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33.外出禁止令!

 お兄さまの部屋につけば、すっかりテーブルにお菓子の準備もされていて、それはそれはにこやかなお兄さまが優雅に座って待っていた。

 入り口に立つ私を、頭のてっぺんからつま先まで、それはじっくりと見やると、さらにほほ笑みを深くした。


 おおう。めちゃ宰相の息子って感じの威圧。

 

 私の前では、ただのお兄さまなので新鮮と言えば新鮮だけれど。


 怖すぎるよ、口元だけ笑ってるよ、魔王かよ。 


「座って、アリア」


 私は斬首を覚悟した罪人のように、神妙にソファーへ腰かけた。


 いつもだったら、お兄さまの横に来るように言われるのに、今日指示されたのは向かい側のソファーだ。


 だ、断罪イベント級のストレス。胃が痛い。

 まぁ、まだ断罪イベント経験してないけど、たぶんこんな感じだろう。


「素敵なサンダルだ、アリア」

 

 先ほどの編み上げサンダルを履いたままだった。お兄さまは足元をじっと見ている。


 唐突なお兄さまの言葉に怯える。この切り口からどう攻めてこられるのか。


「ありがとうございます」

「しかし、その薔薇はけしからんな」

 

 けしからんって! ねえ、うちで流行ってんの?? 公爵家大丈夫?


 とりあえず反応に困った。なんて答えるのが正解かわからない。


 お兄さまは大きく息をつき、長い足を組んだ。そして、背もたれにゆっくりと身体を預け、組んだ掌を自身の膝に置く。


「さて。いい加減、本当のことを話してもらおうか。アリア」


 にーっこり笑う恐ろしいお兄さま。


 目が笑ってないから、マジで怖いから、ほんと、悪役だからそれ!

 悪役だからぁぁぁ!!


 私は何も答えられずに、お兄さまの次の言葉を待つ。


「アリアは、タクト先生に何を教わっているの」

「天文学」

「じゃないね?」


 嘘を許さないというはっきりとした姿勢が伝わってきます、お兄さま。


「本当は、ワグナー語、だね」

「……は…い……」

「アリアから相談したの?」

「私の不手際で偶然知られてしまいました。叱られると思ったのですが、タクト先生はお叱りになられず、指導をかってくださいました」

「ふーん? そうなんだ。お兄ちゃんには教わろうと思わなかった?」

「お兄さまにこれ以上教えを請えば、露見した時にお父様からお叱りを受けると思いました。それに、タクト先生は発音がとても美しいものでしたから、甘えてしまったのです」


 お兄さまは無言で目を細めた。


「それで、タクトがアリアをここへ誘ったわけだ」


 お兄さま、先生おちてます。タクト先生、です。

 でも、タクト呼びとか、尊い……私の知らないところでタクト呼びしてるとか??


「俺はアリアのオマケ、ね」


 ブリザードが吹いたかと思った。一気に現実に引き戻される。ヤバい妄想してる場合じゃない。

 部屋の中が寒い。


 寒すぎる。

 ここは王都より暖かいはずなのに、なにがあった、どうした、ああ、アソコに座っているお兄さまから吹雪いてくるっ!


 でも、先生を悪者にはしたくない。

 勇気を振り絞って、お兄さまに対峙する。


「タクト先生を責めないでください。私が何度も、実際に話してみたいと言っていたので配慮くださったのだと思います」


 それに、たぶんそれ以上に、先生の優しさなのだ。


「配慮? ねぇ?」


 含んだ顔つきでお兄さまは私を見る。


 すべて吐け、ということだ。


 私は学校での細かなイザコザについては、お兄さまに相談してこなかった。

 むろん、公爵家として、アリアとカノンを中心としたトラブルがあることは出来るだけ客観的に情報共有してはいた。


 でも、感情的に縋ることはしなかった。

 兄妹ではあるけれど、私がお兄さまに相談すれば、お兄さまはお兄さまの力をもって介入してくると容易に想像ができた。

 そうすれば、それは公爵家の意志と取られかねない。

 それは絶対に良くない、アリアが自分で解決するべき問題だ、そう思ったからだ。


 私は、グッとお腹に力を入れた。


「アリア・ドゥーエ・ヴォルテとして、学園内の人間関係については公爵家の力を借りるまでもないと判断しております」


 お兄さまが驚いた顔で私を見た。


「私自身で解決します。それができなくて公爵令嬢を名乗れるものですか」


 お兄さまは満足げにうなずいた。


「でも……、すこし疲れてしまったのです。あの舞踏会で。それをタクト先生がご覧になり、少し王都を離れられるように配慮くださったのだと思います」


 王都にいたくない、いられない状況を先生が汲んでくれたのだ。


 しかしその一言で、お兄さまの顔が一転して険悪になった。


「……俺に相談しなくて、タクトには相談した、そういうこと?」

「それは違います」


 ため息をついた。


「お恥ずかしいことですが、私の疲れにタクト先生が気が付いてしまわれたのですわ。隠しきれていると思っていたのです。そうしなければいけませんから。それでも気づかれてしまいました。明らかに私の力不足です」

