかもしれなかった。
コワイ。
怖すぎる。
いったい何の事情なのか。
御成敗されてしまうのか。
とりあえず、武器の持ち込みはしてないから、どんなに荒ぶったとしても、カノンちゃんを刺すようなことだけはない、はず……たぶん。心強く持とう。
「ペルレ、折角王太子妃として一生懸命教育してくれたのに、私、ダメかもしれないわ。ごめんなさいね」
一応、ペルレには言っておこう。これからのイベントで卒倒でもしたら可哀そうだ。
ペルレは驚いたような顔をして、小さく頭を振った。
「いいえお嬢様。私は王太子妃にするためにお育てしたのではありません。王太子妃の教育を受けていれば、どこでも幸せになれると考えたからです。謝られることなど何一つございません」
「ペルレ……」
「ですから、お嬢様。あなたが一番幸せになれる道をお選びください。私にはそれが一番の幸せですから」
「ありがとう、ペルレ」
「さぁ、堂々と胸を張って。私の自慢のお嬢様」
珍しくペルレが、満面の笑みで微笑んだ。
天使だ。
私は大きなドアの前で、大きく息を吸って、ドレスを握りしめた。
ペルレの言葉が胸に染み入る。
今日のドレスは、一学期の誤解を生みまくった推しカラードレスを反省して、あらたに誂えなおした勝負服だ。
最後の日に、勇気が欲しかった。
だから今回は、私に力をくれる色。
ジークとラルゴの色。
サパテアードで仕入れた玉虫色の金の生地に、黒いレースを合わせた主従カラーの豪華なボールガウン。
背中は黒いレースで隠した。
髪には、今朝届いた紫の薔薇を差した。
お終いにするなら、ドレスだけでも、ジークとラルゴと一緒でいたい。
「アリア・ドゥーエ・ヴォルテ 入場」
ワッと歓声が上がる。
壇上には国王陛下。
その脇に、お父様が控える。
フロアには特別クラスの者たち。
その周りを取り囲む観客席に、一般クラスの人たちはいた。
フロアに残るカノンちゃんは、スチルで見た背中に大きなリボンが付いたピンクのボールガウンだ。フワフワとしたピンクのオーガンジーに、紫色の小花と、パールがちりばめられている。
ゲームでは分からなかったけれど、手の込んだものだ。
その他の攻略対象者も、ゲームで見た通りの燕尾服。
全て、ゲームと同じだ。
緊張で息が苦しい。
「アリア・ドゥーエ・ヴォルテ」
王者の声が響き渡る。
「はい」
謹んで国王陛下の前に跪く。
「この度、其方は身分を隠された上で遊学中だった、ワグナー国第三王子の危機を身を挺して救った。其方は、彼の者の身分を知らなかったにもかかわらず、自身が傷つくこともいとわずに献身的であった。その高潔なる意志に、我がグローリアから最大なる賞賛と礼を言う」
思いもしない言葉に、息を呑んだ。
本当にクーラントが話をしてくれたのだ。
「勿体ないお言葉でございます」
本当にクーラントは王子だったのだ、そのことの方がビックリな気もするけれど。
「なお、彼の国からも其方に対して感謝の意を表したいとのことだ。謹んで受けるように」
「……はい」
拍手が響き渡る。
お父様が満足げに笑っている。
安心したその瞬間。
「父上!」
ジークフリート王太子殿下が、前へ進み出る。
「なにか」
「この席でお願い申し上げたいことがございます」
来た。やっぱり。
婚約破棄だ。
ゲーム補正とはいえ、こんなところでしなくたっていいのに。
凍える表情を悟られないように俯く。
「めでたい席だ、言ってみろ」
何も知らない国王は鷹揚に頷いた。
「今すぐ、私とアリア・ドゥーエ・ヴォルテ公爵令嬢との結婚をお認めいただきたい」
ザワリ、会場中がざわついた。
は……? いまなんて?
おかしそうに国王は笑う。
「何を今更」
「婚約ではなく、結婚を! 結婚をしたいのです」
この人、二回言った! 結婚したいって言った!!
