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29.デートじゃないの観光です


 領事館から出て、町の中を歩く。


「本当に大丈夫だったのかしら?」

「心配性だね、大丈夫だよ。オレはあそこの紹介でシンフォニー学園に遊学してる。身元はちゃんとわかってるから、騎士も許してくれたんだって。駄目なら、あいつらが黙ってないだろ? キミは大事なお客様なんだから」

「……そう、そうね」


 もし、訳のわからない相手なら賓客とも言える私を連れ出すのを許さないだろう。


 私は納得した。


「変な心配してないで、楽しもう!」


 そういって、まるで真夏のひまわりのように笑うから、私もつられて笑った。


「何が見たいの?」

「えっと……」


 私はクーラントにリクエストした。



 真っ白な街に日差しが眩しい。

 階段を下りたり登ったり、平面のガイドブックで見るのとは印象が全然違う。


「迷ってしまいそう……」


 不安になってそう言えば、クーラントは立ち止まった。


「複雑に見えるけど、実はコツがあるんだ」

「コツ?」

「南北に伸びる大きな道には、必ず名前が付いている。東西に伸びる道にはナンバーが付いている。それが基準で地番が付いてるから、道に迷ったら名前のついている道に向かって進めばいいだけ」


 そう言って、道の角の家の壁を指さした。個人宅だと思われるが、プレートが付いている。


「アコヤ3-1WU、これはアコヤ通りと3番通りの交わったところ、西側1番目の上手っていう意味」


 見れば大きな家にはすべて同じようなプレートが付いている。


「分かりやすいのね」

「出島はグローリアとワグナーが交易を始めた時に人工的に作られた場所だから、古い街に比べ区画がしっかりしてるんだ。だいたい、貝の名前が付いている道沿いはワグナーの人間が多い。グローリアは木。ワグナーはグローリアの物が欲しいし、グローリアはワグナーの物が欲しいだろ。バラバラしてたら見にくいからまとめてある」

「……すごい……面白い」


 感心してしまう。


「ちなみにど真ん中の一番大きな通りは、そのまんま『領事館通り』で、領事館につながっている。まぁ、領事館は『領事館』って言えばだれでもそこへ連れてってくれるよ」

「そうなのね」


 安心した。もしはぐれてしまっても、自分で帰ることができそうだ。


「でも、まぁ、迷子にはならないでよ。心配だから」


 クーラントは笑った。


「もちろんよ」



 街の中で細々したものを見て歩く。

 お土産によさそうな小さなお菓子。刺繍の凝った大きなスカーフ。貝殻のアクセサリーは豊富で何を見ても新鮮だ。

 なんといっても自分で買い物をしてみたい。


「あ、あそこ良いかしら?」


 沢山の切り絵がぶら下がっていて、それを取ってもらう仕組みになっているらしい。

 看板にはワグナー語と怪しげなグローリア語が書かれている。


「どれが欲しいの?」


 クーラントが問う。


「ええ、と。私が買ってみたいんだけど……」


「アリアが? 多分この辺はグローリア語だとうまく伝わんないよ」


 言いにくいが勇気を出す。


「ワグナー語を使ってみたいの」


 そう言えば、クーラントは面白そうに笑った。

 良かった、王都の人だったら軽蔑されることだ。クーラントは自身が巧みに言葉を操るから、フラットな対応をしてくれるのだろう。


「やってみれば」

「ダメだったら助けて?」

「OK」


 緊張した面持ちで店の前に行く。店主が怪訝な顔で私を見た。私は勇気を出して、気になる切り絵を指さす。


「コレハ オイクラデスカ?」


 たどたどしいワグナー語で問えば、ぶっきらぼうな声で答えが返ってくる。


「1000S」


 通じたらしい。だが、ただそう答えるだけで、切り絵を取ってくれる気配はない。


 気分を害してしまったのだろうか?

 それとも売りたくないのだろうか?


 オロオロとしていると、クーラントがおかしそうに笑った。


「アリア、ここじゃそれじゃダメだよ。お貴族様たちと違って空気を読んでくれないから。欲しいものは『欲しい』嫌なことは『嫌だ』って言わないと通じない」


 だから、切り絵を下ろしてくれないのか。


「ホカノミタイ マダアル? ミセテ」


 もう一度チャレンジしてみる。そうすれば、足元から大きな箱が取り出された。その中には、様々な色、様々なサイズのカードになった切り絵がたくさん入っている。


「わぁ! すごい! これ全部カードになってる! 素敵!!」


 大興奮だ。宝物見つけた気分だ。


「見てもいい?」


 思わずグローリア語で話しかけたら、店主は頷いた。


 絵葉書サイズのもの。少し小さなもの。しおりサイズのもの。たくさんある。繊細で異国情緒も溢れていて、ちょっとしたプレゼントに使えそうだ。


「ねぇ、クーラント! とっても綺麗よ」

「そーお?」


 クーラントは興味がなさそうだ。


「もう! こんなに細かい仕事絶対できない。天才よ!」


 前世だったら、絶対神と呼ぶ!


「おおげさな」


 クーラントは呆れたように笑うから、彼のことは無視してカードを選んだ。


 お父様にお手紙用。ラルゴにはみじかうたを書いてしおりを送ってみようか。ジークも、カードだったら重荷にならないだろう。他にも季節の挨拶や、お礼にも使える。

 気に入ったものはもちろん自分用。

 そう思いながら選んでいけば、かなりの枚数になってしまった。


 大人買い、ひゃほー! ビバ、悪役令嬢!!


「コレ クダサイ」


 そう問えば、店主は目をぱちくりさせた。カードの数を数えて、金額を言う。

 私は最後に初めに尋ねた少し大きめの切り絵を指さした。一目ぼれしたのだ。

 これはワグナー国の太陽と月の星物語をモチーフにしたものだった。


「あと、アレも。フクロ アル?」


 先に言われた金額と、最後の分を足してお金を払う。


「あなた これ あげる うれしいかった」


 店主はぎこちないグローリア語でそう言って、小さな猫の描かれた切り絵のしおりをくれた。

 黄色地に黒で切られたトラ猫の模様が美しい。横顔のメッシュの感じが、ちょっとクーラントみたいだ。

 それを紙袋に入れて渡された。


「カワイイ! アリガトウ!」


 私は嬉しくなってワグナー語で礼を言った。



「はじめてにしたら上出来じゃない」


 クーラントが言った。


「そうかしら? 自信ないからドキドキしたわ」

「言葉なんて伝わればいいんだよ。何語でも」


 確かにそうかもしれない。


 グローリア語が苦手そうだった店主が、最後にグローリアの言葉で話してくれたのがとても嬉しかった。

 ワグナーの人たちも、私の下手な言葉を聞いてそう思ってくれたら嬉しい。


「ねぇ。クーラントが履いてるような靴が欲しいの。この街にある?」

「ああ、こっち」


 クーラントに案内されてサンダルを買う。

 自分用には編み上げのサンダル。

 サイズが大雑把なようだったから、お兄さまとお父様の分も一緒に買った。お父様は履いてくれないかもしれないけれど、お兄さまは滞在中に使えればいいと思った。


「砂浜に行けたらいいな……」


 滞在中に連れて行ってもらえるだろうか。

 思わず呟きが漏れた。




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