32.お土産話に地雷があった?
帰宅後、私は鬼の形相のペルレに確保され部屋へと連行された。帰りが予定より少し遅れたからだ。
こんな表情豊かなペルレ見たことない。
お兄さまは満足げに笑ってる。
タクト先生は、目をそらした。
……なんか、ヤバい?
さっきまでいい雰囲気じゃなかった?
お咎め無しな、そんな感じじゃなかった??
「ペルレは私に何か言いたいことでも?」(怒ってるんだよね?)
テーブルセットに用意された紅茶を優雅に飲むふりをしながら、精一杯令嬢ぶって尋ねてみる。
「いいえ」
うそだ、絶対怒ってる。目が怒ってる。空気が怒ってる。
めっちゃ、こわい。美人怒ると怖いよね。
早く空気変えたい。
「お荷物はこれだけでしょうか」
出島で買ったお土産を、従者から受け継いだのだろう。ペルレが確認をした。
「ええ、それだけよ。少し開けて貰ってもいいかしら」
「どちらから開けましょう」
軽い紙袋から開けてもらう。あの切り絵のカードが入ったものだ。
テーブルの上に広げてみる。
やっぱり改めて見ても、とてもすてきだ。
ペルレも無表情ではあるが、目を見張った。
私は、一目ぼれした太陽と月の切り絵と、おまけでもらったトラ猫のしおりをわきによける。
「お父様にお手紙を書こうと思うのよ。おかしいかしら?」
「よろしいかと思います」
「ペルレはどれが一番美しいと思う?」
「旦那様に送るのですか?」
「いいえ、単純にあなたの好みを聞いています」(ペルレの好みが知りたいのよ!)
そう言えば、ペルレは無表情で切り絵をじっと見つめた。
即断即決な彼女には珍しく、じっくりと眺めている。
きっと、それなりに心に響いているのかもしれない。
ペルレは何度か見比べて、一枚をそっと指した。
「私はこれが美しいかと思います」
ペルレが選んだのは、様々な貝の絵が描かれているものだった。台紙には手書きで色付けたのだろう。マーブル模様が描かれている。
鮮やかな台紙に、くっきりとした黒が映えてとても綺麗だ。
「そうね、とても綺麗だわ」
私はそう答えると、それをトラ猫のしおりの上に置いた。
そして、それ以外の切り絵を片付けてもらう。
次には少し重い紙袋を開けてもらった。
小さな瓶が数個入っている。
「これは、日持ちするお菓子なのだそうよ」
「飴、ですか?」
ジャムのような瓶の中には、小さな色とりどりの星型が詰まっている。
「スタービーンズと書いてあったわ。でも飴ほど固くはないの。硬いゼリーのようだったわ」
前世ではグミと呼ばれるようなものに近かった。日持ちも良いと言うので、公爵家のメイドたちにといくつか買ってみたのだ。
「お召し上がりになったのですか」
少し非難するような声色だ。公爵令嬢ともあろうものが、と言いたげだ。
「一粒だけ、店主がくれたのよ。身分を隠しているのだもの、仕方がなくって?」
ペルレは何も言わなかった。
「あなたも一つ食べてみる?」
「いえ」
すげなく断られた。ペルレはまだ怒っているらしい。
何個か袋を開け、中を検めた。
これはスカーフの入っていたはずの袋だ。何枚かスカーフも買った。
王都で見るよりも大判のスカーフには、精巧な手描きの模様が入っていた。王都では見かけないエキゾチックな柄が面白かったのだ。
ペルレは少しだけ眉をあげた。
興味が向いたのだろう。
私はホッとした。
「そう言えば、今日受け取った生地はどうなっているの?」
ペルレは直ぐにその生地を用意する。
なかなか王都では手に入らない布を、いくつか買って帰ることにしたのだ。
玉虫色に光る生地や、王都で見かけない染型模様のものなど様々あって、生地を見るだけでも楽しかった。
中でもサンゴの模様に染められた生地はとてもカラフルで、ペルレにいくつか見繕ってもらったのだ。
「この布と、このスカーフでドレスにならないかしら?」
ペルレを見れば、静かに頷いた。
「デザインをこちら風にしてみるのもよろしいかと思います」
「そうね、ペルレは頼りになるわ」
心から感心してそう笑えば、ペルレは少し戸惑った顔をした。
私はスカーフを一枚取る。真珠と貝殻の柄が一面に広がっている。紺色に金と銀と白い絵柄。とても美しい。その上に、先ほどペルレが選んだ切り絵をのせて、ペルレに手渡した。
「お嬢様?」
「ペルレにお土産よ。いつも無理をさせているから」(ありがとうのつもりなのよ)
「そんな……!」
「せっかく一緒にサパテアードに来たんですもの。何か想い出になるものを、と思ったのよ」
出島で買い物をしていても、思い出すのはいつもの顔ぶれだ。お父様、ジーク、ラルゴ、そしてペルレ。
お土産を選ぼうと思えば、自然に思い出す。綺麗なものを見れば、可愛いものを見れば、ペルレにも見せてあげたかったと思ったのだ。
「ペルレは、ご一緒できただけで幸せです。このような……勿体ない」
「私はお土産を買うのが楽しかったのよ。その気持ちを王都でも共有してちょうだい。ペルレ」(何としても受け取ってくれ!)
