54.テンペスト
屋敷の中がざわついているのが分かった。
珍しい。
私の家では、王族が来たところでこんなに取り乱すことなかったのに。
私アリア・ドゥーエ・ヴォルテは、不肖の公爵令嬢なので自室でおとなしくしていた。
今日も届けられた紫の薔薇に思いを寄せる。毎日毎日、途切れることなく送られるその花は、まだ私を見捨てないでいてくれる誰かの存在を教えてくれる。
それが、ジークだったらいいのに。
未練がましく夢を見る。
暫くして、ペルレが私を呼びにやって来た。
来客をコンサバトリーに待たせているという。
誰かと聞けば、無表情で首を振った。
口止めされているのか、なんなのか。
私は仕方がなく、コンサバトリーへ向かった。
キラキラと光る茶色の髪が眩しい。カッパーの瞳は生き生きとしていて、良かったと思った。
クーラントだ。
しかしらしくもなく、見慣れない軍服のような正装を着込んでいる。が、らしいというのか、気崩してあるのは彼だからだろう。
「今日は謝罪に来た」
「お礼なら受け取ってもいいわ」
「可愛くない女」
「存じております」
突っ返せば、困ったようにクーラントはため息をついた。
「まぁ、お前は受けないと思ったからな、一応、お前の父親に謝罪した。礼も。」
だからこんな正装だったのか。
「それはそれは殊勝なことですこと」
悪役令嬢らしく言ってみる。
助けはしたけれど、今までのことを許したわけではない。
やっぱり、手のひらを返されたのは悲しかったし、あからさまにツンツンされてムカついたことだって、いまだにムカついてはいるのだ。
ただ、なんでかわからない。
本気では嫌いになれない。顔も見たくないと思うけど、死んで欲しいとは思わない。
ムカツクし、ムカつくけど。
クーラントはそっぽを向いた。
気のせいか、顔が赤くなっている。
「礼として、オレの妻にしてやる。礼なら受け取るんだろ? 受け取れ」
「仰る意味が解りません」
「結婚しようと言っている」
「全く以て、仰る意味が解りません」
冗談なのか何なのか。
怒ったようにギラギラと光る眼で私を睨みつけた。
「オレが! このオレが! お前を好きになったからだ!」
怒鳴り散らすようにクーラントが吠えた。
私は驚いて、目を見開く。
は? 意味わかんないんですけど?
そんなそぶりなかったし、嫌われていると思っていたくらいだ。
私はクーラントの額に手を当てた。
うん、熱はない。
クーラントは私の手を乱暴に払う。
痛い。やっぱり、聞き間違いか。好きな相手にこんなことしないだろう。
「熱なんかない!」
「魔力注入の副作用では?」
「医者にはちゃんと見てもらった!」
言葉を失って、マジマジとクーラントを見た。
「魔力注入なんか関係ないからな! だって、出島で赤い糸やったじゃないか。それなのにお前は簡単に切りやがって! だから、オレは!」
「切ったのはタクト先生で、って、え? あの頃から?」
「馬鹿タクト! 半分はアイツのせいじゃないか!! 誘っても、お前一緒に来ないって言うし。オレはフラれたんだと思って。だから……話しかけるなって……くそ!」
クーラントは顔を真っ赤にした。
「うそ、」
「……嘘じゃない。グローリア王国には、ワグナー国から親書を送った。今回の件、瀕死の第三王子を助けた者に、特別な礼を贈りたいと。きっと近々アリアへ通知が行くだろう。これで、不名誉な噂はかき消される」
「第三王子?」
は? 敵国の王子? モブキャラに設定盛りすぎだろ? 公式大丈夫?
っていうか、私の死後に続編とか出てたの?? メッチャやりたかった。
生き急ぎ過ぎた。
オタクのみんなー! 今は大事だけど、未来も大事だぞ! 命大事に!!
