表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/60

49.まいごのこねこ


 三学期は穏やかなものである。


 しかし、学年度末の舞踏会へはカウントダウンを切り始めた。

 学年度末の舞踏会は、卒業式の後に行われ、勉学の集大成として学園全員参加となっているのだ。

 


 その日までに、カノンちゃんは恋人と結ばれて、舞踏会当日はその相手のお披露目となる。


 と、言うことは。

 私はその前に、御成敗されたり、心中したり、ラルゴを殺しちゃったりと、まあ色々なことが起こる予定なわけで、何としてもそれだけは阻止しなければならなかった。


 まぁ、ジークに殺されるのは良いんだけど、ジークが不幸になるのだけは許せないからね。筋金入りのハピエン厨なのである。





 昨日から何となく学園内が落ち着かない。

 先生たちが(せわ)しない感じがするのだ。


 生徒には何の通達もないから、学生の問題ではないのかもしれないが、なんとなくソワソワとする。

 今日はタクト先生の個人授業の日だったので、いつもの歴史科の準備室へ行けば、タクト先生がなんとなく疲れた表情でそこにいた。


「来ていただいて申し訳ないのですが、今日は授業ができません」

「何か慌ただしいご様子ですね」


 先生は困ったようにため息をついた。


「少し、聞いてもいいでしょうか?」

「はい」

「クーラント君を見かけませんでしたか?」


 尋ねられて考える。

 最後に見かけたのは一昨日だ。すれ違いざま舌打ちされて、ムッとしたので覚えている。


「一昨日、すれ違いましたけれど」

「それ以降は?」

「いいえ? でもなぜ、私に?」

「仲が良いでしょう?」

「いいえ! 私は嫌われてますから!」


 ムッとして答える。どこをどう見たら仲良く見えるのだ。


「そうですか。見かけたら私に教えてください。……ここだけの話ですが、一昨日から行方不明なんです」

「え?」

「今、内々に探しているところで、私も今から行くことになっています」

「……そうなんですか、心配ですね」

「心配ですか?」


 タクト先生に確認されて、ムッとする。


 さっきからムッとしてばっかりだ。


「心配ですよ!」


 嫌われてるかもしれないし、私だって顔を見ればムカつくけれど、だからって心配しないわけないじゃないか。


「ありがとうございます。では、また」


 先生はそう言って、準備室から出て行った。


 ありがとう? 

 なんで先生が言うのか分からないと思いつつ、私は時間が余ったので空中庭園へ向かった。



 空中庭園には、いつものようにブルーグレーのおぬこさまがいた。

 のんびりと気持ちよさそうにお昼寝をしている。

 最近、ずっかり仲良くなったので、私はそっと隣に寄り添って背中を撫でた。

 

 相変わらず、綺麗な毛並みだ。

 モフモフ、気持ちいい。


「それにしても、クーラント、なにしてるのかしら」


 いつもの癖でおぬこさまに話しかける。


「先生は変な顔してたけど、私だって心配ぐらいするわよ、ね?」


 だって、楽しかった思い出がなくなるわけじゃない。

 相容れないかもしれないけれど、別に相手の不幸を望んではいない。幸せになって欲しいとまでは思わないけれど、自分の見える範囲の人間が、死んだりしたら嫌な気分がする。


「みんなだって、心配するわ」


 なぁぁぁん……、おぬこさまが鳴いた。


 おぬこさまは立ち上がって、私の足元に降りた。

 足に尻尾を絡ませて、何か言いたそうにしている。


「どうしたの?」


 声をかければ、なぁ、なぁ、と何かを訴えるように鳴く。

 纏わりついて、少し先にいき、私を振り返って見上げる。それを幾度となく繰り返す。


「ついてきて欲しいの?」


 おぬこさまは大きく頷いて、にゃーん、と鳴いた。


「連れて行って」

 