モノより想い出、とは言うけれど、モノは想い出を引き出すキーになる。
無駄なんかじゃない。
ペルレは黙って、渡したスカーフを見つめた。指先で、銀色の貝の柄をなぞる。
そしてゆっくりと顔を上げた。
「……ありがとうございます。アリア様」
私の瞳をじっと見て、ゆっくりと微笑んだ。
ぐっは。ヤバい。通常無表情の美女のほほ笑みとかやばい。魔力ある。
「喜んでもらえたならそれでいいわ」(やった! よかった!)
最後に少し大きめの袋を開けた。サンダルが無造作に入っている。
「出島ではこんな靴を履くようなのよ」
「さようですか」
お父様用と、お兄さま用。私のものも入っている。
「お父様には一足先にお手紙と一緒に送ろうと思っています。お兄さまには後でお部屋にお届けしようと思います」
「承知いたしました」
「ペルレ、これを履いてみたいのだけれど」
そう声をかければ、ペルレはサンダルを綺麗に整え、私の右足の靴を脱がせた。
靴下をとり、足を拭いてからパウダーで叩く。
そして、白い編み上げのサンダルを履かせてくれる。
ひざ丈の夏向きのワンピースにはちょうど良い作りで満足だ。開放感もあって、足が軽くなる。
「これで海に行けたら楽しいのだけれど」
「そうですね」
ペルレが答える。
左足の靴下も脱がされ、その瞬間、ペルレの手が止まった。
何かと思ってペルレを見る。
ペルレは指の付け根に描かれた薔薇をじっと見ていた。
「綺麗でしょう? 出島で描いてもらった」
「けしからんです!」
言葉の途中でペルレが一喝した。
は? けしからん? けしからんてペルレが言った!?
「お嬢様の白いおみ足に咲き誇る真紅の薔薇など……魅惑的にもほどがあります」
「すぐ落ちるものなのよ? 王都に帰るまでには消え」
「いけません、お嬢様、これは殿方には見せてはなりません」
「でも、ペルレ。ハイヒールでは見えないわ」
「そうです。なのに描かれているということは、出島でこれをお見せになったということでは?」
「え、あ、そ、そうだけれど。描いたのは街の娘よ?」
「しかし、街の男と一緒だったと聞いておりますが」
ペルレの目が光った。
確かにクーラントと一緒だった。クーラントもサンダルで裸足だったから、そんなこと気にもしなかった。
「お見せになりましたね?」
問うてはいるけれど、責めている。
見せただけじゃなくて触られた、なんて言ったらどうなるんだろう。
「ほんのちょっとだけよ、描いている間は席を外していたし」
「見せたのですね」
「……ええ」
「わかりました」
ペルレはサンダルを綺麗に履かせてくれた。そして、立ち上がり、散らかったお土産たちを片付けていく。
あれよあれよという間に、部屋はすっかり片付いて、スカーフと切り絵を抱きかかえたペルレが部屋を後にするべく礼をした。
「ペルレ」
「お嬢様、お土産ありがとうございました」
怖いような笑顔で微笑んで、パタリとドアが閉まった。
きょ、今日のペルレは表情豊かだなぁ……じゃない!
これは。
ヤバい予感しかしない!!!
予感は的中した。
「ルバート様がお呼びです」
無表情のペルレがドアを開けた。
おにいさまにチクったな?
そう思って、ペルレを見てもシレっとしている。
私はため息をついた。
お兄さまも、自室に呼び出すなんて酷い。
自分のテリトリー内で、有利になろうとしているのが見え見えだ。
妹相手でも容赦をするつもりはないらしい。
私は渋々お兄さまの部屋へ向かった。







