48.密談
珍しくタクトから呼び出された。
放課後の歴史科の準備室だ。
「クーラント様、お待ちしてました」
眼鏡をはずしたタクトが、声を潜めて名を呼ぶ。
様なんて久々だ。きっと、仕事の話なのだろう。
「ワグナーの脳筋王子が、馬鹿なことをしてくれました」
珍しくタクトが吐き捨てるように言った。
それほど頭に来ているということだろう。
「なにをした」
「グローリアの王都で、こともうあろうに誘拐未遂の扇動です」
「どういうことだ」
「カノン嬢に片思いをこじらせていた商人を使って、彼女を誘拐しようとしたようです。その場で殿下とルバートくん、ラルゴくんに取り押さえられ、事なきを得ましたが」
「相変わらず、他人のものが欲しい病気は治らないのか。それにしたって相手が悪い」
鼻で笑ってしまう。
多分、その手のプロを使っても、あの三人相手にどうすることもできないだろう。
「ちなみに、手違いでアリア嬢が攫われそうになりました」
「なんだと!?」
あの女に、汚い手が触れたのか。
「無事か」
「無事です。似たような格好をしていたそうで、間違えたと」
「馬鹿か」
「馬鹿です。庶民ならともかく、宰相の娘で王太子の婚約者を拉致したとなったら、命ひとつでは足りないでしょう。今回は彼らの機転で怪我人もなく、庶民同士の痴情の縺れということで大事にはなっていませんが」
ため息が出る。
素人仕事もここに極まれりという奴だろう。雑過ぎる。
タクトはオレに鋭い視線を向けた。
「しかし、そのせいで、脳筋王子がアリア嬢に興味を持ったそうです」
「!! 癒しの魔力が欲しいんじゃないのか?」
「馬鹿ですからね。魔力だったら何でもいいでしょう。あの状況で、とっさに自分より庶民の友人を守ろうとしたと伝え聞き、感銘を受けたのだとか」
「アリアのバカ」
誰彼構わず誑しこむのを止めろ。
「本人を見たらなんとしても欲しがるでしょうね。彼女は賢く美しい」
「ああ、アイツなら欲しがるだろうな」
タクトは真剣な眼差しでオレを見た。
「クーラント様、貴方はこれ以上アリア嬢に近寄るべきじゃない」
「……そもそも、近寄ってなんてないけどな」
「あの人は人のものが欲しい病です。貴方が欲しがってると知ったら、意地になる」
「別に欲しがってない」
「そうですか?」
「そうだ!」
憤慨して声を荒げる。
「だったら問題はありませんね? 彼女に近寄らないでください」
タクトは言い含めるようにオレを見つめた。
眼鏡をはずしたヘテロクロミアが不穏に光る。
「……」
「あの目も、」
「分かってる! くどい!」
これ以上、注意されないように怒鳴る。
「グローリアはどこまで知ってる?」
「はっきりと脳筋王子の関与までは知らないでしょう」
「知られたら国際問題だ」
「しかし、ワグナーの関与に薄々気が付いてはいるようです。特に彼女のナイトたちは警戒している」
「……最悪だな」
「ええ、貴方の行動は見られていますよ」
「分かったよ、大人しくする。アリアはもちろん、人目のつかないところではカノンと接触しない」
「それがいいでしょう」
今だって会えてない。
猫でしか触れ合えない。
それなのに、最悪だ。
「なぁ、タクト、お前はオレを裏切らないよな?」
不安になって、思わず確かめたくなった。
オレを見てくれている奴はいるのだろうか。
タクトは困ったように笑った。
「その言葉はすでに、貴方が私を信じ切れない証拠です」
「そんなことはない!」
「そう思わせる言葉です。上に立つならば、思っていても使うことはお控えください」
タクトはダメな生徒を導くように、緩やかに笑った。
オレの言葉を怒っているわけではないのだ。
「……お前は立派なセンセイだよ」
ため息を吐き出せば、タクトは微笑みを深める。
「なぁ、タクト。アリアに近づくなというのは、脳筋のせいか? アリアのためか? それとも」
「私のためですよ」
タクトは静かな目でオレを見た。
「クーラント、くん」
冷え冷えした表面に、嘘みたいに熱い核を宿す瞳。
ゾッとした。
なんだよ、みんなアリアばっかり!
「ばっかじゃねーの!!」
オレはドアを荒々しく締めて、駆け出した。







