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【書籍化】転生悪役令嬢は推しのハピエンを所望す!  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売


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52. 愛おしい木陰


 あの騒ぎの翌日から、私は学園を休むことになった。

 お父様の強権が発動されたのだ。



 あの出来事が、大きな噂になって学園中に広まっているらしい。


 想像はつく。


 立ち入り禁止の誰も来ないような小屋で、男女が着衣の乱れのある状態で見つかったのだから。

 汚れきった私をジークが抱いて保健室へ保護する姿は、何人かに見られただろう。


 

 状況はタクト先生が知っているすべてだし、クーラントが行方不明だったことは、教師の間では共有されていた。

 それに、クーラントが私に何かできる状態にないことは明らかだ。自分で立ち上がることもできないのだから。養護教諭も証明してくれるだろう。



 それでも、噂というものは、真実がどうであれ、面白い話の方が広がっていくものだ。 


 アリアは傷物にされ、それを理由に婚約は破棄される、噂の大筋はそんなものだろう。



「ただ、面白がってるやつらのために、余計な傷を受ける必要もない」


 お兄さまは、サラリと言った。

 私も初めての魔力の注入で疲れ切っていたので、休めるのはありがたかった。


 ジークに合わせる顔もなかったし、ジークを見るのもつらかった。


 まぁ、こちらの方が大きな理由かもしれない。


 ついに来た、婚約破棄。

 ただ、正式な申し入れはまだのようだった。



 学年末の舞踏会で断罪イベントがあるのだろうか。

 本来は学期末の舞踏会は、カノンちゃんのパートナーのお披露目になるはずだった。

 これも、ゲーム補正なのか。

 気が重い。



 家族会議も今のところない。

 お父様もお兄さまも、そっとしておいてくれる。



 窓から外を見ていれば、様々な使者が訪れているのがわかる。


 大事になっているんだなぁ……というのが感想だ。

 まるで人ごとのようだ。



 こんな噂がたった上で、婚約破棄となれば、私は王都にはいられないだろう。

 宰相家の足を引っ張ることは避けたかった。

 どこかの領地でひっそりと暮らすか、はたまたゲームのようにワグナーへ政略結婚の駒になることも考える。

 

 それもいいかなと思う。

 王太子の婚約者としてのアリアを知らない国へ行く。

 ジークじゃないなら誰と結婚したって同じだ、きっと。

 それに、ワグナーとグローリアの懸け橋になれるなら、それはきっとやりがいがあるだろう。

 

 戦争が回避されれば、みんな幸せに生きていけるから。


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、ペルレが花を生けにやって来た。


 暗い毎日の中で、唯一の慰めになっているのがこの花だ。

 珍しい紫の薔薇を、あの日から毎日一本ペルレが持ってくる。

 送り主は不明のプレゼントだ。誰か分からないけれど、誰かが私のことを心配してくれているのが伝わる。


 ただ、その薔薇は王宮のコンサバトリーでしか見たことがなかったから、ジークだったら嬉しいなんて、期待をしてしまう。

 小さいころに一度だけ、「アリアみたい」と言われた薔薇だ。きっとジークはもう覚えていないかもしれない。

 それでもあの時、最後まで紡がれなかった言葉は、否定じゃなかったのかもしれない、なんて、夢を見てしまう。馬鹿だ。


「いったい誰なのかしらね? お会いしてお礼を言いたいのに」

「そうですね」


 ペルレは、昨日までの花が生けられた花瓶に、今日の分の薔薇を加えて整えなおした。



 ドアがノックされる。お兄さまがやって来た。


「アリア、ラルゴの話を聞いたか」

「いいえ?」

「特任部隊に志願した」


 特任部隊とは、その名の通り国家機密の案件を受け持つ部署だ。それだけ難しい内容を扱うため、危険と隣合わせだ。しかし、ひとたび任務を遂行すれば、騎士としての最高の栄誉を賜ることができる。

 位の低い貴族が手っ取り早く身分を上げることができるのだ。


「!! どういうことですの!! ジークはお許しになったの!」

「まだ、ジークには話していないようだ。今、内々に父上へ話に来ている。きっと、ジークを説得するための根回しだろう」

「……どう…して……?」

「アイツは男爵家の次男だ」

「だからなんなの?」

 

