40.二学期が始まった
二学期が始まった。
二学期からは登下校で手を繋がない、と宣言してお兄さまが口をきいてくれなくなったので、家を出る前と家に着くときにハグをすることで、仲直りをした。
いい加減、私もお兄さまも病気だと思う。けど、公式だから仕方がない。
ジークとラルゴは相変わらず優しい。
私の贈ったお土産を当然のように身につけてくれている。
二人並んで、袖にお互いの髪色のカフスをつけている姿は、垂涎ものだ。
これだけで、学園に行く気も起きるというものだ。
はぁ、尊い。主従尊い。
タクト先生も相変わらず学園では眼鏡をかけている。
この間は、カノンちゃんと一緒に歩いているところを見た。
仲が良さそうで安心する。
タクト先生には、最近ワグナーの情勢と魔法陣についても教わっている。なにやら、ワグナーの第一王子が脳筋(先生曰く)で、少し不穏なのだそうだ。
魔法陣についてだが、タクト先生自身がハーフで魔法力が少ないことから、古の魔法陣の研究をしてカバーしているらしく、詳しいのだ。
魔法陣と言っても、現代のファンタージのように悪魔を呼び出すようなものではなく、リモコンだとか、電池だとかそんな感じの使い方のようだ。図書館のカーテンを閉めたのは、カーテンに魔法陣が織り込まれていて、日光の力をそこへため、開閉の合図で魔力のないものでも開閉ができる仕組みにしたのだという。
簡単な物だけ教わっている。
学園の中でクーラントを見かけたけれど、目が合ったところをあからさまに無視をされた。ちょっとムッとしつつ、本当に話しかけてはいけないんだなと、実感した。サパテアードで見かけた時より、顔色が悪くて心配だったけれど、余計なお世話なんだろう。
クーラントとカノンちゃんは仲が良いようで、よく二人でいるところを見かけた。
クーラントはゲームの攻略対象ではなかったはずなのだが、ゲーム化されていない恋なんかもあるのかもしれない。ただ、クーラントが相手というところが少し心配だけれど、きっとカノンちゃんはヒロインだから誰にだって愛されるだろう。
夏休みが明けても、結局カノンちゃんはクラスの女子に馴染みきれないままだ。
カノンちゃん自体は悪くない。
明るく優しく、正しいヒロインだ。だから、男子生徒には人気だし、教師にも人気だった。
ジークもラルゴも仲良くしている。
クッソ~!! 私だって話したいんだからな!! カノンちゃん正面から愛でたいんだからな!!
後ろから見ていても、ジークとカノンはお似合いだし、クラスの代表として並び立つ姿は『新規絵ありがとうございます!!』という感じだ。
そんな風に歓喜する原作厨の横で、時にはジクジクと私の中の夢見る部分が湿ってくることもある。
ああ、いやだ。こんな自分嫌だ。だからヒロインにはなれないんだよ。
憂鬱に思いながらロビーへと歩いていく。下校の時刻になっていた。
今日はお兄さまも早く帰れるらしいので、ロビーで待ち合わせをしているのだ。
すると、ロビーの花壇に頭を突っ込む少女がいた。
カノンちゃんだ。
何かを探しているようだけど、どうしたのだろう。
話しかけるか考えて、止めた。
お兄さまがいたからだ。
「お兄さま!」
声を上げれば、カノンちゃんがビクリと肩を震わせて振り向いた。
目が合った。
困ったような、恐れるような、かわいい顔が台無しだ。
よく見れば、指先が汚れている。
「ごきげんよう、カノン様」
そう笑えば、ぎこちなく声が返ってくる。震えている。
「ご、ごきげんよう……」
お兄さまはそれを横目で見て、興味なさげに私を見た。
「行くぞ」
手を引かれる。
学園では止めてって言ったのに、お兄さまったら。
「お兄さまは先に車へいっていてください。あちらの方、私のクラスメイトなの」
お兄さまは、まじまじとカノンちゃんを見た。そして、頷く。
「ああ、カノン嬢だろ。有名だからね、先日話をした」
こともなげに答えた。
なんだよ! 知り合いなら声ぐらいかけてあげなよ! なんか困ってるのに!
そう思いつつ、まだ親密度を上げてないのかな、なんて思う。
お兄さまをジト目でにらめば、お兄さまは曖昧に笑った。
「先に行ってるよ」
「ええ、お願い」
私はお兄さまを見送ると、カノンちゃんの元へ近づいた。
ビクリ、カノンちゃんが蒼白な顔で私を見る。
まるで、悪魔でも見るような……。
「どうかされました?」
「い、いえ、何でもありません。アリア様」
「なんでもないようには見えませんわ」
そういえば、カノンは俯いた。黙ってしまう。
「私、お兄さまを待たせておりますのよ。はっきりお答えになって」
きつい言い方だが仕方がない。私は原作厨なのだ。カノンちゃんに優しく話しかけたりしたら解釈違いもいいところだ。
「……靴が…どこかに……」
消え入るような声で、恐れるように私を見つめる。
足元を見れば、学校指定の靴を履いている。学区指定の靴は布張りで、外を長く歩くのに適していない。そしてそれは庶民にすれば高価なのだろう。
そう思って思い出した。彼女は徒歩で通学なのだ。
徒歩通学の者は、学校で革靴から指定靴へ履きかえることが許されていた。ただ、よほど近くに住むものか、庶民(これは学園では稀なのだ)以外は、車で登下校するのが常だった。
「見つからないのですね?」
「はい」
きっと隠されたのだ。
原作のイジメではこんなシーンがなかった。アリアだって、こんなことはしていない。せいぜい嫌味を言うくらいだったはずだ。
でも、影ではここまでされていたということだろう。
そして、カノンちゃんは私を疑っている。
私も前世で靴を隠された経験があるからわかる。
相手はイタズラのつもりかもしれないけれど、やられた方は惨めなものだ。
上履きで帰るところを見られたくなくて、人目を避けてコソコソ歩き、そのさまをあざ笑われる。
親に知られたくないから、こっそり家に帰り、なけなしのおこづかいで新しい靴を買いに行ったのだ。
そして、そのせいで、お迎えするはずだった推しの嫁の限定フィギュアが買えなくなり、私の大事な推しフィギュアは生涯独り身で過ごすことを余儀なくされた。
許すまじ。靴隠し。
しかも、翌日には隠された靴が下駄箱に返って来たのだ。
まじで、許さん!! 死んでも許さん!! 今現在死んだ後なのに許してないからな。
プチン、何かが私の中で切れた。
こんなになるまで、なんで誰も助けてくれないの?
