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【書籍化】転生悪役令嬢は推しのハピエンを所望す!  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売


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47.カノンの賛歌 下


 大きすぎるベッド。私の家とは比べ物にならなくて、どこへ寝たらいいものか、それすらも分からない。

 私は持て余して、ため息をついた。


 ドアが小さくノックされる。


 そっと開ければ、髪を下ろしたアリア様が、イタズラでも思いついたかのような笑顔でそこにいた。


「入れてくださる?」

「もちろんです」


 アリア様は微笑んで、大きなベッドに腰かけた。


「ラベンダーのサッシェを持ってきたの。なれない場所だと寝つきが悪いかと思って」


 小さな白い袋に入れられた匂い袋には、紫色のリボンがかかっていた。アリア様は、それを枕元に、そっと置いた。


「ありがとうございます」


 アリア様は何か言いたげに、チラっと私を見た。

 その様子が、いつもの堂々とした姿からは想像がつかなくて、私は特別なんじゃないかと思ってしまう。


「アリア様?」

「えっとね、今日は色々あってビックリしたでしょう? 眠れないんじゃないかと思って。もしそうだったら、お話してもいいかしら? 疲れて眠いようでしたら、気になさらないで言って?」


 伺うように首をかしげる。


 優しい人。

 私を気遣ってくれるのだ。

 実際攫われそうになったのはアリア様の方で、私は全然怖い思いなんかしなかった。それなのに、一番怖い思いをした人が、こんな風にしてくれる。あの現場ですらそうで、私はこの人を心配させる自分を不甲斐ないと思った。


「ありがとうございます。仰る通り、眠れなかったので」

「大きすぎるベッドって寂しいものね」


 アリア様はそう笑うと、布団の中に潜り込む。


「お兄さまには内緒よ? 怒られてしまうから」


 私を誘うように布団を上げるから、ドギマギしながらも横へ滑り込む。


「お友達とこんなふうにお話してみたかったの」


 アリア様は幼子のように笑う。

 私もその笑顔にホッとしてほほ笑み返す。



 私たちはいろんな話をした。

 アリア様が今日の話に水を向ける。


「カノンちゃんを好きだったそうだけど」


 犯人のことだ。


「私は存じ上げない方で、驚いています」


 面識もなかったのだ。


「そうなの……。カノンちゃんみたいに可愛い方は何かと大変ですわね」


 心配するように呟くけれど、よっぽどアリア様の方が心配だ。


「私、恋愛したことないのよ」


 アリア様はポツリと言った。


 何をこの人は言っているのだろう。

 誰が見たって、殿下とアリア様は相思相愛だ。


「家の決めた婚約だから。貴族ではよくある話で、別に悲観なんてしてないのだけれど、だから少し憧れるの。恋愛ってどうなのかなって。ねぇ、カノンちゃんは好きな方はいるの?」


 興味津々といった顔でアリア様が尋ねる。



「……特には」

「ラルゴは?」

「優しい方だと思いますけど」

「そう」


 なぜか残念そうなアリア様。


「タクト先生とも仲良しよね?」

「でも、先生ですし」

「そう、そうよね。でも卒業したらとか?」

「卒業までまだ二年もあります」


 可笑しくて笑ってしまう。

 タクト先生は優しくて親身になってくれるけれど、親戚のお兄さんみたいな感じだ。



「お兄さまは? 私のお兄さまは優しくて格好良くて素敵なの!」


 それはそれは自慢そうに、笑顔を向けてくる。

 確かにルバート様は素敵だけれど。


「ルバート様が優しいのはアリア様だけだと思いますよ?」


 親切ではあるけれど、それは誰に対しても同じ。特別な優しさとは違う。


「うそ!」

「本当です」

「……嬉しいような、でも、ショックだわ……」


 アリア様はションボリとする。


「私、お兄さまが心配なのよ。お兄さまが結婚なさる方は私のお姉さまになる訳でしょう? 素敵な方と添って欲しいと思っているのに、その為には私も協力するのに、私には教えてくださらないのよ」

「アリア様のおねえさま、ですか?」


 それはちょっと羨ましいと思う。

 アリア様が妹なんてどんなに幸せだろう。

 こんな風に長話したりできるのだ。


「私も折を見て聞いてみますね」

「ええ! お願い!」


 アリア様は嬉しそうにほほ笑む。



「ね、じゃあ、あの、……ジーク、は?」


 アリア様は、少し躊躇いがちに尋ねる。


 嫌な噂を気にしているのだろう。

 それなのに、私を厭わないなんて。


「アリア様の婚約者です」

「でも、かっこいいわ!」


 さも当然のように言い切るから、おかしかった。


 確かに、きっと学園内で一番カッコイイだろう。もしかしたら国で一番かもしれない。

 でも、殿下一人の立ち姿より、アリア様と並びあう姿の方が、どう考えても尊い。


「憧れはしますけれど、それだけです」

「だってジークなのよ! 誰だって好きになると思うわ!」


 力説する目が真剣で思わず笑ってしまう。


「憧れと恋愛は違うものでしょう?」


 どう見たって、殿下はアリア様にベタ惚れだ。

 私なんかに嫉妬するくらい首ったけなのに、アリア様は気が付いていないのだろうか。


「そう。でもね、もし好きな気持ちに気が付いたら、遠慮しないで教えてね?」

「アリア様」

「家の決めた結婚に殿下を縛るつもりはないのよ」


 アリア様は遠くを見るような眼で微笑んだ。


「殿下にはもっと自由でいて欲しい。自分が選んだ好きな人と幸せになって欲しいの」


 はかなげに微笑むから、苦しくなった。


 本当に好きなのだ。


「羨ましいです」


 呟けば、不思議そうな顔で私を見る。


「私も恋愛したくなってきちゃいました」


 そんな風に愛されたい。


「え? 私が恋愛?」

「そうですよ、殿下に恋をしてらっしゃるじゃないですか!」

「や、でも、だって、片思い……ですもの」


 アリア様は、可憐に顔を赤くした。


 キュンと胸が痛くなる。


 殿下の好きな人はアリア様、なのにそれを私が口にするのは、なんだか憚られた。

 もしかしたら、嫉妬なのかもしれない。


 ルバート様も殿下のことも、私は笑うことができないな。


「でも、好きでしょう?」

「好きよ! だってあんなに格好いい人、世界中のどこにもいないわ! だから、みんな好きになるでしょう?」


 憤慨する姿が可愛い。


「可愛いアリア様」


 本当にこの人って、どうしてこう。


「カノンちゃんは、もう! そうやって!」

「アリア様が世界で一番かわいいです。殿下もきっとそう御思いです」


 きっぱりと言い切れば、アリア様は真っ赤な顔を枕に押し付けて隠れてしまった。


「アリア様?」


 呼びかけてみれば、枕に頭をつけたまま、こちらを向いて睨んでくる。


「私の好きな人、教えたんですからね! カノンちゃんも好きな人ができたら、私に一番に教えるのよ!」


 怒ったように言ったって、全然怖くなんかない。


「ええ、もちろん!」


 そう答えれば、アリア様は満足げに笑った。



 静かな寝息を立てるアリア様。

 幸せそうに眠ってしまった。

 流れている白金の髪をなでる。


 学校では見せない、アリア様の姿。

 私だけが知っている。


 アリア様と同じ女の子でよかった。

 一番、側にいられるから。

 ずっと側にいられるから。


 嫌だったことも、恐かったことも、幸せな思い出に塗りかえてくれる人。

 恋とは違う感情だけど、この人の側にいたい。

 幸せを願いたい。


 貰ったラベンダーのサッシェを胸に抱きながら、そう思った。




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