「オレはワグナー国、第三王子クーラント・ティガー・ワグネル。王座を奪うものだ」
王の風格を持った、凛とした声だ。
「アリアの無実は証明される。その上で、言いたい」
クーラントは真っ直ぐな目で、私を射抜いた。
未来を見つめる強い意志の目。
自分の欲しいものを、欲しいと言える、王座でさえ奪う覚悟のあるそういう目だ。
ゲームさえ違ったら。これが少年漫画だったら、主人公か、ライバルキャラに設定されててもおかしくない。
「オレと結婚しろ」
「クーラント?」
「もう逃げようなんて言わない。アリアには似合わないからな。お前の意志でオレと来い。ワグナーへ」
全く頭が付いていかない。
嫌われていたと思っていた相手から、プロポーズ?
新手の嫌がらせ?
何かの罠?
「好きだ」
真っ直ぐと力強い目で見つめられる。
顔が熱くなってくる。
こんな風に正面から好きだと言われたことがなくて、悔しいけど胸が高鳴ってしまう。
好きなんかじゃないはずだ、それなのに。
純粋に嬉しい。
たった一言好きだと言ってもらえることが、こんなに嬉しいことだなんて、今まで知らなかった。
キュンとしてしまう。
オレ様キャラとか、夢色カノンにいなかったから、真面目に耐性がないんだよ。
セリフの予想もつかないんだよっ!!
うう、泣きそうだ。
ジークにはもう嫌われているだろう。それがわかっているからなおさら、好きだと言ってくれる人がいることが、心に染みる。
こんな私でも、いいの?
淑女としてダメダメで、軽率で、可愛げなんかなくて、迷惑ばっかりかけている、そんな私でもいいんだろうか。
顔を真っ赤にして、頬を押さえる私を見て、クーラントは満足げに笑った。
「その反応じゃ、期待してもよさそうだ。オレは何度でも言うぞ。お前が好きだからな。偏見なく自分の目で確かめようとするお前が好きだ。知らない世界に入っていけるお前が好きだ。わからないことはちゃんと聞ける、お前が好きだ。少し一人で我慢しすぎだと思うけど、それだって可愛いと思ってる。強いところが好きだ。でも、弱くたっていい。笑ってる顔も、泣いてる顔も、猫にデレデレしてるところも好きだ。怒ってる顔だって」
「止めて!」
心臓がバクバクする。耳がおかしくなりそうだ。耳を両手でふさぐ。
これ以上言われたら、好きになってしまいそうだ。
そんなのは嫌だ。
「うるさい。だまれ。オレはアリア、お前が好きなんだからな。もう我慢しないぞ」
「やだ、おねがい、やめて」
苦しくて、でも嬉しくて、弱った心が泣きそうになる。
こんな風に言われたかった。
ずっと、ずっと、生まれる前からずっと。こんな私でもいいと。
誰かに、『好きだ』と言われたかったと、今になって心が叫ぶ。
誰かを愛するだけじゃなく、誰かに愛して欲しかったんだ。
あの人に愛して欲しかった。
「オレはダメな男だからな。弱味に付け込むぞ。どんなやり方でもいい、おまえが欲しいからな」
「でも、私は」
でも、それでも私はまだジークが好きだ。
ジークに嫌われていたって、まだ好きなのだ。
「知ってる。そんなアリアも好きだ」
クーラントの言葉が落ちたような気がして、ソッと彼をうかがい見た。
目が合って、慌てて目をそらす。
欲しかった言葉。
それをくれるのがなぜクーラントなのだろう。
「無理強いするつもりなんかない。待つよ」
クーラントは呆れたように肩をすくめて笑った。
「まだオレのことを信じられ無いと思う。酷いことも言ったし、した。それは全部オレが悪い。オレがガキだったからだ。でも、同じ間違いはしない。それに絶対にアイツなんかよりオレの方がお前を活かす」
クーラントは偉そうな態度で、一気に言い切った。
「宰相殿には謝罪とお礼、そして今回の申し入れはしてある。あとはアリアの意思次第だ。いい返事を待っている」
クーラントはそう言い残すと、颯爽と出て行った。







