43.ハンカチとチョコレート
ペルレに指導してもらって、ジークのハンカチがようやく出来上がった。
黒い糸でジークのイニシャル、対角には黄色いバラをあしらった。
四つ織りにすれば、黒と黄色が重なるのである。言うまでもない。影の従者と光の主だ。
いい働きをしたよ、私。こういうとき、自分天才だと思うわー。
ちなみに、ハンカチは十枚ほど練習した。不器用なのに、余計な薔薇とか刺繍しようとするからこうなる。指ぬきをしてたから、そんなに怪我はしてないけれど、最後の最後で、アイロンで火傷したのは、熱かった。
大分遅れてしまったが、町で評判のチョコレートを購入し、ハンカチを持ってジークの部屋を訪れた。
「待ってたよ、アリア」
今日のジークはご機嫌である。ラルゴはいつも通りに控えていた。
「これ、チョコレートと……ハンカチ、です」
オズオズと差し出せば、差し出した手ごと、ジークの手につつみこまれた。
「ありがとう、アリア」
ニッコリ笑うジークが眩しい。
はー、天使降臨だよ。まじで私の推し最高。
「ラルゴ、チョコレートをいただこう。コーヒーを用意してくれ」
「畏まりました」
ラルゴが下がる。
二人っきりになってしまう。ドギマギとしてまともに目が合わせられない。
スルリとジークが手を撫でる。アイロンの火傷に触れて、ビクリと体が強ばった。
「どうしたの?」
マジマジと指先を見ないで!
恥ずかしいから止めて!
「赤くなってる」
不思議そうな顔。ジークはアイロンなんてしたことないだろう。
私だって自分の物には、かけたことなんかない。
でも、今日は特別で。
「アイロンをかけてみましたの。慣れないもので少し火傷をしてしまいました」
「アイロン? ハンカチに? アリアが?」
驚きすぎ、ジーク。
あまりの驚きように身をすくめる。
ジークは私の指先に唇を寄せ、あろうことか。
あろうことか!
火傷の跡にキスをした!!
うごぎゃぁわぁ!!!!
ああ、天国に召されちゃいそう。
いや、召されたい。召されるべき。召されれば? 召されらるるるるるれる?
ゲシュタルト崩壊するわ!
私は思わず、その場にへたりこんだ。
だって、前回はグローブ越しだったけど、今は素手なんだもん!!
涙目になる私を見て、ジークはイタズラが成功した子供みたいに笑った。
「早く治るおまじない」
「そ、そんなの聞いたことないわ!」
ジークは私の脇に手を差し入れて、立ち上がらせようとする。
「そう? 王家に伝わる秘伝の魔術だよ」
「本当に?」
「本当、だから、ほら、手を出して?」
「イタズラがスギマスヨ、殿下」
ラルゴがカートを押しながら、部屋に戻ってきてホッとする。
やっぱりウソだったんかーい!!
「相変わらず仕事が早い」
「お褒めに与り光栄です」
なんだかバチバチと瞳と瞳で語らっている様子の、主従のやり取りに心が洗われる。
ああ、素晴らしきかな、主従。
ラルゴは当然のように、ジークと私好みのコーヒーを用意してくれた。
テーブルで、チョコレートをあける。
ジークは嬉しそうに、刺繍を撫でている。
その様子をラルゴは呆れたように眺めていた。
私はふと思い付く。
「ラルゴは誰かにハンカチをあげたりしたの?」
尋ねれば、ラルゴは困った顔をした。
「私は……特に……、突然、何を……」
モゴモゴと口ごもる様子が可愛い。
さては、恋バナ苦手系男子?
