表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/60

54.テンペスト


 屋敷の中がざわついているのが分かった。

 珍しい。

 私の家では、王族が来たところでこんなに取り乱すことなかったのに。


 私アリア・ドゥーエ・ヴォルテは、不肖の公爵令嬢なので自室でおとなしくしていた。

 今日も届けられた紫の薔薇に思いを寄せる。毎日毎日、途切れることなく送られるその花は、まだ私を見捨てないでいてくれる誰かの存在を教えてくれる。


 それが、ジークだったらいいのに。

 未練がましく夢を見る。


 暫くして、ペルレが私を呼びにやって来た。

 来客をコンサバトリーに待たせているという。

 誰かと聞けば、無表情で首を振った。

 口止めされているのか、なんなのか。


 私は仕方がなく、コンサバトリーへ向かった。


 キラキラと光る茶色の髪が眩しい。カッパーの瞳は生き生きとしていて、良かったと思った。


 クーラントだ。

 

 しかしらしくもなく、見慣れない軍服のような正装を着込んでいる。が、らしいというのか、気崩してあるのは彼だからだろう。


「今日は謝罪に来た」

「お礼なら受け取ってもいいわ」

「可愛くない女」

「存じております」


 突っ返せば、困ったようにクーラントはため息をついた。


「まぁ、お前は受けないと思ったからな、一応、お前の父親に謝罪した。礼も。」


 だからこんな正装だったのか。


「それはそれは殊勝なことですこと」


 悪役令嬢らしく言ってみる。


 助けはしたけれど、今までのことを許したわけではない。

 やっぱり、手のひらを返されたのは悲しかったし、あからさまにツンツンされてムカついたことだって、いまだにムカついてはいるのだ。


 ただ、なんでかわからない。

 本気では嫌いになれない。顔も見たくないと思うけど、死んで欲しいとは思わない。

 ムカツクし、ムカつくけど。



 クーラントはそっぽを向いた。

 気のせいか、顔が赤くなっている。


「礼として、オレの妻にしてやる。礼なら受け取るんだろ? 受け取れ」

「仰る意味が解りません」

「結婚しようと言っている」

「全く以て、仰る意味が解りません」


 冗談なのか何なのか。


 怒ったようにギラギラと光る眼で私を睨みつけた。


「オレが! このオレが! お前を好きになったからだ!」


 怒鳴り散らすようにクーラントが吠えた。


 私は驚いて、目を見開く。


 は? 意味わかんないんですけど?

 そんなそぶりなかったし、嫌われていると思っていたくらいだ。


 私はクーラントの額に手を当てた。

 

 うん、熱はない。


 クーラントは私の手を乱暴に払う。


 痛い。やっぱり、聞き間違いか。好きな相手にこんなことしないだろう。


「熱なんかない!」

「魔力注入の副作用では?」

「医者にはちゃんと見てもらった!」


 言葉を失って、マジマジとクーラントを見た。


「魔力注入なんか関係ないからな! だって、出島で赤い糸やったじゃないか。それなのにお前は簡単に切りやがって! だから、オレは!」

「切ったのはタクト先生で、って、え? あの頃から?」

「馬鹿タクト! 半分はアイツのせいじゃないか!! 誘っても、お前一緒に来ないって言うし。オレはフラれたんだと思って。だから……話しかけるなって……くそ!」


 クーラントは顔を真っ赤にした。


「うそ、」

「……嘘じゃない。グローリア王国には、ワグナー国から親書を送った。今回の件、瀕死の第三王子を助けた者に、特別な礼を贈りたいと。きっと近々アリアへ通知が行くだろう。これで、不名誉な噂はかき消される」

「第三王子?」


 は? 敵国の王子? モブキャラに設定盛りすぎだろ? 公式大丈夫?

 っていうか、私の死後に続編とか出てたの?? メッチャやりたかった。

 生き急ぎ過ぎた。

 オタクのみんなー! 今は大事だけど、未来も大事だぞ! 命大事に!!


