34.軟禁城
さすがに辺境伯様に泣きつくこともできず、私は城内に軟禁されることになってしまった。
とりあえずは、お父様に手紙を書いた。
ジークとラルゴにも手紙を書いた。
その後は、庭に出て池の亀を見たり魚に餌をやったり。庭師に花の名前を聞いたりして過ごした。
それも二時間もすれば飽きてしまう。
「暇だわ」
呟けば、ペルレがスッとやって来た。
「レースの教師は明日やってくるそうです。その前に運針を復習いたしましょう」
それからみっちり裁縫を仕込まれて、休憩をしたら図書室へ逃げ込んだ。
珍しい本を二、三冊借りて、大型の図版を図書室で読む。
それにしたって、半日で飽きてしまった。
それまでが刺激的だったから、仕方がない。
しかも、すぐそばに見たいものがあるのだ。
ああああああああ。
お兄さまの、ばか。
うそ、私が悪かったのも分かってる。
心配かけたから仕方がない。
でも、さぁ。せっかく、さぁ、ここまで来たのにさぁ!
萎れ切ってしまった私のために、ペルレはサパテアードの仕立て屋を呼んでくれた。ワンピースを仕立てて貰ったサロンだ。気に入ったので、ドレスの仕立もお願いすることになっていたのだ。
昨日見た布でドレスを仕立てようということだろう。
「どのようにいたしましょう?」
仕立て屋のマダムはにこやかにほほ笑んだ。
「サパテアードのスカーフと、こちらの布を使ってイブニングドレスをと思っております」
ペルレが説明しながら、スカーフとサンゴの模様に染められた布を広げた。マダムは眼鏡を合わせてその生地をまじまじと見た。
「出島まで行かれたので?」
「ええ」
ペルレはそれだけ答えた。
「良いものをお買い求めになりました。この作家のスカーフはサパテアードでもなかなか手に入りませんの」
ペルレは自分が褒められたかのように満足げに頷いた。
「お嬢様、どちらのスカーフでお作りしましょう?」
並べられたスカーフを見て、私の心も少しずつ晴れていく。やっぱり綺麗なものは見ていて楽しい。
「そうね、サパテアードらしさが出ているものがいいわね」
海の柄、鳥の柄、果物の柄、カラフルなものがたくさんあって、目移りする。
「少し派手なくらいがいいでしょう。サパテアード風をお望みなら、胸の前でガウンのように合わせるのはいかが?」
「どういうことかしら?」
ペルレが尋ねる。するとマダムがササっと絵にして見せてくれる。
襟を着物のように合わせたデザインにして、その片側をスカーフで彩るようだ。
鮮やかな鳥が描かれたスカーフを手にする。一番のお気に入りだ。でも、派手過ぎで日常では使えないと思ったけれど、諦めきれずに令嬢力(要するに金だ、金)を使ったものだった。
「これは使えるかしら?」
マダムはマジマジとスカーフを見て、生地を合わせた。
「これなら、こちらのラベンダー色と合わせるのはいかがでしょう?」
「素敵ね」
こうやってドレスが造られていった。
翌日は、朝からタクト先生がやってきてワグナー語の勉強会をしてくれた。
出島の地図を持ってきて、成り立ちの歴史から街の構造までいろいろなことを教えてくれる。
これらのことを知ってから、出島を散策すればきっともっと面白いのに、そう思った。
その翌日はレースの先生。
その翌日は街の楽団。
夜は地元の著名人を集めた夜会が開かれた。
今夜はワグナー語で話してもいい、なんてお兄さまが言ってくれて、私は片言のワグナー語で、会話を楽しんだ。
自分が悪かったのに、こうやって沢山気を使わさせてしまっている。
たくさんの人に迷惑をかけている。
ありがたいと思う。申し訳ないとは思う。
でも。
と、どうしても思ってしまうのだ。
何をしても気もそぞろだ。
何を食べても、味がしない。
