45.トラブルトラブル
お兄さまが案内してくれたのは、本来ならば夜しか開けていないレストランだった。朝早く出掛けるのが決まったはずなのに、開けてもらったらしい。ルバートルートでいくはずのお店だ。
私も行ったことがないお店で、知らないお兄さまの一面を垣間見る。スマートに案内され、目新しいメニューを教えてもらった。
やっぱり、イケメンだ。お兄さまには是非とも幸せになって欲しい。
だからこそ! 私にばっか話しかけるな。カノンちゃんと話そうよ。
ケーキ半分ことか嬉しいけど、それ、ヒロインとやるイベントだから!!
その後は、ラルゴルートの様に町を散策し、カノンちゃんと一緒に庶民の行く雑貨屋さんに入る。
手頃な万年筆を見つけて、カノンちゃんと色違いで買った。鍵付きの交換日記も買って、二人でする約束もした。
ここも本当なら、ラルゴがガラスのネックレスを買ってあげるはず。
直接首にかけてあげるシーンどうなった? 初心で可愛いラルゴ見れるんだよ! どうなったよそれ!!
見たかった!! 生で見たかったよ、おいちゃん。
本当に君たち何してるの? なんのために来たの?
おいちゃんが手助けしてあげなきゃ、話しかけることすらできないのー???
思春期の男の子は理解不能だわ、なんて三十路思考で考えつつ、三十路女だったときは、憧れの人になんて話し掛けられなかったな、と思い出して少し落ち込む。イベントでも「おっほ」とか「うっほ」とか言えなかったわ……。大好きですぐらい言っとけばよかった、ほんと今更そう思う。
現世ではペルレが厳しくしつけてくれたから、社交できてるだけだ。
ペルレありがとう。
あと、普通は転生してたら前世の記憶で頑張る感じなのに、私の前世足引っ張ってるだけなのなんで?
前世の私残念すぎない?
なんにせよ、恋って難しい……。
結局、夕暮れ時の帰り道を私とカノンちゃんで並んで帰る。
今日はなにもなくて良かった。それとも、ゲームのイベントは今日じゃなかったのか。
ホッとしつつも、名残惜しい気もした。
突然、横にとまった車のドアが開き、中に引きずり込まれる。咄嗟にカノンちゃんを突き飛ばした。
「アリアさま!!」
やっぱり来た。イベントだ。
狙いはカノンちゃんだ!
車のドアが閉められて、急発進する。
突然の閃光。ジークの魔法。
思わず目を閉じる。
回転する車。
車内に響く叫び声。
ぶつかると思った瞬間、車がなにかに乗り上げて止まる。
フロントガラスの割れる音。水しぶきが飛んでくる。冷たい。これはきっとお兄さま。
後部座席のドアか開け放たれて、グンっと腕を引っ張られる。
「アリア!」
抱き締める腕は強くて、恐る恐る目を開ければ、ジークが必死な顔をしていた。
こんなカオ、するんだ。
ビックリして声もでない。
まさに瞬殺。イケメンすぎる。
何が起こったかわからない内に、ラルゴとお兄さまが、車の中をすっかり制圧していた。
見たこともないほどの凶悪な顔で、ラルゴは土人形で拘束している。車を包み込んでいる柔らかい土も、きっとラルゴのものだ。
お兄さまは、メチャクチャ悪い笑顔で、犯人グループの口の周りに、魔法で水の輪をつけている。しかも、その水は自殺防止のためなのか、口の中にまで入り込み、たまに鼻の穴にまで波が来るから、陸上で溺れているみたいになっている。
水の中でキラキラしてるの、あれフロントガラスの破片なんじゃない?
