41.主人公がやって来た!
私はカノンちゃんへ靴を買い、お兄さまの名前でそれをカノンちゃんの家に届けてもらった。
明日登校するときの靴がなかったら困ると思ったのだ。
お兄さまは怪訝な顔をして、アリアの名前で送ればいいと言ったけれど、私の名前だと受け取ってもらえないかもしれないので、お兄さまにお願いした。
私には人望はなくとも、金ならある!
私の靴と靴下はお兄さまが新しいものを買ってくれた。
ほんとヤバい。お兄さまカッコいい。惚れる。もう一回ルバートルートやるべき。
しみじみと思う。アリアは恵まれている。
権力とか、お金とか、そう言ったことを抜きにして、周りの人間の愛情に恵まれすぎている。
当たり前のように与えられた愛情を、ゲームで奪われたとき、あれほどまでに苛烈な行動に出てしまったのだろう。
今の私なら、それが当たり前のことではないとわかるから、同じ過ちは犯さない。
……はず。
ああ、でも、お兄さまの嫁はいい子じゃないと嫌だ!
とりあえず、私は自室でおとなしくすることにした。
意外に足が痛んだのだ。
でも、しでかしたことがしでかしたことだから、お兄さまにもペルレにも足が痛いことを気が付かれるわけにはいかなかった。
裸足になってベッドに横になっていると、ドアがノックされた。
「お嬢様。カノン・アマービレ様という方がお見えですがいかがいたしましょうか」
ビックリした。まさか家に来るとは思っていなかったからだ。
きっと、今日の話をするのだろう。家のものには聞かれたくなかった。
「こちらへお通しして」
「かしこまりました」
私は慌てて身支度を整える。お兄さまが買ってくれた靴下に履き替え、靴を履く。
通されたカノンちゃんは、あたふたとしていて不慣れな感じが可愛らしい。
「あ、あの」
「まずはこちらへお座りになって。紅茶を用意させます」
そう言ってソファーへ誘導した。
そうすれば、唇をつぐんで言われたままに腰かける。靴は贈った物を早速履いてくれたようだ。
良かった。
ペルレが紅茶とお菓子を用意して、部屋から出て行った。
「それで何の御用ですの?」
私が問えば、カノンちゃんは身を固くした。
「今日は……ありがとう、ございました」
「何のことかしら?」
「靴を、」
「ああ、あれはゴミよ。気になさらないでと言ったでしょう」
「あと、すいませんでした」
「まぁ謝られるようなことあったかしら?」
「私、アリア様を誤解していて……」
そう言って、カノンちゃんは膝の上で握りしめた拳に目を落としてから、顔を上げた。真っ直ぐな瞳はピンクで。その真摯な顔は、本当に可愛らしくて。
ああ、やっぱりかわいい……。めっちゃ可愛い。
「勝手にアリア様を犯人だと思い込んでいたんです。ごめんなさい」
そう言って深々と頭を下げた。
なんて正直な子なんだろう。やっぱりヒロインというだけある。
敵地かもしれない、こんな大きな屋敷に一人で謝りに来るなんて、きっとすごく怖かっただろう。しかも、言わなければわからない事なのだ。それなのに。
やっぱり、私にはまねできない。
だって、私は謝られる価値なんてない。先に見なかったふりをしたのは私の方で、犯人たちとなんのかわりもないのだから。
「いいえ、私こそ」
そう言えば、カノンちゃんは不思議そうな顔で私を見た。
「あなたがされていることを見て見ぬふりをしてたのよ。私は同罪です。軽蔑なさって」
自分自身の恥ずかしさに俯いた。
どうしょうもない人間だ。
「いいえ! いいえ! アリア様のおかげで、私、背を伸ばして家に帰ることができました。だから……!」
カノンちゃんが私の足元に跪く。
「顔をあげてください。アリア様。そして、お願いです。私に足を見せてください」
「どうして……?」
「怪我をされていませんか? 私の魔法で少しは楽になるかもしれません」
「そんなわけにはいかないわ、これは私の罰ですもの」
カノンちゃんが苦しむことを知っていて、それを見過ごした。分かっていたのに、わざと助けなかった。
「罰なんて必要ないんです。だって、私がそうしたいんですから」
カノンちゃんはにっこりと笑った。
天使のようにかわいい。もう笑顔だけれ癒される。魔法とか関係ないから!
