表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/60

32.お土産話に地雷があった?

 帰宅後、私は鬼の形相のペルレに確保され部屋へと連行された。帰りが予定より少し遅れたからだ。

 こんな表情豊かなペルレ見たことない。

 

 お兄さまは満足げに笑ってる。

 タクト先生は、目をそらした。


 ……なんか、ヤバい?

 さっきまでいい雰囲気じゃなかった?

 お咎め無しな、そんな感じじゃなかった??


「ペルレは私に何か言いたいことでも?」(怒ってるんだよね?)


 テーブルセットに用意された紅茶を優雅に飲むふりをしながら、精一杯令嬢ぶって尋ねてみる。


「いいえ」


 うそだ、絶対怒ってる。目が怒ってる。空気が怒ってる。

 めっちゃ、こわい。美人怒ると怖いよね。

 早く空気変えたい。


「お荷物はこれだけでしょうか」


 出島で買ったお土産を、従者から受け継いだのだろう。ペルレが確認をした。


「ええ、それだけよ。少し開けて貰ってもいいかしら」

「どちらから開けましょう」


 軽い紙袋から開けてもらう。あの切り絵のカードが入ったものだ。


 テーブルの上に広げてみる。

 やっぱり改めて見ても、とてもすてきだ。

 ペルレも無表情ではあるが、目を見張った。


 私は、一目ぼれした太陽と月の切り絵と、おまけでもらったトラ猫のしおりをわきによける。


「お父様にお手紙を書こうと思うのよ。おかしいかしら?」

「よろしいかと思います」

「ペルレはどれが一番美しいと思う?」

「旦那様に送るのですか?」

「いいえ、単純にあなたの好みを聞いています」(ペルレの好みが知りたいのよ!)


 そう言えば、ペルレは無表情で切り絵をじっと見つめた。


 即断即決な彼女には珍しく、じっくりと眺めている。

 きっと、それなりに心に響いているのかもしれない。


 ペルレは何度か見比べて、一枚をそっと指した。


「私はこれが美しいかと思います」


 ペルレが選んだのは、様々な貝の絵が描かれているものだった。台紙には手書きで色付けたのだろう。マーブル模様が描かれている。

 鮮やかな台紙に、くっきりとした黒が映えてとても綺麗だ。


「そうね、とても綺麗だわ」


 私はそう答えると、それをトラ猫のしおりの上に置いた。

 そして、それ以外の切り絵を片付けてもらう。

 次には少し重い紙袋を開けてもらった。

 小さな瓶が数個入っている。


「これは、日持ちするお菓子なのだそうよ」

「飴、ですか?」


 ジャムのような瓶の中には、小さな色とりどりの星型が詰まっている。


「スタービーンズと書いてあったわ。でも飴ほど固くはないの。硬いゼリーのようだったわ」


 前世ではグミと呼ばれるようなものに近かった。日持ちも良いと言うので、公爵家のメイドたちにといくつか買ってみたのだ。


「お召し上がりになったのですか」


 少し非難するような声色だ。公爵令嬢ともあろうものが、と言いたげだ。


「一粒だけ、店主がくれたのよ。身分を隠しているのだもの、仕方がなくって?」


 ペルレは何も言わなかった。


「あなたも一つ食べてみる?」

「いえ」


 すげなく断られた。ペルレはまだ怒っているらしい。



 何個か袋を開け、中を検めた。

 これはスカーフの入っていたはずの袋だ。何枚かスカーフも買った。

 王都で見るよりも大判のスカーフには、精巧な手描きの模様が入っていた。王都では見かけないエキゾチックな柄が面白かったのだ。

 

 ペルレは少しだけ眉をあげた。

 興味が向いたのだろう。

 私はホッとした。


「そう言えば、今日受け取った生地はどうなっているの?」


 ペルレは直ぐにその生地を用意する。


 なかなか王都では手に入らない布を、いくつか買って帰ることにしたのだ。

 玉虫色に光る生地や、王都で見かけない染型模様のものなど様々あって、生地を見るだけでも楽しかった。

 中でもサンゴの模様に染められた生地はとてもカラフルで、ペルレにいくつか見繕ってもらったのだ。


「この布と、このスカーフでドレスにならないかしら?」


 ペルレを見れば、静かに頷いた。


「デザインをこちら風にしてみるのもよろしいかと思います」

「そうね、ペルレは頼りになるわ」


 心から感心してそう笑えば、ペルレは少し戸惑った顔をした。


 私はスカーフを一枚取る。真珠と貝殻の柄が一面に広がっている。紺色に金と銀と白い絵柄。とても美しい。その上に、先ほどペルレが選んだ切り絵をのせて、ペルレに手渡した。


