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5.おぬこさまと図書館で

 シンフォニー学園の敷地内には、王立図書館が立っている。他にも敷地内には王立の施設が数棟建っており、学園の生徒は自由に利用することが出来る。

 シンフォニー学園は、大学部と高等学部があり、私たちの学ぶ特別クラスは大学部の中にある。特別クラスのものはそのまま大学部に進学することが多いからだ。

 一般の学生の学ぶ高等学部と大学部の間に王立図書館とホールがあり、このホールで先日は特別クラスと一般クラス合同のダンスの授業があったのだ。



 王立図書館は古い。蔦の絡まる煉瓦造りの高い塔は、地下二階、地上三階と螺旋部で出来ている。地下は貸出不可のものなどが厳重に保管されており、入るのは司書と一緒でなくてはならない。

 地上一・二階は一般公開された図書室で、三階は学習室。その上に薄暗い螺旋階段が続く。螺旋階段を登りながら本を選べるようになっていて、登りきると小さな空中庭園だ。


 私は最近この庭で本を読むことが多い。

 敵国ワグナー王国のことを調べているのだ。

 もしかしたら、将来的に行かなければならないのなら、言葉くらい覚えていなければヤバイと思ったのだ。


 だがしかし。


 ワグナー王国の評判はすこぶる悪い。

 辺境の地の暗くて深い森の向こうに、その国はあるという。

 隣接する土地の人たちは少しは知っているのだろうが、ここ王都では特別なことでもない限り、彼の国の人と関わることはない。

 行事等で見かけることはあっても、武装しているワグナー王国の使者たちは、鎧のマスクをすっぽりかぶっていて顔を見ることはなかった。

 人の皮をかぶったケダモノだとか、あの国へ行くと帰ってこられないだとか、いい話は聞かないし、女がその国の名前をだすものじゃないなんて、窘められたりするのだ。

 っていうか、そんな敵国に政略結婚とか聞いてない! まるで生贄だよ?



 ただ、この国の使者たちも無事に帰ってくることだし、そんな魔界のようなところではないだろう、と私は思ってるんだけど……。

 ほらさ、話せばわかる、きっと、多分。

 だからこそ、コミュニケーションの手段は絶対絶対必要だ!!


 お兄さまにチラリと尋ねたところ、不愉快そうに眉を顰められた。

 家の図書室に蔵書があるのも見かけたのだが、家族の前では開くことすら躊躇われた。



 そんなわけで、普通にしていたら何も解らないのだ。

 ただし、ここ王立図書館は違う。

 誰も読まない螺旋階段の棚の中に、ワグナー王国の資料はあった。辞書もある。

 ワグナー語の素敵な絵本があったから、地道に訳して読んでいるのだ。


 こういう時、外国発推しの二次創作を意地でも理解しようしてたオタク根性が発揮されるよね。ここには翻訳ソフトないけど、執着があればなんでも出来る! オタク強い。


 語順はほとんどこの国と同じだから、文法的には苦労は少なかった。ただ、単語は訛っているというか、スペルが若干違うようで発音がわからない。ので、頭に入りにくい。


 音が知りたいよなぁ……。


 今日もお兄さまの授業が終わるまで、屋上で本を読んでいた。

 ここなら、チャイムも聞こえるし人の動きも良くわかるからだ。

 手入れの行き届いた空中庭園は快適だった。

 階段を抜けて、庭へ出た瞬間、両側から古いツボに入ったフウチソウがサワサワと音を立てる。

 小さな花々が多く派手ではないが、またそれが良かった。


 私は暗い螺旋階段から、明るい庭園へ出た。突然の青い空が眩しい。両側のフウチソウを風の魔力で揺すって挨拶する。

 イヌハッカを揺らして、白い小さな花の塊の咲くベンチに腰掛けた。セイヨウカノコソウだ。

 いつもはカミツレの近くのベンチを使っているのだが、ブルーグレーの猫がお昼寝をしていたから遠慮したのだ。

 ブルーグレーの猫様は私よりも常連のようなので、後輩の私は敬意を払っている。本当はモフりたい。あわよくば肉球を押したい。額を吸いたい!!


 でも、気持ち良さそうなので止めておく。


 私は絵本を開いた。脇に辞書を置く。魔法でセイヨウカノコソウに風を送る。バニラに似たいい香りがする。

 絵本はとても可愛らしい絵柄で、だいたい絵からストーリーが想像できる。文も短いから、ワグナー語初心者の私でもなんとか訳すことができる。

 初めて見る単語をメモしながら夢中になっていると、気がついたらお猫様が私の脇に寄り添っていた。

 目があった。お猫様が目を細めて顎を上げた。私は思わず指を鼻先に近づけてみる。

 お猫様が指先の匂いを嗅いだ。


 かわいいぃぃぃ。


 そっと額に手を伸ばしたら、気持ちよさそうに目を細めた。


 ふぁぁぁぁ!! やっと触らせてもらえたー! フワフワだ。


 私は感動を噛みしめる。入学以来、ここへ通って数か月。やっと、やっと触れられたのだ。

 この感動を忘れないうちに日記に書こう!(日記書いてないけど)


 お猫様は私の膝に置いた絵本を覗き込む。


「おぬこさまも興味あるのかしら?」


 思わず話しかければ、お猫様は不思議そうに眼を真ん丸にして私を見上げた。

 金目銀目のヘテロクロミアだ。美しい。


「ああ、おぬこさまっ! 両目に月と太陽を宿してらっしゃるのね!」


 感嘆したら、お猫様は引いたように身体をこわばらせた。


「大きな声を出してすみません」


 謝ると、そっと前足を私の膝に乗せようとして、逡巡したように前足を彷徨わせ、膝につかずに下ろした。


 人に上って叱られたことでもあるのだろうか?