かわいいな? ラルゴ、おじさんキュンとしちゃうよ。
「私のエスコートをさせてしまっていて、迷惑をかけていないか気になって」
「迷惑ではありません!」
被せぎみに否定される。
ちょっと驚いたら、ラルゴが気まずそうな顔をした。
「恥ずかしながら、エスコートをする相手もおりませんし」
そういうことなら安心だ。でも。
「カノンちゃんは?」
「なぜ、カノン嬢?」
ラルゴは目をしばたたせた。
「アリアはなんでラルゴのことを気にするの?」
トゲトゲしい声でジークが尋ねる。
主、嫉妬か! 私は二人の仲は邪魔しませんよ! ええ、わたしはダミーでも当て馬でもいいですから、二人仲良くしてください!
ではない。
「いえ、ラルゴというか、カノンちゃんというか……」
正しくは、カノンちゃんが誰のルートに入っているのか知りたいのだ。
もし、ラルゴルートなら、私がラルゴを死地に追いやるかもしれないから、阻止しなければならない(自分を)。
「カノン嬢ね、突然仲良くなったみたいだけど?」
「最近、良く一緒にいらっしゃいますね」
ジークとラルゴが不審そうに見た。
おお、こっちも嫉妬? いやいや、ただの友達ですから!
「ええ、ちょっと色々ありまして、仲良くなれましたの! 可愛いから前から気になっていたのですけど、仲良くなる機会がなかったので嬉しいわ」
「馴れ馴れしいんじゃない?」
ジークが不機嫌に言う。
珍しい。ジークはいつも、あからさまに身分差については口にしないからだ。
「そう、でしょうか?」
「アリア様は公爵令嬢です」
ラルゴも追撃する。ラルゴがそんなこと言うのははじめてだ。
「それをいったら、あのクラスにはカノンちゃんのお友達になれる方はいないわ。学園の中では平等でしょう?」
「まぁ、それが正論だな」
ジークは不服そうに口を閉ざした。
ラルゴも黙る。
二人は同時にカップへ口づけた。
場がシーンと凍りついて、若干焦る。話題に失敗したらしい。
「こういう、家のしがらみのないお友だちがはじめてで……カノンちゃんが好きな人がいたら応援したいな…なんて、少し浮かれてましたね、私」
「そう、アリアはラルゴとカノン嬢が恋人になって欲しいの?」
ジークは何かたくらむような顔で、私とラルゴの顔を見る。
ジークのその様子に、ラルゴはあからさまなため息を吐き出した。
ちょーっと、何それ! いまの、今の何?
嫉妬する主に、(私の心は一つですよ)と答える従者だったよね? だったよね??
ありがとうございます。ありがとうございます。頭のメモリーと心のメモリーに刻み付けます。
「いえ、そういう意味ではなくて。ラルゴがもし好きだったらなー、みたいな」
「ありえません」
ラルゴが、きっぱりと言う。
怒ってる。ジークに誤解されたのが嫌なのだろう。
「そ、そうなのね? ごめんなさい」
「わかっていただければ、結構です」
ラルゴをこんなに怒らせたのははじめてで、戸惑った。
どうしよう。
「怒ってる?」
ラルゴの様子を窺う。
「いいえ」
答える声が固い。怒ってる。
その様子を見て、ジークがニヤニヤと笑っている。間にはいる気はないらしい。
いじわるだ。
「本当に?」
「本当です」
ツンと突き放すように答える。怒ってる。
いつも優しい人が怒ると、どうしたらいいのかわからなくなる。
あわあわとして、お兄さまのご機嫌をとるときを考える。
ラルゴにも通用するかわからないけど。
チョコレートを一粒とって、ラルゴの唇に押し付けた。
「は、あ、アリ」
口を開けた瞬間にチョコレートを口に突っ込んだ。
「ふぁふぁま!?」
「アリア!!」
「美味しい? 噂のお店なの。仲直り、しましょう?」
ラルゴをみれば、顔を真っ赤にして頷いた。
ラルゴのこんな顔、はじめて見た!
いや、薄い本では見てたけど、本物は、また一味違うよ!
美味しいモグモグいただきます。
「やっぱり、ラルゴばっかりズルい」
ジークがむくれる。
「ジークも、あーん、する?」
子供っぽいことを言うから、からかうように言ってみる。
「……する」
ズッキュン!!
