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30.ドキドキ異文化交流


 出島は海の中の島というだけあって、街の中には屈強な男性が多い。露わになった腕には入れ墨もあって、王都とはだいぶ違う。

 女性も子供ですら入れ墨が刺してあったりするから、驚いた。


「あんな小さな子でも入れ墨をするの?」


 クーラントに尋ねる。


「ああ、あれは入れ墨じゃななくて、一、二週間で落ちる絵みたいなものだよ」

「そうなの」


 だから気軽に描かれているのだ。


「旅の記念にしてみる?」

「してみたい、けど簡単にできるの? 落ちないと困るわ」

「簡単、簡単! 絶対に落ちるさ。気になるなら見えないところにすれば?」


 そう言ってクーラントは小さな階段の道を上がっていく。

 

 南北に走る道でも、このような人しか歩けないような道には名前はついていない。

 それなのに、道沿いには花の鉢が並べられていたりしてとても綺麗だ。

 歩くだけで楽しい。そんな小道。

 

 小道の脇に小さなパラソルが出ていて、そこに綺麗なお姉さんが座っていた。テーブルの上にはたくさんの筆と、数種類の瓶のツボがあった。


「ここだよ」


 案内されて緊張する。テーブルの前には図案らしきものが下がっていて、ワグナー語の言葉からグローリアの言葉、有名なマークや花など、クールなものから可愛いものまで様々だ。


「カイテクダサイ」


 ワグナー語でハッキリという。言い回しが合っているかはわからないけど、お姉さんは笑った。


「どれがいい?」


 綺麗なワグナー語で問われる。

 描くなら薔薇の花がいい。薔薇は王家の紋章の花だ。


 そう! 推しのマーク一択! 前世からの脊髄反射!


「コレ」


 指を差せばお姉さんは頷いた。


「どこに描く?」


 どうせ消えてしまうなら、自分から見えるところがいいな。


 左脚の足の甲の指先近くにお願いする。

 

 ここならサンダルだったら見える。

 でもパンプスなら隠れてしまう。

 丁度いい。


「だったら、ここに座って、靴を脱いで?」


 お姉さんは、小道の階段を指さした。

 私はそこへぺたりと座り込む。

 太陽の熱で石が温まっている。


「時間かかりそうだから、なんか冷たいもの買ってくるよ。嫌いなものある?」


 クーラントが言った。


「クーラントのお勧めがいいな。このあたりの名物を知りたいのよ」

「了解」


 そういうとクーラントは軽やかに階段を上がっていった。

 それを見届けてから、靴下を脱ぐ。


 海鳥だろうか。

 聞きなれない鳥の鳴き声が響く。

 どこかの家からは赤ちゃんの泣き声がする。ゆったりと流れる時間が気持ちいい。


 ふと、下から数人の男たちが上がって来た。たくましく日に焼けた海の男だ。


「やあ、こんにちは」


 ワグナー語だ。

 お姉さんは振り向きもしない。慣れているのだろう。


「コンニチハ」


 ワグナー語で返す。

 そうすれば驚いたような顔で、マジマジと私を見た。ぶしつけな感じで、頭の先からつま先までを舐めるように見る。


「珍しいお客さんだな。グローリアから?」


 サパテアードの領地内で、『グローリア』と尋ねられるときには、サパテアード以外のグローリアを指している。


「ハイ」

「マジかよ。マジで、こりゃ珍しい!」


 グルリと周りを囲まれる。まるで珍獣でも見るようだ。お姉さんは黙々と作業を続けている。


「足先とか、いろっぺーな、流行ってんの?」


 早口なスラングで、上手く聞き取れているのか自信がなくなる。


「俺の女にもさせてみるか」

「おお、いいかもなー。首とか胸も、モロって感じでいいけどよ」


 私の返事など期待されていないように、話がどんどん進んでいく。

 呆然として私は話を聞くばかりだ。


「なぁ、『グローリア』の女はイヤって言えないってホントかよ?」


 冷やかすような声で尋ねる。

 

 どういう意味だろうか。普通に嫌なものは嫌だ。


「いい加減にしなよ!」


 お姉さんが怒鳴る。

 私はびっくりした。声を荒げるようなふうに見えなかったからだ。


「ほれ、お嬢ちゃん驚いてるぞ」

「これくらいで驚くとか、噂はマジもんかもな」


 ゲラゲラと笑う。

 スッと腕が伸びてきて、肩に触れた。驚いて、避ける。でも、足に絵を描かれているから、大きく動くことはできない。


「ナニ スルノ!」

「肩に触る」


 にやにやと笑っている。遊ばれているのがわかるから不愉快だ。


「お客さんの邪魔だよ! 帰んな!!」

「そのお客さんはそんなこと言ってねーぞ」

「逃げもしねーし」

「『グローリア』の女は便利っていうけどよ、ほんとみたいだな」

「何でも言うこと聞くってさ。おめーみたいなワグナーの女みたいに嚙みつかないって」


 言われていることの半分ぐらいしか理解できないが、グローリアの女が馬鹿にされているのは分かった。


 スッと頭が冷えていく。


 ハッキリ言わなければここでは通じない。クーラントがそう言ってた。


 伸びてくる手を叩いて、これでもかと冷たい視線で睨みつける。


「サワラルナ ジャマスルナ」


 男たちが固まった。

 ダメ押しだ。


「ブッツブス」


 脅しじゃない。公爵家の力をもって、マジで本気でブッ潰す。

 私の家にはその力がある。


 悪役令嬢舐めんな!!


