49.まいごのこねこ
三学期は穏やかなものである。
しかし、学年度末の舞踏会へはカウントダウンを切り始めた。
学年度末の舞踏会は、卒業式の後に行われ、勉学の集大成として学園全員参加となっているのだ。
その日までに、カノンちゃんは恋人と結ばれて、舞踏会当日はその相手のお披露目となる。
と、言うことは。
私はその前に、御成敗されたり、心中したり、ラルゴを殺しちゃったりと、まあ色々なことが起こる予定なわけで、何としてもそれだけは阻止しなければならなかった。
まぁ、ジークに殺されるのは良いんだけど、ジークが不幸になるのだけは許せないからね。筋金入りのハピエン厨なのである。
昨日から何となく学園内が落ち着かない。
先生たちが忙しない感じがするのだ。
生徒には何の通達もないから、学生の問題ではないのかもしれないが、なんとなくソワソワとする。
今日はタクト先生の個人授業の日だったので、いつもの歴史科の準備室へ行けば、タクト先生がなんとなく疲れた表情でそこにいた。
「来ていただいて申し訳ないのですが、今日は授業ができません」
「何か慌ただしいご様子ですね」
先生は困ったようにため息をついた。
「少し、聞いてもいいでしょうか?」
「はい」
「クーラント君を見かけませんでしたか?」
尋ねられて考える。
最後に見かけたのは一昨日だ。すれ違いざま舌打ちされて、ムッとしたので覚えている。
「一昨日、すれ違いましたけれど」
「それ以降は?」
「いいえ? でもなぜ、私に?」
「仲が良いでしょう?」
「いいえ! 私は嫌われてますから!」
ムッとして答える。どこをどう見たら仲良く見えるのだ。
「そうですか。見かけたら私に教えてください。……ここだけの話ですが、一昨日から行方不明なんです」
「え?」
「今、内々に探しているところで、私も今から行くことになっています」
「……そうなんですか、心配ですね」
「心配ですか?」
タクト先生に確認されて、ムッとする。
さっきからムッとしてばっかりだ。
「心配ですよ!」
嫌われてるかもしれないし、私だって顔を見ればムカつくけれど、だからって心配しないわけないじゃないか。
「ありがとうございます。では、また」
先生はそう言って、準備室から出て行った。
ありがとう?
なんで先生が言うのか分からないと思いつつ、私は時間が余ったので空中庭園へ向かった。
空中庭園には、いつものようにブルーグレーのおぬこさまがいた。
のんびりと気持ちよさそうにお昼寝をしている。
最近、ずっかり仲良くなったので、私はそっと隣に寄り添って背中を撫でた。
相変わらず、綺麗な毛並みだ。
モフモフ、気持ちいい。
「それにしても、クーラント、なにしてるのかしら」
いつもの癖でおぬこさまに話しかける。
「先生は変な顔してたけど、私だって心配ぐらいするわよ、ね?」
だって、楽しかった思い出がなくなるわけじゃない。
相容れないかもしれないけれど、別に相手の不幸を望んではいない。幸せになって欲しいとまでは思わないけれど、自分の見える範囲の人間が、死んだりしたら嫌な気分がする。
「みんなだって、心配するわ」
なぁぁぁん……、おぬこさまが鳴いた。
おぬこさまは立ち上がって、私の足元に降りた。
足に尻尾を絡ませて、何か言いたそうにしている。
「どうしたの?」
声をかければ、なぁ、なぁ、と何かを訴えるように鳴く。
纏わりついて、少し先にいき、私を振り返って見上げる。それを幾度となく繰り返す。
「ついてきて欲しいの?」
おぬこさまは大きく頷いて、にゃーん、と鳴いた。
「連れて行って」
おぬこさまについていく。
学園内の林を突っ切って、その奥に小さな建物があった。
立ち入り禁止のロープが張られた、壊れそうな建物は昔の物置のようだった。
おぬこさまが立ち止まって、なぁ、と鳴く。
鼻先を見れば、地面近く木気の柵が付いた小さな窓があり、少しだけ開いていた。
スルリとおぬこさまはそこから中へ入る。
「え?」
驚いて中を見れば、中には猫用なのだろうか。餌の入ったお皿と、水の入ったお皿があった。
そして、その横に。
放りだされたような人の足。
恐る恐る足のつながる部分を見る。
丸まった身体。
見覚えのあるメッシュの髪。
おぬこさまが、近寄って手で叩いても、死体のように身動きもしない。
ゾクリ、鳥肌が立つ。
「クーラント!?」
声をかける。
にゃぁぁ、おぬこさまが鳴く。
「クーラント? 聞こえる?」
再び声を掛けても、ピクリともしない。
私は立ち上がって、ドアへ向かう。
ガタガタと揺らしても開かない。内側から鍵がかかっている。
周りの窓を確認しても、大体は小さなものが天井近くと足もとにあるだけだ。しかもすべて鍵がかかっている。
人の入れる大きな窓はない。
おぬこさまの出入りしていた窓に向かう。
窓にハマった柵を確かめる。
木でできた柵は、朽ちかけてグラグラとしていた。
出来るかも。
私は高圧の風を朽ちかけた柵にぶつけた。
ミシリ、音がする。
もう一度。
何度か風を当て続け、ようやく柵が壊れた。
私は地面を這いずって、その窓へ体をねじ込んだ。
大きな胸が引っかかる。
アリアちゃんのわがままボディったら!
でも、脂肪だから大丈夫。寄せてあげてができるんだから、無理やりねじ込んで入ることだって出来る。
そうやって中に無理やり入りこみ、慌ててクーラントへ近寄った。
口元に顔を寄せる。
息、してる。
ただ、触れた顔は生きてるとは思えないほどに冷たい。
慌てて胸元に耳を寄せれば鼓動も聞こえた。
「クーラント! クーラント!」
声をかけてゆすっても、微かな反応すら返さない。
恐る恐る瞼を持ち上げてみれば、あのオレンジ色のギラギラとした目が、まるで使い古したビー玉のようにくすんでいた。
おかしい。
なにか、普通ではない。
病気とか、そんなんじゃない、直観的に感じる。
着こまれた制服の裾を出し、ベルトも緩める。胸元を寛げてみると、そこには不思議な形をしたネックレスがかかっていた。
魔法陣?
タクト先生に教えてもらった、遠隔操作の魔法陣によく似ている。
きっと、これは魔法だ。魔法が影響している。
とりあえず、クーラントを膝の上に抱き上げた。楽にして温めるくらいしかできない。
私は学生証を取り出すと、後ろのメモ欄にメモを書いた。
一枚はタクト先生宛。
もう一枚はカノンちゃん宛てだ。
この場所の地図と、すぐ来て欲しいと書く。
そして、紙飛行機の形に折ると風の魔法に乗せて外へ飛ばした。
さすがに、追尾や捜索なんてできないから、職員室のタクト先生の机と、カノンちゃんの革靴置き場に向かって紙飛行機を飛ばす。
自分の胸元を開いて、クーラントの胸元に押し当てる。
昔、薄い本で読んだのだ。
裸で抱き合った方が温かい、と。
さすがに裸というわけにはいかないけれど、直接肌で触れ合った方がいいに違いない、そう思った。
こんな時でも薄い本は役に立つ。……真偽はともかく、多分。
同時に長距離を飛ばすことはしたことがなかったから、すごく集中力がいる。
私はただただ集中して、二人が来るのを待った。