「……」

「言い訳、になるのでしょうけれど。タクト先生はカノン嬢にも個別指導をしています。その関係もあり、私のことも注視してくださっていたのだと思います」

「アリアは、タクトとカノン嬢のことも知っていたのか」

「はい。きっとタクト先生なら、カノン嬢にもフォローをしてくださっていると思います」

「そうか」


 お兄さまはそう言って、組んだ掌に目を落とした。

 シンとした室内が重苦しい。


「クーラント・サルスエラについてだが」


 言葉を切ると、お兄さまは私をじっと見つめた。


「彼とはどういういきさつで知り合った」

「こちらに来てから初めてお話をしました」

「初めて?」

「ええ。学園内でお見掛けしたことはありますが、お話しするようなこともありませんでしたので」

「それなのについて行ったのか! 出島などワグナー国と変わらないのに!」


 怒鳴り声大きい、お兄さま。貴族っぽくない、公爵家でしょうおちついて!


「でも、学園の生徒、しかも王宮でもパーティーでもお見掛けした方でしたので身元はしっかりしていると判断しました。また、領事館とも縁が深そうで、警備のものもメイドも咎めませんでしたから……」

「言い訳だ!! 軽率すぎる!!」


 さっきも言われたし!


 言い訳と言われれば、反論できないし、軽率だったと思う。自分の好奇心に負けた、はっきりわかってる。


 でも、楽しかったのだ。

 私はクーラントのおかげで、やってみたいことができた。

 心配はかけたけれど、怪我もなかった。

 ちょっと怖い目にも合ったけど、それだって切り抜けたことで自信になった。


「メモを渡してくれると」

「クーラントは、メイドたちにメモを預けたよ、確かにね。でも、金も一緒に、だ」

「えっ?」

「買収したんだ。場所によっては、まかり通ることがある。覚えておきなさい」


 ショックだった。


 知らないところで、売られていた。


 信じていたのに。呆然とする。


「アリア、君は少し、この城の中で勉強をしなさい。その代わり城の中では自由にできるように、辺境伯に許可を取ってあげるよ。天文台と群れ星の塔だっけ、他に出入りしたい場所はある?」


 ショックを受けている私に、お兄さまの声色は優しかった。

 優しすぎてコワイ。


「でも……!」

「君は『天文学』を学びに来たんだろう? だったら街に出る必要はないね?」


 ワグナー語を学びに来たとゲロッたのに、お兄さまはイケズにも無視をした。


「言葉は」

「公爵令嬢が興味をもつようなものではない、そうだね? アリア」


 冷たい目が光る。


「文化も」

「今回の旅の目的をはき違えないように。君の目的は『天文学』だ」

「おにいさまっ! 話を」

「それにワグナーの文化が知りたいだけなら、おにいちゃんが講師を呼んであげる。まずは城の中でもできそうな、レース編みの講師を手配してやろう。織物の方がいいかい?」

「そんな……!」


 苦手中の苦手、手芸をぶっこんでくるあたり、お兄さまは相当にお怒りのようだ。

 

 ここまで来て!

 ここまで来ていながら!!!


 塔に登ればワグナー国の光さえ見えるこの土地で。

 片言だけれど、自分で話ができると分かったところで。


 それなのに、私は外へ行けないなんて。

 ひどすぎる。


「ああ、その薔薇が消えたら、お兄ちゃんと一緒に海へ行こうか。ね? アリア?」


 それってこれが消えるまで、城から出られないって言ってるんだよね?

 落ちるのに、一・二週間かかるんだよ。

 そんなことしてたら、この旅が終わっちゃう。


「でも、」

「アリアは子どもだからね。外に出たら知らない人についていってしまうでしょ? 仕方がないよね?」


 簡単に騙されてしまった私は反論出来ない。


 お兄さまはたいへん麗しい黒い笑顔で、私を地獄に突き落とした。




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