 私は本を脇におき、膝を開ける。是非ともここへ上がって欲しい。


「どうぞ、おぬこさま」


 声をかけると、確認するように首をかしげる堪らない。

 私が微笑みかければ、トンと膝に乗った。


 はううう! 


 お猫様はそこで丸くなって目を閉じた。

 私はお猫様のお昼寝の邪魔にならないように、絵本を捲り始めた。

 お猫様の寝息が響く。温かい体温が、上下に動く。セイヨウカノコソウの甘い香り。


 遠くからチャイムが響いてくる。

 

 ああ、もう、お兄さまのお帰りの時間だわ。

 でも、お猫様が目を覚まさない……どうしよう。

 起こしたくない、離れたくない。


 そう思って動けずにいると、珍しく空中庭園のドアが開いた。お兄さまだ。

 瞬間、お猫様が立ち上がり、ぴょんと膝から降りていく。


「ああ! おぬこさま!」


 そう声をあげても、お猫様は振り返らずにお兄さまの足の間をすり抜けて、ドアから出て行った。


「アリア? 遅かったから迎えに来たよ。何してたの?」


 私は慌てて絵本を背に隠した。


「おぬこさまと遊んでいました」

「おぬこさま?」


 問い返されてハッとする。


「すいません、先ほどのネコです」

「また変な名前だね」


 お兄さまは不思議そうに笑った。


「ああ、猫の毛がたくさんだ」


 お兄さまはそういうと、私の制服の膝を払う。バレたらペルレに怒られてしまうだろう。

 でも、私には必殺技がある。


「ふふふ、見ていてください」


 そう言って、風の魔法を発動させる。腰から下に向かって、風を吹き付ける。エアシャワーだ。そうやって埃を取り去れば、お兄さまは苦笑した。


「便利な使い方だ」


 そう言って自然に手を差し出した。でも今日は荷物がある。


「本がたくさんなの。返しながら降りますので、お兄さまは先にどうぞ」

「手伝うよ」

「いえ」

「て つ だ う よ」


 そう言われて、私はおずおずと背中に隠した本を出した。

 それを見て、お兄さまは呆れたといったように大きくため息をついた。


「……アリア」

「申し訳ありません」

「どうしてそんなものを読んでいる? 淑女が読むべきものはほかにあるだろう」


 やっぱり、そう言われると思った。


 でも、私には必要な知識だ。私は敵国へ嫁ぐ可能性があるのだ。

 私はお兄さまを見つめ返した。お兄さまだけには理解してもらわなくてはならない。

 味方になって欲しい。


 でも、婚約破棄、なんて言えないし、ましてやそんなに避けている国へ嫁ぐ可能性なんて口にしただけで怒られる。


「私は王太子さまの婚約者です」


 そう言えば、お兄さまは不愉快そうに眉をしかめた。


「他のご令嬢と違って、彼の国のことを知っておくべきだと考えました」

「しかし」

「ゆくゆくは外交の席で接することもありましょう? それなのに相手の国のことを何も知らないなんて、エレガントではありません」


 そう言えば、お兄さまは少し考えたようだった。


「アリアはそこまで考えて……、いや、わかった。だが、淑女が彼の国に興味を示すことはよくは思われないものだ。あまり人には話さないように」

「はい、心得ております」

「そうだな、今日まで私にも気が付かせなかったくらいだから心配はいらないだろうが。ただ、お兄ちゃんはアリアの味方だ。何かあったら相談しなさい」


 お兄さまはそう言って、私の辞書を取り上げた。


「一緒に戻しながら帰ろう」


 お兄さまの言葉にホっとして微笑めば、お兄さまは私の頭に手を置いた。


「アリア、そんなに一人で頑張らなくてもいい」

「ありがとう、お兄さま」

「辛くなったらいつでも言うんだ。王妃の代わりなんかいくらでもいる」


 いやいやいやいや。なんだ、そのいいぐさは! 



 そんなことがあって、すぐに私の部屋には最新のワグナー国の辞書が届けられた。一緒に初歩的なテキストもついていた。外交官を目指す課へ進まなければ、手に入らないものらしい。無論、お兄さまが手配したものだ。

 ペルレにはお兄さまから話をしてくださったようで、部屋で学ぶ分には黙認されることになった。相変わらず無表情だったので、どう思っているのかはわからない。

 とりあえず、否定されないだけよかったと思った。



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