……ご、御愁傷様。
「アリアさま!」
カノンちゃんが、青い顔で駆け寄ってくる。
「カノンちゃんは大丈夫?」
「アリアさまのお陰で私は」
「良かった。誰も怪我してないかしら?」
辺りを見回しても怪我人はいそうもなかった。犯人たちを除いて。
ホッとしたら、体が震えた。
カタカタと歯がかみあわない。足までも震えて立っているのもおぼつかない。
「大丈夫。もう大丈夫だ」
ギュッとジークが抱き締めてくれて、思わずその背に腕を回す。
ほわり、ジークの体から光がにじみ出し私を包む。柔らかい光が、私の心を落ち着ける。ゆっくりとなにも言わずに、ジークはただただ、私の背を撫でた。
震えの波がゆっくりと引いていく。
自分さえ支えられなかった足に力が戻ってくる。
これが、ジークの光の魔法。
人に、勇気や希望、安心を与える光。
滅多なことでは使ってはいけないと禁忌にされている力。
本当はこんなところで使ってはいけないものなのに。
「ありがとう」
お礼を言えば、ジークは照れたように笑った。
「当たり前のことだよ、アリア」
はぁぁぁ、胸がいたい。衛生兵! 衛生兵はどこ!?
目眩と心臓の痛みが酷いんです。恋のテロリストがここにいます!!
「殿下、犯人は警備隊に引き渡しました」
緊迫した声のラルゴに現実に引き戻された。
いつもの優しい瞳とは違う、とがった黒い瞳がセクシーだ。
「警備隊は取り調べの上、詳細を私と公爵家へ。第一報は必ず今日中にだ」
ジークは私を抱いたまま、指示をだす。
警備隊は、敬礼をする。
「殿下、賊の目的がわからない今、カノン嬢はとりあえず公爵家で保護するのがよろしいかと」
お兄さまがジークへ伺いをたてる。ジークは黙って頷いた。
「私?が、狙われた?の?」
カノンちゃんが驚いて口を覆った。
「わからないが、可能性は否定できない」
お兄さまは冷たく言った。
ジークはそっと私から離れた。
「アリア、僕には仕事がある。側にいられなくてごめん。ルバート様から離れないで」
ごめんとか言わないで!
働く男に痺れてるから! そこにしびれてるんだから!
公爵家の車が呼ばれ、私とカノンちゃんはお兄さまと共に車に乗り込んだ
あっという間の出来事。
皆は、あの瞬間で判断して、自分の能力を遺憾なく発揮した。
それに比べて私は何も出来なかった。
いくら、風の魔力を持っていても、使うときに使えなければ意味がない。
情けない……。
落ち込んでうつむく私を、カノンちゃんが慰めるように手を握ってくれる。
しかし、その手も震えている。
怖いに違いない。不安に違いない。
こんなトラブルとは関係のない世界にいたのだから。
しかも、自分の家でなく公爵家に連れていかれるのだ。
それなのに、私を気遣ってくれる。
私が、しっかりしないと。
私は背筋をピンと伸ばした。
カノンちゃんを見て笑いかける。
「急なことだけど、私の家でゆっくりしましょう?」
カノンちゃんは一瞬困ったような泣き出しそうな顔をした。
「アリアさま」
「大丈夫、ジークたちが何とかしてくれるわ」
「アマービレ家には公爵家から使いを出した。このまま事態が収束するまではヴォルテ家へ滞在するように」
お兄さまが言う。
もうちょっと、優しい言い方ないの?
「カノンちゃんに見せたいものがあるのよ。花は好きかしら?」
「ええ、アリア様」
カノンちゃんはにっこりと笑い返してくれたから、私はホッとした。
結局、取り調べの結果、やはりカノンちゃんを狙った誘拐未遂だということが分かった。
町の豪商の息子が、彼女に片思いをこじらせていたらしい。ちなみにカノンちゃんは面識がないそうだ。
カノンちゃんが、シンフォニー学園に通うようになり、貴族の男にとられる前に想いを伝えたかった、ただそれだけのものだったらしいのだが、やり方がまずかった。やりすぎた。
しかし、未遂でもあり、恋愛沙汰だったため、大事にしないことに決められた。
ただ、カノンちゃんの家には、念のために警備が敷かれることになった。けれど、王宮へ住むよりはそちらの方がましだと、カノンちゃんは笑った。