私がその笑顔に見惚れ、言葉を失っているうちに、カノンちゃんは私の足を取った。
「あっ!」
意外に強引だ。ここに乗り込むだけあって、なかなかに強い。
靴を脱がせ、絹の靴下をゆっくりと下ろしていく。
あまりの恥ずかしさに口元を押さえた。
こんなかわいい子に生足見られたくない!! はずかしぬ!!
露わになった足先を、カノンちゃんはじっと見た。
うっわ、私知ってる。この顔、アリアカノンの薄い本で読んだことあるわ。
ドSアリアが、足でカノンちゃんにイジワルするんだよ。
で、カノンちゃんが、涙ぐんで顔を赤らめ許しを請うやつ。
その後のくんずほぐれつ。神絵師だったわー。
めっちゃシコかったやつだわ。
は、ヤバいタイミングで思い出してしまった。
本人を目の前にして、変な妄想を思い出していたたまれないやら、恥ずかしいやらで、爆発的に顔が赤くなるのがわかる。
慌てて両手で顔を隠した。
「アリア様?」
カノンちゃんが不思議そうに尋ねてくる。
へ、へんな目で見てませんよ?
そんな、性的な目で見てませんよ?
指の間から垣間見れば、カノンちゃんは穢れのない瞳でジッと私を見つめていた。
「……そんなに見ないで……くださる?」
懇願するように声を絞り出せば、カノンちゃんは顔を赤らめた。
「アリア様……かわいい……」
なんつーこと言ってんだ!! かわいいのはカノンちゃんでしょ!!
その薄い本でも言ってたもん! アリアがカノンちゃんに向かって、「カノン、そんなに可愛いお顔をして、いけない子ね?」って言ってたもん!!
でも言えるわけない! 私は言えない!!
「可愛いだなんて、あなたのような方に言うことですのに嫌味な方」
フンと鼻を鳴らして、頑張って精一杯反撃してみる。
カノンちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「私なんかより、アリア様の方がずっとずーっと可愛いです!」
天真爛漫。無垢な瞳と物言いに撃沈する。
「もう、止めてください!」
怒って見せれば、カノンちゃんは私の足の裏を軽く撫でた。
「っん!」
足の裏がほんのりと温かくなって、そこから気持ちの良い幸福感が体中に広がる。
「これが癒しの……」
「ええ、大きな怪我は完全に治せるわけではないんですけど。治癒力を高められるんです。これくらいの小さな傷なら治ってしまうこともあります」
「本当、これは素晴らしいわ」
まったく痛みが引いてしまって、足が軽い。
嬉しくなってカノンちゃんを見た。カノンちゃんは恥ずかしそうに笑う。
「アリア様とは相性がいいみたいです。さあ、反対の足もいいですか?」
「お願いいたしますわ」
私は図々しくも足を出した。
だってすごいよ!? 体験したら素直になるって!!
完全敗北だ。もう、絶対勝てる気がしない。
張り合うのも馬鹿らしいくらいに圧倒的な魅力。
こんなことされたら、誰だって好きになるだろ? 私だって好きになるわ!!