 男たちの顔が引きつる。手が引かれていく。

 そうして、ヘラヘラと取り繕ったように笑った。


「……なんだ、やっぱ噂じゃねーか……どこの女も怖いぜ」


 そう呟いた瞬間、頭の上から拍手が響いた。


 振り返ればクーラントが、男たちを睨みつけるようにして笑っていた。


「良く出来ました」


 どうやら私を褒めてくれているらしい。

 そして、男たちを割って私の横に立つ。


「で、お前ら何してんの」

「なんだよ、クーラントの客かよ」


 クーラントの知り合いなのだろうか。不機嫌そうに男たちを見やって黙らせた。


「左手、出して。お守りあげる」


 不思議に思ったが言われるままに左手を出す。

 すると小指に赤い細い糸を結び付けられた。


 口笛が鳴る。


「クーラント。てめぇおセーんだよ」


 笑い声と共に、クーラントの背中が叩かれる。


「そういうのは街に出る前にやっとけっつーの!!」

「じゃぁ、悪かったな! 後で奢るわ!」

「うるせーよ、早く帰れ!!」


 クーラントが怒鳴り返す。悪友……? なんだろうか?


 キョトンとしてクーラントを見れば、疲れたように私の隣に腰かけた。

 そして、わきに抱えていた紙袋から、手のひらサイズの果物を出した。マンゴーのような形で、色は毒々しい青だ。良く冷やされていたようで、表面には水滴がついている。

 私はその色に、少しギョッとした。

 クーラントはそれを見て笑う。


「シラップの実だよ。見たことないだろ? 見た目はこうだけど甘い果汁を飲む」

「甘いの?」

「ああ」


 クーラントは手際よく、その先端をナイフで切り落とす。


「こうやって、飲む」


 果物の切り口に直接唇を当て、その果汁を啜った。


「やってみたい!」

「ほらよ」


 受け取ったシラップの実は少し硬くて、中に水が入っているのが分かるほどタプンとしている。

 ナイフを手渡され、同じように切ってみる。

 飲もうと口をつければ、切り口が少し大きかったようで、唇の脇から果汁が頬へ伝った。

 クーラントはそれを見て、ベロリと舌で舐めとった。

 私は茫然として頬を押さえる。


「っちょ」

「もったいない」


 平然とした顔で答えられて、これも文化の差なんだろうかと思う。


「……クーラントって、トラ猫みたいね」


 そう言えば、足元のお姉さんが噴出した。


「貴女最強」


 話を聞いていたのだ。


 それにしても最強? 聞き間違い? 言い間違い? 最高に笑える、とかじゃなくて?


 意味を測りかねていると、クーラントは何とも微妙な顔をした。


「せめて、ティガーって言ってよ……」

「てぃがー?」

「ワグナーで虎って意味」

「虎、じゃないでしょ?」


 そう答えれば、お姉さんはゲラゲラ笑う。


「はー……、まぁ、いい。その糸、お守りだから、切れるまでつけてて」

「お守り?」

「そう、出島の教会で配ってる。なーんとなく、アンタのお兄ちゃんの気持ちがわかったよ」


 そう言って、クーラントは坂の上の方を見上げた。教会の鐘が聞こえる。そろそろいい時間かもしれない。


「ありがとう」

「どういたしまして。さてと、もう乾いた?」


 クーラントはお姉さんに尋ねた。


「ええ。靴下履いても大丈夫」

「見えなくなってもったいないね」


 クーラントはそういうと、薔薇の絵をひと撫でした。


「っ、ちょっと!」


 ビクリと体がすくむ。


「こんなところに薔薇なんか描いちゃってさ」


 ボソリとクーラントが吐き捨てるように呟いた。


「?」

「帰ろうか」


 クーラントは何も言わなかったように、明るい声で言った。私は慌てて靴下を履く。そして、立ち上がってスカートのほこりを払った。


「ええ」


 荷物をいっぱい抱えて、ぽつぽつと歩く。


 もう帰るのかと思うと心残りだ。


 まだ、帰りたくないな。


「また来なよ」


 見透かしたように、クーラントが小さく言った。


「また来たいな」


 私も答えた。



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