助けに来てあげてよ。
先生でも、ラルゴでも……ジークでもいいから。
そう思って、気が付いた。
私も見て見ぬふりをした。原作がどうだとかそんなこと言って、カノンちゃんが苦しんでいるときに、私も手を伸ばさなかった。
私だって同罪だ。
私の車で送っても良いが、疑われている以上素直に乗ってくれるかわからない。乗ってくれたとしても、怖がらせるだけだろう。それに公爵家の車が、下町に乗り付けたら騒ぎになる。
それでは、カノンちゃんが嫌がらせを受けていることを気が付かれてしまうかもしれない。それはカノンちゃんにとって不本意かもしれなかった。
私だって、こんなこと家族や近所の人に知られたくなかった。
だから、隠して、自分のおこづかいで靴を買って、限定フィギュアが買えなくなって。
今思えば、家族に泣きついてしまえばよかったと思う。助けてって言えたら良かったのだ。
なんで恥ずかしいと思ってしまったんだろう。
悪いのは加害者だって分かり切っているのに。
家族が笑ったりしないなんて分かり切っていたのに。
それなのに恥ずかしかった。
知られたくなかった。
相談するのは簡単なはずなのに、それが出来ないから苦しいのだけれど。
でも、解ってほしい。
私は、自分の靴を踏んで傷つける。そしてその場で自分の靴を脱いだ。
「丁度、この靴、汚れたので捨てようと思っていたところですわ。お困りならこれを使いなさい」
カノンちゃんは驚いて私を見た。
「どうせ棄てるものだから差し上げるわ」
「え、いえ、そんな」
辞退する言葉を無視する。
「このアリア・ドゥーエ・ヴォルテが差し上げたものをつき返そうとするなんて、いい度胸ですわね」
そう言えば、カノンちゃん身を縮めた。
「あなた、サイズはいくつ? 合うといいのだけれど」
「……22センチです」
プリンセスサイズとか! まじヒロイン! 足までかわいいとか!
「まぁ、可愛らしくてらっしゃるのね。でも、大は小をかねると言いますから」
私はハンカチを出して、風の魔法で半分に切った。
「これをつめればよろしいでしょう。この学園の制服で帰るのです。堂々としてお帰りなさい。町の方々から憧れるよう、背筋を伸ばして行きなさい」
「アリア様は……」
「私はそちらに車を待たせていますから、お気遣いは不要です。また、あなたの使ったものなどいりませんから、そのままお棄てなさい」
「アリア様っ!」
「靴は明日には戻ってくると思いましてよ? 私が学校へ連絡しておきますので。では、わたくしはお兄さまが待っていますので」
私は絹の靴下一枚で歩き出した。
良い靴しか履きなれていない、柔らかな足の裏は、思った以上に地面のデコボコを感じ取った。痛い、けれど、私は背筋を伸ばす。
きっと、靴を隠した本人は隠れて様子をうかがっている。
これは隠すためにやったイタズラじゃないからだ。困っている様子を嗤うための悪戯だからだ。絶対どこかで見てるはずだ。
だから私はことさら気高く歩くべきなのだ。
私も、カノンちゃんもお前らになんか負けない!
そうやって、車に乗り込めば、お兄さまは呆れたようにため息をついた。
「アリア、靴はどうしたんだい?」
「汚れたので捨てました」
「家で捨てればよかっただろう?」
「履いていたくなかったのですわ」
「まったく、お前って子は」
「車を出してください。靴屋まで」
私はお兄さまを見ず、まっすぐ前を向いてそう言った。車が走り出す。
「ああそうだ。俺も靴下を買い替えるから、先にそちらへ車を回してくれ」
お兄さまが付け加えた。
「お兄さま……」
「アリアはカノン嬢を良く思っていないのだと思っていたんだが、思い違いだったのかな?」
「……嫉妬はしています。でも、あの方をほうっておくのはエレガントではないわ」
「裸足で歩くのもエレガントじゃないと思うけどね。では、無茶をした罰として、靴が手に入るまでお兄ちゃんが君を抱っこしているからそのつもりで」
見ればお兄さまは優しい瞳で笑っていた。
ぐっは! お兄さま……、イケメンの無駄使い……無駄使いだよ……。
こういうのはさぁ、ヒロインとかさ?
ヒロインとかにするんだよ……。
お兄さま、結婚できるのか心配になって来た。