反対の足にカノンちゃんの手が優しく触れる。足の裏からホンワリとピンク色のイメージが広がって、胸に届く。胸まで熱くなる。
柔らかい波動が、私の心の醜い部分まで溶かしてしまう気がした。
「あなたの側にいられる方は幸せでしょうね」
思わず転がり出た言葉に、カノンちゃんはビックリしたように瞬きして、頬を赤らめた。
その様子も可愛らしい。
「そんなこと」
「だって、あなたに触れられるだけでこんなに幸せな気持ちになれるんですもの」
本当にそう思った。優しい気持ちになれる。自分が大切にされていると分かる。
「そんなことないんです。人の心を動かすような力は私には無いんです。まず、私を信じて触れさせてくれる方でなければ、魔力があっても治せないんですから……」
カノンちゃんはそう言って口をつぐんで俯いた。
このところの仕打ちで、すっかり自信を無くしてしまったのだろう。
その責任は私にもある。
「カノン様、顔をあげてください」
そう言えばカノンちゃんは恐る恐る私を見つめた。
「そして、あちらに座って?」
促すとカノンちゃんは慌てて立ち上がった。
「す、すいません」
「いいえ。せっかくお茶もお菓子もあります。同じ目線でお話ししなくてはもったいないわ」
じっくりその可愛いお顔を眺めたい。あわよくばペロペロしたい。
もう私は決めた。
開き直った。
自分の欲望に忠実に生きる。原作とか知らん!!
っていうか、私が原作だわ!!
正面に座ったカノンちゃんの手を取る。
「心を動かす魔法をあなたが持っていないのだとしたら。だったらなおさら、あなたは本当にすごいわ」
「アリア様……」
「私、あなたの側にいたい、そう思ったのよ?」
少し強引で、優しくて、正しいことを知っていて、でもちょっぴり臆病で。
特殊な力を持ったばかりに、魑魅魍魎の住む貴族の世界に放り込まれて、逃げ出したいはずなのに後ろ盾もなく一人で頑張っている。
これが応援せずにいられようか。
「アリア様、私もアリア様のお側にいたいです。……学園でも声を掛けてもいいですか?」
「もちろんよ! 私もあなたとお話ししたいわ」
「……カノン、と」
「え?」
「失礼だと、図々しいとは思っています。恥ずかしいお願いだとも。でも、良かったらカノンと、あなたではなく名前で呼んでいただけたら嬉しいんです」
「カノンちゃん?」
そう呼べば、カノンちゃんは花開く薔薇のように頬を赤らめて、笑ったのだ。
ま、眩しい!
やっぱりカノンちゃんはいい子だった。
こんなにいい子なら、お兄さまの彼女になっても応援できる。
っていうか、お兄さまと結婚したら『おねえさま』って呼べるのか。
そ、それってすごくドキドキする。なんか、背徳な香りがする。
そう言えば、アリアカノンでは、私がカノンちゃんに『おねえさま』って呼ばれてた気がする。
そっか、お兄さまと結婚すれば逆になるのか。
うん、いいかも、ふふふ。
いや、男性向けとかは無理だけど。
一緒にお買い物行ったりするんだ。きっと料理とか刺繍とか教えてくれそうだし!
ラルゴルートだって邪魔はしないよ。
もう断然応援しちゃう!
っていうか、そもそも、私ラルゴが好きだし、危ない橋とかわたらせないから!!
ジークルートは……まぁ、うん。しょうがないかなって、彼女ならしょうがないかなって思えて来た。
誰かに譲らなきゃならないなら、間違いなくカノンちゃん一択ね!
ほかの女選んだら、ジーク刺す。
タクト先生のことは忘れていたわけじゃありません。
今でも一応一押しルートで……いや、ルバートルート良くないか?
おねえさま……うん、いいかも。
私の記憶が戻ったのは遅かったから、攻略対象者の心の傷や過去のフラグを折ることはできない。
それに過去があったからこそ、彼らの優しさが今もある。だからゲームのアリアもあんなに彼らの執着したんだと分かるから、その過去を否定したくない。
彼らのことは変えられなくても、自分の未来や考え方だったら、今からでも変えられるんじゃないかって、希望がもてた。