ヤバいわ。鼻血でるわ!
この人、私をどうしたいの?
私に抱かれたいんじゃないの? ゴメン私、女だ! 男体化の魔法どこ? 薄い本で読んだ、西の魔女が声と引き換えにかけてくれるって! ああ、ここは薄い本じゃない。西の魔女とかいない!!
中央にある赤いハートのチョコレートを一粒取った。
ジークが赤いハート咥えるとこ見たいでしょ? ラルゴも見たいよね?
ヤバい、鼻息荒くなってない?
写真撮りたい。カメラない。目でスクショする。スクショするで!
ジークは綺麗な瞳で私を見つめている。
ゴメン私、穢れた心でゴメン。
「あーん、して?」
「あーん」
くそ、かわいいかよ!
平静を装って、恐る恐る、チョコレートを唇に運ぶ。半開きになった美しい唇に触れる。
ふにっってした! 柔らかい。なに、王子もメイドにケアとかされてるの? 私メイドになりたい!! それとも天然? 天然だったらすごい。 アリアより女子力高い!
受け入れるつもりがないのか、飲み込み方がわからないのか、唇ん挟んだチョコレートはそのままだ。
ジークは目で訴える。
緑の瞳がキラキラ光る。
い、入れて……って目で言ってるよね? は? ……挿れて?だと?
ヤバい、息止めないとヤバイ。ハァハァしちゃいそう。変態モブおじさんになっちゃう。
キミなにか、誘い受けか? そうか、そういう手口でラルゴを落とすのか。
私は息を止めて、ソッと指先でチョコレートを押し込んだ。
その瞬間、パクりと指を咥えこまれる。
オオ! ノォォォォ!!!!!
息を止める。反応できない。
こう言うとき、淑女はどうするの? なんか、上手い風にこう、なんか!
固まっていたから、ジークは楽しそうに、口に含んだ指をなめた。
レロってした! レロって!
なんなん、なんなん、これなんなん!! いや、リア充これ普通なん?
ソッとラルゴに手首を掴まれ、指を引き抜かれる。
そして指を丁寧に丁寧に拭われた。
ラルゴが、にこやかな、でも凍えるほど冷たい笑顔で、ジークを嗜めた。
「国王さまからの言葉を忘れましたか? 殿下。婚約中、です。お控えください」
ちょっと待て、国王様に何言われてんの?
「だって、指についたチョコがもったいない」
ああ、チョコが嘗めたかったのね?
おこちゃまか。ビックリしたわー。焦ったわー。
「卑しいですよ、王子ともあろう方が」
「自室なんだからいいだろ?」
「いけません」
ピシャリ、ラルゴがはねのける。
せっかく、機嫌が直ったと思ったのに、もーやだ、この人たち。痴話喧嘩に巻き込まないで。私はただの壁でいいのよ、見れるだけで幸せですから。
「美味しかったよ、アリア」
ニッコリと笑われて、こっちは心肺停止だ。死んでまう。
「お口に合って嬉しいわ」
やっとのことで答えれば、蕩けるような視線で微笑みかける。
「はい。アリアも、あーん」
ジークの指先にはハート型のミルクチョコ。
は、はぁぁ?
「わ、私は結構です!」
「遠慮しないで?」
「いえ、遠慮ではなく」
「僕のが食べられない?」
黒く微笑むジークさま。
背中には、不敬だぞ、と字が書かれている、気がする。
「で ん か! これ以上は報告しなければなりませんよ」
「ラルゴはいつから父上の味方なんだ」
「私はいつでもアリア様の味方です」
しれっとラルゴが答えるから、ジークは拗ねたように、背もたれに寄りかかった。
私はこれ以上犬も食わない喧嘩に巻き込まれるのはごめんだと、そそくさと席をたつ。
「では、私はこれで」
そういって逃げ出した。
キャパオーバーだ。これ以上は、ジークの過剰摂取で鼻血出る。