天文台にもいかなくなった。
図書室も行かなくなった。
もちろん群れ星の塔だって。
だって、行けば思い出してしまうから。
楽しかった出島を思い出してしまうから。
今日はジークとラルゴから手紙が届いた。
同じ日に届くなんて、息がピッタリだと思う。
ジークからは、夏休みがつまらない、なんて子供っぽい愚痴。
ラルゴからは、時候の挨拶と、王都の様子。そして相変わらずのみじか歌。
懐かしいな、そう思った。
もう、帰りたい。ジークに会いたい。ラルゴに会いたい。
そう思った。
ここにいる理由がなくなってしまった。
だって、外へはいけないんだから。
食事の量が減った私のために、お兄さまが町からいろいろな物を買ってきてくれる。
テーブルにはシラップの実のジュースが、美しいグラスに入れられている。
一口飲んだ。
でも、違うのだ。
あの出島の、階段にぺたりと座って、果肉に口づけて飲んだあの味とは、あの匂いとは違うのだ。
私はグラスを置いて、外へ出た。
城壁のへりに座って、町行く人を見る。
最近の習慣になった。
あのサンダルを履いて、ぶらぶらと足を揺らす。足先にはまだ薔薇が残っている。
向こうから見慣れたトラ猫が歩いてきた。
「こんにちは、お嬢さん」
「ごきげんよう」
私も答える。
あの日と同じようにクーラントは城壁に腰を掛けた。
「全然ご機嫌には見えないけど」
「怒られちゃったわ」
そう答えれば、クーラントはあっけらかんと笑った。
「やっぱりね」
「もう!」
「でも楽しかったでしょ?」
「ええ、楽しかったわ」
町へ続く道へ目を向ける。
真っ白い入道雲。空の高いところを白い鳥が舞っている。
「もしかして外出禁止?」
「もしかしなくてもそうよ」
「いつまで」
「分かんない」
「つまんなくない?」
「つまんないわよ」
海鳥が鳴く。
視界が滲んでしまいそうだ。
「ねぇ、逃げちゃう?」
クーラントが私の顔を覗き込んだ。
「こんな低い城壁で、何にも守れないよ。アリアだってわかってるでしょ」
そうだ私は分かってる。
それでも、この優しくて柔らかな檻から逃げ出そうとは思えない。
だって、これは私を守るための檻だから。
私はクーラントに首を振って見せた。
クーラントは失望した顔で私を見た。
「アリアにはこんな狭いとこ似合わないよ。ワグナーは嫌い?」
「嫌いじゃない、と思う。あの日の出島しか知らないから、わからないけれど。また行きたいと思うくらいには、好きになったわ」
「だったら、オレと行こう」
「行かないわ」
今日は自分で決める。誘惑に流されたりしない。
そちらの方が楽しくて、幸せかもしれないけれど。
あの日、この人は、私を金で買ったのだから。
そんなこともう二度とされたくないし、クーラントにもして欲しくない。
「ねぇ、クーラント、あなたに会いたかったらどうしたらいい?」
「アリアがオレに会いに来るわけ?」
「ええ。逃げだすんじゃなくて、ちゃんと自分で行きたいところへ行くわ。その為に頑張ろうって、今思ったのよ」
私は物じゃない。自分で考えて自分で動く。
クーラントはじっと私を見つめた。
「うーん、でも、そうしたら、ルバートとかついてくるんだろ?」
「そうね、そうなると思う」
「じゃ、いいや。オレ、アリアには会いたいけど、他の奴には会いたくないからね」
そういうと、クーラントはぴょんと城壁から飛び降りた。
「じゃあね、バイバイ」
クーラントはひまわりみたいに笑った。
そして、急に真面目な顔をして吐き捨てた。
「もう二度とオレには話しかけるな」
翻る背中。
真っ青な空に、真っ白なクーラントのシャツ。
振り返そうとした手のひらは、夏の空に凍り付いた。
海鳥が鳴く。
また視界が滲んでしまいそうだった。