「アリア。もう僕は我慢できない。婚約者でなんていられないんだ。結婚してくれ。婚約者だなんて不確かなものは嫌なんだ!!」
ジークが私の手を取った。
真剣な緑の目に射殺されそうだ。
「なにを。仰って」
「好きなんだ。君が好きで、何があっても手放したくない」
「ジーク……」
「たとえ、君の迷惑だとしても」
「そんなことあり得ません!!」
「アリア」
「私だって、ううん、私の方がジークを好きだわ。ずっとずっと好きだったし、ずっとずっと好き」
「だったら、結婚をしてくれる?」
伺うようにジークが私を見る。
私は国王様とお父様を見た。
国王様は満足げに微笑んでいらしたが、お父様は苦虫をかみつぶしたような顔で、でも肯定するように頷いた。
「もちろん!」
「では」
「でも、卒業するまでお待ちいただきたいの」
そう言えば、ジークはあからさまにイヤーな顔をした。
「だから、僕はそれが嫌なんだよ」
「どうしても?」
ジークは困ったように眉を下げる。
「なんでそんなに卒業にこだわるの?」
確かに、貴族の令嬢は結婚が決まれば退学するのは珍しくない話だ。
「だって、きちんと勉強して、ジークの隣に相応しい人間でありたいから」
そう答えれば、ジークは目頭を押さえ、んー!と唇を噛む。
「ジーク?」
「……ああ、アリアには敵わないな」
ジークはため息を吐き出した。
「焦ってみっともない僕を許して?」
「とんでもない! すごく嬉しかったのよ」
「卒業式に結婚してね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
ファンファーレが鳴り響く。
紙吹雪が舞って来て、きっと国王様には根回しされていたんだなと思う。
お父様は壇上で、不貞腐れたまま拍手をしている。
やがて音楽が始まって、ジークが私の手を取った。
私もジークの手を取る。
「強引なことしてごめんね」
ジークは気まずそうに笑う。
「少しビックリしたわ」
「本当の話をするとね、ヴォルテ家に結婚のお許しをもらいに行ったのに、待てど暮らせどアリアから返事が来ないから、ワグナーに盗られるかと思ったんだ。だったら断れないようにしてしまえって、思ったんだ」
「もう! お父様ったら、私そんな話聞いていません!」
「何度家に行っても会わせてもらえないし」
「うそ! ごめんなさい」
「でも、花は、届いていたみたいだね」
髪に挿した薔薇を見てジークは笑う。
「やっぱり、この紫の薔薇。ジークだったの?」
毎日一本ずつ届けられた紫の薔薇。送り主は分からないとペルレは言っていたけれど。
ジークだった。ジークがずっと私を支えてくれていた。
「贈り主は伝えてくれなかったわけだ」
ジークは笑った。
「でも、ジークだったらいいなって、ずっとずっと思っていて……だからすごく嬉しい……」
「君に気持ちが届いていたなら良い」
ジークは優しく微笑む。
「好きだよ、アリア」
不意打ちで心臓が跳ねる。
「学園に入ってから、君から距離を取られてるみたいで不安で仕方なかった。僕らは家の決めた結婚で、君には不本意かもしれなかったから。君は嫌なことでも笑顔でこなしてしまうし、困っている人には手を伸ばす。だから僕にも手を差し伸べてくれてるだけじゃないかって。君は素晴らしい淑女になっていくから、どんどん手が届かなくなるって……」
「そんなこと、ない。不器用だし」
「うん、知ってる。でも、アイロンで火傷しちゃうようなところも好き。頑張ってるところも好きだし、勉強家なところも好き。だけど、もっと僕に頼って欲しい」
「全部、ジークに釣り合いたいからだもの」
「僕も甘えたいから、アリアも甘えて?」
顔が真っ赤になって、足がもつれる。
よろめく私をジークが抱き寄せる。
「ねぇ、たまには二人っきりになりたいな」
「は、はい……」
「婚約者、なんだから」
「ええ、そうね」
「あとで、キスしていい?」
「そんなこと……聞かないで?」
涙目で答えれば音楽が変わる。
ジークは満足げに笑って離れていく。
次に手を差し出してきたのはクーラントだ。
「ワグナーの礼は何が欲しい? オレをやろうか?」
「いらないわ」
「つれないな。オレは結構使えると思うぞ」
「まさか本当に王子様だったのね。……色々としていただいたみたいで。ありがとう」
「当然のことをしたまでだ」
「でも、嬉しかった」
「けっきょくジークにするんだろ」
冷やかすような意地悪な目だ。
「ええ、ジークより素敵な方はいないもの」
「飽きたら連絡しろよ。ワグナーは通い婚も可だ」
「飽きないわよ」
突き放せば曲が変わる。
手を取ったのはラルゴだ。
「ラルゴ、心配かけたわね」
「いいえ。少しガッカリしました。アリア様の騎士になれるかと思ったのに、このままでは今まで通りですね」
茶化すように笑う。
ガッカリなんて言いながらも、黒い瞳は相変わらずに優しくて、安心する。
「ジークがいて、ラルゴがジークを支えていく。そんな未来が見て見たいから、私は幸せよ」
「アリア様がジーク様を支えるのでしょう?」
「ええそうね、だからラルゴ、一緒に支えてね」
「わかりました。殿下の悪戯にお困りでしたら、いつでもこのラルゴに申しつけください」