「オレはワグナー国、第三王子クーラント・ティガー・ワグネル。王座を奪うものだ」

 

 王の風格を持った、凛とした声だ。


「アリアの無実は証明される。その上で、言いたい」


 クーラントは真っ直ぐな目で、私を射抜いた。


 未来を見つめる強い意志の目。

 自分の欲しいものを、欲しいと言える、王座でさえ奪う覚悟のあるそういう目だ。


 ゲームさえ違ったら。これが少年漫画だったら、主人公か、ライバルキャラに設定されててもおかしくない。



「オレと結婚しろ」

「クーラント?」

「もう逃げようなんて言わない。アリアには似合わないからな。お前の意志でオレと来い。ワグナーへ」


 全く頭が付いていかない。


 嫌われていたと思っていた相手から、プロポーズ?

 新手の嫌がらせ?

 何かの罠?



「好きだ」


 真っ直ぐと力強い目で見つめられる。

 顔が熱くなってくる。


 こんな風に正面から好きだと言われたことがなくて、悔しいけど胸が高鳴ってしまう。

 好きなんかじゃないはずだ、それなのに。


 純粋に嬉しい。

 たった一言好きだと言ってもらえることが、こんなに嬉しいことだなんて、今まで知らなかった。


 キュンとしてしまう。


 オレ様キャラとか、夢色カノンにいなかったから、真面目に耐性がないんだよ。

 セリフの予想もつかないんだよっ!!

 うう、泣きそうだ。


 ジークにはもう嫌われているだろう。それがわかっているからなおさら、好きだと言ってくれる人がいることが、心に染みる。


 こんな私でも、いいの?

 淑女としてダメダメで、軽率で、可愛げなんかなくて、迷惑ばっかりかけている、そんな私でもいいんだろうか。


 顔を真っ赤にして、頬を押さえる私を見て、クーラントは満足げに笑った。


「その反応じゃ、期待してもよさそうだ。オレは何度でも言うぞ。お前が好きだからな。偏見なく自分の目で確かめようとするお前が好きだ。知らない世界に入っていけるお前が好きだ。わからないことはちゃんと聞ける、お前が好きだ。少し一人で我慢しすぎだと思うけど、それだって可愛いと思ってる。強いところが好きだ。でも、弱くたっていい。笑ってる顔も、泣いてる顔も、猫にデレデレしてるところも好きだ。怒ってる顔だって」

「止めて!」


 心臓がバクバクする。耳がおかしくなりそうだ。耳を両手でふさぐ。


 これ以上言われたら、好きになってしまいそうだ。

 そんなのは嫌だ。


「うるさい。だまれ。オレはアリア、お前が好きなんだからな。もう我慢しないぞ」

「やだ、おねがい、やめて」


 苦しくて、でも嬉しくて、弱った心が泣きそうになる。


 こんな風に言われたかった。

 ずっと、ずっと、生まれる前からずっと。こんな私でもいいと。

 誰かに、『好きだ』と言われたかったと、今になって心が叫ぶ。


 誰かを愛するだけじゃなく、誰かに愛して欲しかったんだ。


 あの人に愛して欲しかった。



「オレはダメな男だからな。弱味に付け込むぞ。どんなやり方でもいい、おまえが欲しいからな」

「でも、私は」


 でも、それでも私はまだジークが好きだ。

 ジークに嫌われていたって、まだ好きなのだ。


「知ってる。そんなアリアも好きだ」


 クーラントの言葉が落ちたような気がして、ソッと彼をうかがい見た。

 目が合って、慌てて目をそらす。



 欲しかった言葉。 

 それをくれるのがなぜクーラントなのだろう。


「無理強いするつもりなんかない。待つよ」


 クーラントは呆れたように肩をすくめて笑った。


「まだオレのことを信じられ無いと思う。酷いことも言ったし、した。それは全部オレが悪い。オレがガキだったからだ。でも、同じ間違いはしない。それに絶対にアイツなんかよりオレの方がお前を活かす」


 クーラントは偉そうな態度で、一気に言い切った。


「宰相殿には謝罪とお礼、そして今回の申し入れはしてある。あとはアリアの意思次第だ。いい返事を待っている」


 クーラントはそう言い残すと、颯爽と出て行った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