 ラルゴはジークと対とされ、影と呼ばれることが多かった。

 でも、私にとっては、ラルゴは木陰だ。

 つらい時も、眩しすぎる時も、ラルゴの元に飛び込めば、優しく包んでくれる。そんな木陰のような人。

 私だけじゃなく、ジークにとっても気持ち安らぐ拠り所なのだ。


 お兄さまは私を見てため息をついた。


「アリアは反対?」

「反対よ!」

「だったら、サロンへ行きなさい。まだ間に合う」


 私は慌ててサロンへ向かった。


 サロンでは帰ろうと身支度をしているラルゴがいた。

 階段から駆け降りる私を見て、驚いた顔をする。


「ラルゴ! なんで私に声をかけなかったの!」

「……もうしわけございません。今日は公爵様に」

「お父様に何のお話?」


 ラルゴは目をそらして押し黙った。


「嫌よ」

「アリア様?」

「志願なんかやめて。志願なんかしたらラルゴだったら絶対受かってしまう」

「ルバート様……ですね?」


 ラルゴは困ったように笑った。


「行かないで」


 私はラルゴの腕を掴んだ。


 きっとこの志願は、ラルゴを殺すものだと思う。

 ゲームのラルゴルートのバッドエンド、アリアがラルゴに押し付けた任務がきっとこれだ。


 タイミング的にもそうだ。

 だから駄目だ。

 行かせたら駄目だ。


 今ならわかる。

 なんでアリアがラルゴに危ない任務を与えたのか。

 バッドエンドの、カノンちゃんを刺そうとすることも、お兄さまに無茶な選択を迫ることも、気持ちがわからないことはなかった。

 でも、ラルゴの任務だけは理由が分からなかった。


 そう、今なら分かるのだ。


 アリアは、ラルゴに地位を与えようとしていたのだ。殺すつもりなんかなかったはずだ。

 ラルゴルートのアリアもきっと、ラルゴが好きで大切で手放したくなかったから、カノンちゃんの手が届かないように地位を上げようとしたのだ。

 死ぬなんて思っていなかったから。


 馬鹿なアリア。

 でも、私はそんなことしない。


 ラルゴは戸惑った顔で私を見た。


「アリア様……私は少しでもあなたに釣り合うようになりたい。だから、待っていてくれませんか?」

「イヤ」

「アリア様」

「ラルゴはラルゴのままでいい。どうして釣り合ってないと思うの?」

「だって、あなたは公爵家の令嬢で王太子殿下の婚約者」

「今の私は悪評高い公爵令嬢よ。そんな私の方がラルゴに釣り合わない」

「! そんなことない! アリアは無実だ」

「ねぇ、お願いよ、行かないで」

「アリア」

「死んでしまったら意味ないわ」


 ギュッとラルゴの腕をつかむ。


 みっともなくていい。駄々っ子でわがままな公爵令嬢でいい。

 大切な人を失いたくない。


 どんなに泣いても戻らなかった、お母さまのように。


「ラルゴの可能性を、夢を奪うとわかってる。でも、お願い、一生に一度のお願い。ラルゴは私の知らないところで死なないで。私が与えられるものならラルゴになんでもあげるから。お金でも爵位でも、買えるものならなんだって」


 どんな力を使っても、ラルゴを死なせるわけにはいかない。汚いやり方だ。わかってる。呆れられる。でも、この力だって王都を離れてしまえば使えなくなる。今使わなくていつ使うのだ。


 悪役令嬢なのだ。悪役令嬢らしく、どんな手を使ってでも望みを叶える。


 ずっとアリアが頑張ってこれたのは、ラルゴが支えてくれたからなのだから。恨まれても嫌われても、命だけは守りたい。

 私たちを守ってくれた木陰を、切り倒させたりしない。


 ラルゴは私の手を払い、逆に私を引き寄せて抱き締めた。


「……それがアリアの望み?」

「そう、私の我儘な望み」

「だったら、私をアリアの側に置いて」

「私の……?」

「もし、アリアがジーク様のそばを離れることになったら、私も連れて行くと約束をください」


 息を飲む。


 私がジークからラルゴを引き離す?

 そんなこと、できない。


「それは」

「貴女にしか与えられない私の望みだ。お金が欲しいわけじゃない。爵位が欲しいわけじゃないんです。今の私のままでは、誰かの意志で簡単にあなたの側にいられなくなってしまう。それでは嫌なんです。どんなことがあっても、アリアの側にいられる資格が欲しい」


 ラルゴはそっと私の前に跪いた。

 そして、私の右手を取る。


「姫様」


 何度もしてきた。騎士ごっこのそれ。


「約束をしたら、もう行かない?」

「行かない」

「絶対ね?」

「絶対です」


 ジークとラルゴを引き離すなんてできないけれど、死んでしまったら一生会えない。

 だったら、選ぶ道は一つだ。


「分かったわ。約束します。だからお願い、行かないで」

「御意に」


 ラルゴはそう微笑むと、私の指先に軽くキスをした。





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