「あら? 今度は助けてくれるの? いつも二人で私をイヂメてくるくせに」
拗ねて見せれば、ラルゴは困ったように笑う。
「騎士の誓いは違えません。今後は貴女をお守りします」
「うれしい」
クルリとターン。曲が変わる。
「あら、お兄さままで?」
「だって、お兄ちゃんは卒業なんだよ。アリアを残していくなんて、心配で心配で。留年しようと思ったくらいだ」
お兄さまは笑いながらステップを踏む。
「おかしなお兄さま。大学だって校舎は同じだもの。心配いらないわ。ちゃんと来年も特別クラスに残れるように頑張ります」
「頑張らなくても大丈夫だろ」
「頑張ります」
お兄さまは不本意そうに唇を尖らせた。
「まぁ、でも、まさかアリアが結婚を焦らすなんて思ってなかったから、スカッとしたよ。さすが宰相家の娘だ」
「焦らしたわけではありませんわ!」
「でも焦らされてる。以前のアリアだったら、なにもかも捨ててジークの元へ走っただろう? それは、ちょっと心配だったからね。ちゃんと自分で考えられる、伝えられるのは良いと思うよ」
お兄さまは、ちらりとジークに視線を送る。
ジークは、難しい顔でお兄さまを見ている。
お兄さまはこれ見よがしに私の耳元に近づいて囁いた。
「ほらね、お兄ちゃんがアリアに何か吹き込むんじゃないかって、心配してるよ。ジークのヤツ」
「お兄さまは、ジークにイジワルね」
「大丈夫。ラルゴにも意地悪だし、クーラントもイジメてるから、平等だよ」
「なにそれ、変な理屈」
「……ねぇ、アリア、学園内で困ったらタクト先生に相談しなさい」
「タクト先生?」
「あの人はアリアに悪いことをしないとお兄ちゃんは思う」
「ええ、私もそう思っています」
踊り疲れて、輪を離れればカノンちゃんが飲み物を持ってきてくれた。
ジークは相変わらずの人気で、人ごみに囲まれている。
「おめでとうございます。アリア様」
カノンちゃんのピンク色の瞳には、うっすらと水の膜が張っていて、花の露のようにきらめいている。
相変わらずとても可愛らしい。
「ありがとう。カノンちゃん」
「うれしいんです。でも、ちょっぴり淋しいな」
こぼれそうな瞳で見つめられて、ドキドキとする。
「カノンちゃん……」
「結婚しても、私と仲良くしてくださいね?」
「もちろんよ! 私たちの友情は結婚したって変わらないわ! また泊まりに来てね?」
提案すれば、花がほころぶように笑う。
「はい!」
「私も少しご挨拶させてください」
タクト先生が歩み寄る。
「今回の件はありがとうございました」
タクト先生が頭を下げた。
「彼の国も変わっていくでしょう」
「それにしても、クーラントが王子様なんて。出島であんなに気さくだったから思いもしなかったです」
「彼は出島で生まれたので。そもそも、彼の国はあまり格式張っていないのです」
「知らないことばっかりだわ」
「今度は留学してみませんか? まだ今は難しいと思いますが、大学へ進む頃には道が開くかもしれませんよ」
「大学ですか?」
「貴女なら向いていると思います」
「殿下がお許しくださるかしら?」
「許してくれなかったら、解消してしまえばいいんです」
先生は眼鏡を少しずらしてウインクする。
「変なことを吹き込まないでください!」
肩を抱かれて振り向けば、ジークが怒った顔で睨み付ける。
「進学したかったら、結婚してからにすればいい。反対はしないよ、アリア」
「おや、なかなか甘いな、殿下」
お兄さまが口を挟む。
「アリア様が進学するなら、私もします!」
カノンちゃんもやって来て、私の手をとった。
ラルゴはあきれたような様子で肩をすくめる。
「では、オレは留学受け入れのために準備をしておこう」
クーラントが瞳をきらめかせる。
「留学の際の護衛は私にお任せください」
ラルゴは当然といった口ぶりで優雅にほほ笑んだ。
「もちろん俺も受け入れるんだろうな?」
お兄様が笑う。
「あんた悪いこと考えてそうだからヤダ」
クーラントがふざけて茶化す。
「留学は、まだ決まってません!! あと勝手に僕を置いていくな!」
ジークが憤慨する。
私はそれを見てホっとする。
知っているエンディングとは違うけれど、誰も死ななくてよかった。
クーラントとも仲良くなれて、きっとワグナー国と仲良くなれるに違いない。
ううん。私たちがそういう国を作っていきたい。
そうすれば、大好きな人たちと一緒に、私もここで生きていけるから。
そう思って、微笑めばみんなが微笑み返してくれる。
ホールに流れる舞曲は『夢色カノン』のエンディングテーマ 未来への大円舞曲。
ゲームはここで終わるけど、私たちの未来はまだまだ始まったばかりだ。
これにて本編完結となります。
読者の方の読み解く力に頼りきりの文章だったにもかかわらず、こんなにたくさんの人が温かい目で読んでくださって、とてもありがたかったです。
その上、評価やブクマ、感想までいただけて、それがあったからこそ頑張れました。
一つ一つの反応に感謝しています。
最後までお付き合いありがとうございました。
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