「お嬢様?」

「ペルレにお土産よ。いつも無理をさせているから」(ありがとうのつもりなのよ)

「そんな……!」

「せっかく一緒にサパテアードに来たんですもの。何か想い出になるものを、と思ったのよ」


 出島で買い物をしていても、思い出すのはいつもの顔ぶれだ。お父様、ジーク、ラルゴ、そしてペルレ。

 お土産を選ぼうと思えば、自然に思い出す。綺麗なものを見れば、可愛いものを見れば、ペルレにも見せてあげたかったと思ったのだ。


「ペルレは、ご一緒できただけで幸せです。このような……勿体ない」

「私はお土産を買うのが楽しかったのよ。その気持ちを王都でも共有してちょうだい。ペルレ」(何としても受け取ってくれ!)


 モノより想い出、とは言うけれど、モノは想い出を引き出すキーになる。

 無駄なんかじゃない。


 ペルレは黙って、渡したスカーフを見つめた。指先で、銀色の貝の柄をなぞる。

 そしてゆっくりと顔を上げた。


「……ありがとうございます。アリア様」


 私の瞳をじっと見て、ゆっくりと微笑んだ。


 ぐっは。ヤバい。通常無表情の美女のほほ笑みとかやばい。魔力ある。


「喜んでもらえたならそれでいいわ」(やった! よかった!)



 最後に少し大きめの袋を開けた。サンダルが無造作に入っている。


「出島ではこんな靴を履くようなのよ」

「さようですか」


 お父様用と、お兄さま用。私のものも入っている。


「お父様には一足先にお手紙と一緒に送ろうと思っています。お兄さまには後でお部屋にお届けしようと思います」

「承知いたしました」

「ペルレ、これを履いてみたいのだけれど」


 そう声をかければ、ペルレはサンダルを綺麗に整え、私の右足の靴を脱がせた。

 靴下をとり、足を拭いてからパウダーで叩く。

 そして、白い編み上げのサンダルを履かせてくれる。

 ひざ丈の夏向きのワンピースにはちょうど良い作りで満足だ。開放感もあって、足が軽くなる。


「これで海に行けたら楽しいのだけれど」

「そうですね」


 ペルレが答える。

 左足の靴下も脱がされ、その瞬間、ペルレの手が止まった。

 何かと思ってペルレを見る。

 ペルレは指の付け根に描かれた薔薇をじっと見ていた。


「綺麗でしょう? 出島で描いてもらった」

「けしからんです!」


 言葉の途中でペルレが一喝した。


 は? けしからん? けしからんてペルレが言った!?


「お嬢様の白いおみ足に咲き誇る真紅の薔薇など……魅惑的にもほどがあります」

「すぐ落ちるものなのよ? 王都に帰るまでには消え」

「いけません、お嬢様、これは殿方には見せてはなりません」

「でも、ペルレ。ハイヒールでは見えないわ」

「そうです。なのに描かれているということは、出島でこれをお見せになったということでは?」

「え、あ、そ、そうだけれど。描いたのは街の娘よ?」

「しかし、街の男と一緒だったと聞いておりますが」


 ペルレの目が光った。

 確かにクーラントと一緒だった。クーラントもサンダルで裸足だったから、そんなこと気にもしなかった。


「お見せになりましたね?」


 問うてはいるけれど、責めている。

 見せただけじゃなくて触られた、なんて言ったらどうなるんだろう。


「ほんのちょっとだけよ、描いている間は席を外していたし」

「見せたのですね」

「……ええ」

「わかりました」


 ペルレはサンダルを綺麗に履かせてくれた。そして、立ち上がり、散らかったお土産たちを片付けていく。

 あれよあれよという間に、部屋はすっかり片付いて、スカーフと切り絵を抱きかかえたペルレが部屋を後にするべく礼をした。


「ペルレ」

「お嬢様、お土産ありがとうございました」


 怖いような笑顔で微笑んで、パタリとドアが閉まった。


 きょ、今日のペルレは表情豊かだなぁ……じゃない! 


 これは。

 ヤバい予感しかしない!!!



 予感は的中した。



「ルバート様がお呼びです」


 無表情のペルレがドアを開けた。


 おにいさまにチクったな?


 そう思って、ペルレを見てもシレっとしている。


 私はため息をついた。


 お兄さまも、自室に呼び出すなんて酷い。

 自分のテリトリー内で、有利になろうとしているのが見え見えだ。

 妹相手でも容赦をするつもりはないらしい。


 私は渋々お兄さまの部屋へ向かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