 おぬこさまについていく。

 学園内の林を突っ切って、その奥に小さな建物があった。

 立ち入り禁止のロープが張られた、壊れそうな建物は昔の物置のようだった。

 おぬこさまが立ち止まって、なぁ、と鳴く。

 鼻先を見れば、地面近く木気の柵が付いた小さな窓があり、少しだけ開いていた。


 スルリとおぬこさまはそこから中へ入る。


「え?」


 驚いて中を見れば、中には猫用なのだろうか。餌の入ったお皿と、水の入ったお皿があった。


 そして、その横に。


 放りだされたような人の足。

 

 恐る恐る足のつながる部分を見る。

 丸まった身体。

 見覚えのあるメッシュの髪。


 おぬこさまが、近寄って手で叩いても、死体のように身動きもしない。


 ゾクリ、鳥肌が立つ。


「クーラント!?」


 声をかける。

 にゃぁぁ、おぬこさまが鳴く。


「クーラント? 聞こえる?」


 再び声を掛けても、ピクリともしない。


 私は立ち上がって、ドアへ向かう。

 ガタガタと揺らしても開かない。内側から鍵がかかっている。

 周りの窓を確認しても、大体は小さなものが天井近くと足もとにあるだけだ。しかもすべて鍵がかかっている。

 人の入れる大きな窓はない。

 

 おぬこさまの出入りしていた窓に向かう。

 窓にハマった柵を確かめる。

 木でできた柵は、朽ちかけてグラグラとしていた。


 出来るかも。


 私は高圧の風を朽ちかけた柵にぶつけた。


 ミシリ、音がする。

 もう一度。


 何度か風を当て続け、ようやく柵が壊れた。


 私は地面を這いずって、その窓へ体をねじ込んだ。


 大きな胸が引っかかる。

 アリアちゃんのわがままボディったら!


 でも、脂肪だから大丈夫。寄せてあげてができるんだから、無理やりねじ込んで入ることだって出来る。


 そうやって中に無理やり入りこみ、慌ててクーラントへ近寄った。


 口元に顔を寄せる。

 息、してる。

 ただ、触れた顔は生きてるとは思えないほどに冷たい。

 

 慌てて胸元に耳を寄せれば鼓動も聞こえた。


「クーラント! クーラント!」


 声をかけてゆすっても、微かな反応すら返さない。

 恐る恐る瞼を持ち上げてみれば、あのオレンジ色のギラギラとした目が、まるで使い古したビー玉のようにくすんでいた。


 おかしい。

 なにか、普通ではない。

 病気とか、そんなんじゃない、直観的に感じる。


 着こまれた制服の裾を出し、ベルトも緩める。胸元を寛げてみると、そこには不思議な形をしたネックレスがかかっていた。



 魔法陣?


 タクト先生に教えてもらった、遠隔操作の魔法陣によく似ている。

 

 きっと、これは魔法だ。魔法が影響している。


 とりあえず、クーラントを膝の上に抱き上げた。楽にして温めるくらいしかできない。



 私は学生証を取り出すと、後ろのメモ欄にメモを書いた。

 一枚はタクト先生宛。

 もう一枚はカノンちゃん宛てだ。

 この場所の地図と、すぐ来て欲しいと書く。

 そして、紙飛行機の形に折ると風の魔法に乗せて外へ飛ばした。

 さすがに、追尾や捜索なんてできないから、職員室のタクト先生の机と、カノンちゃんの革靴置き場に向かって紙飛行機を飛ばす。


 自分の胸元を開いて、クーラントの胸元に押し当てる。


 昔、薄い本で読んだのだ。

 裸で抱き合った方が温かい、と。

 さすがに裸というわけにはいかないけれど、直接肌で触れ合った方がいいに違いない、そう思った。

 こんな時でも薄い本は役に立つ。……真偽はともかく、多分。



 同時に長距離を飛ばすことはしたことがなかったから、すごく集中力がいる。

 私はただただ集中して、二人が来るのを待った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