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3.お兄さまがやって来た


「お兄さま!」


 私はおもわず駆け寄る。そう、私は極度のブラコンである。


 だって、ならずにいられようか。学年首席で生徒会長。ツーブロックの髪は、私と同じプラチナブロンド。夜明け色の紫の瞳は涼し気で、すらっとした、まぁ簡単に言えばイケメン。語彙力死んでる。


 その容姿から、アリアの男体化と言われ、逆にアリアがルバートの女体化だ!なんていう地獄を見たが、ハッキリここで言わせてもらおう!


 アリアが男体化してもあんなイケメンになりませんから! お兄さまが女体化したら、私より絶対かわいいんだからな!!

 

 荒ぶりましたスイマセン。


 そんな容姿端麗、文武両道、天から二物も三物も与えられたこの兄を見て、平気でいられるわけがない。


 しかもお兄さま、(当然だけど)私が妹だから優しいのである!


「アリアが倒れたと聞いたんだが?」

「もうすっかり良くなりました!」


 お兄さまはグルリと部屋を見回して、ジークへ視線を止めた。

 ジークは真面目な顔をして、お兄さまに向き合っている。


「僕がアリアを運びました」

「そうか」


 お兄さまは短くそう答えただけだった。


「では、帰ろう」


 当然のようにお兄さまが言った。

 私たちは、登下校を一緒にしているのだ。大体私が先に授業が終わることが多いので、図書館で待っていることが多い。


「でも、残りの授業が」

「休んできた」


 おにいさまぁぁ! なに被せがちに何言ってんの!


「それはいけませんわ」

「そんなことはない」

「でも」

「お前より重要なものなどない」


 言い切った! そう、こちらのルバートお兄様はシスコンだ。

 公式でもそうだった。妹が邪魔になって殺そうとしたのだって、妹と恋人を選べない――みたいな苦悩だったはず。怖い。マジで、怖い。そして同じ血を引いているアリアちゃん、殺生沙汰起こしちゃうのわかる。

 私が言葉を失っていると、ナチュラルに手を引いた。


「学園の許可は取ってある」


 もうそう言われれば、私から何も言うことはない。


「ありがとうございます、おにいさま」


 とりあえず礼だけ言って、ジークを振り返る。ジークもラルゴも神妙な顔をしている。不思議だ。


「ジーク、ラルゴ、ごきげんよう、また明日」


 それだけ言って、保健室を出た。





 兄は手を引いてズンズンズンズン歩く。珍しい。

 手を繋いでるのが珍しいのではない。残念ながら、これはデフォ。なんか、お兄さま、結構残念な感じ?

 でも、いつもだったら私に歩みを合わせてくれるのだ。

 

 ……怒ってる?


 学園のエントランスに横付けされたシルバーの長い車は我が家のものだ。運転手がドアを開けて待っている。

 お兄さまは私を後部座席に押し込むように入れた。

 そして、そのまま自身も私の隣に腰かけた。


「出してくれ」


 お兄さまの深い声が車内に響く。やっぱり何か怒ってる?

 完璧な淑女であるべき私が、みんなの前で倒れたことが原因だろうか。そうして、王太子の手を煩わせたことが原因だろうか。

 心当たりがありすぎて、俯いた。


「アリア」


 お兄さまの声。


「……はい」


 怒られることを覚悟して答える。


「その髪、どうしたんだ」


 は? いきなり斜め上すぎる。


「朝とは違う髪型だが」


 非難し、追及する構えの声色だ。

 え? 髪型、怒ってるの? そんなに似合っていないのか。


「に、似合わなかったでしょうか? へ、変ですか?」

「違う! カワイイ! ああ、そうさ、アリアは何時だってかわいい! それは間違いない! それにもまして、今日は可憐さに磨きがかかり妖精かと見間違えるほどだ!」


 ……記憶が戻る前は、お兄さまくらいしかこんなこと言ってくれないわ、大好きお兄さま!と思っていたけれど、今見ると完全にシスコン拗らせてる。


「だが、問題はそこではない」


 そこではないの?


「どうして髪を解いたのか、正直に話しなさい、お兄ちゃん怒らないから」


 イヤイヤイヤイヤ、もう怒ってるじゃん、どう見ても。


「保健室にジークの野郎と二人きりとか! お兄ちゃん、ああ、アリアを疑っているわけではないよ、でもね」


 ジークの野郎って……、王太子殿下だからね!

 なになに、身分差気にしないでねじ伏せてく系なのお兄さま。めっちゃ滾る。ジークと二人っきりになった私に嫉妬とか、可愛すぎかよ?


「二人きりではありません、ラルゴもいましたよ」


 一応誤解は解いておく。


「……ラルゴ、は、ラルゴね、よっぽど危ないじゃァないか」


 ぼそっと悪態をつく。聞こえてるし、意味わかんないし。

 あ、そうですね。ラルゴとジーク仲いいですもんね。

 ラルゴとジークは王道だけど、お兄さまとジークもありだと思います。ええ。一部には意味わからんと言われてましたけど。

 あ、私はラルゴとジークの仲に横恋慕するお兄さま的なの大好物でした応援しています。

 ではない。そうではない。


「倒れた時に乱れてしまっただけです。それをラルゴが直してくれたんです」

「ラルゴね、ふーん、ラルゴ」


 なんでそんなにラルゴの名前呼ぶ?

 嫉妬? 嫉妬なの?

 それともラルゴが気になるの?

 それはそれで協力は惜しみませんけどね、って違うから、私の腐った脳落ち着いて!!


「ってことは、髪を下ろした所を見せたんだ」

「見苦しい姿を王太子殿下に晒してしまいました。もしかしたらご不興を買うかもしれません」


 一応お兄さまにはそれとなく、婚約破棄があるかもしれないことを匂わしておこう。なんか、この兄怖いから、婚約破棄があったら何やらかすかわからない気がしてきた。

 それはそれで面白いかもしれないが(薄い本的に)、お家取りつぶしは洒落にならない。


「そんなことで不興なんかかうもんか、不興をかうならかったで万々歳だ!」


 なんてこと言ってんだ、この人。でも、婚約破棄しても大丈夫そうでそれは安心した。ハピエン厨だから、推しには幸せになって欲しい。

 お兄さまは、絶対見せたくなかったのに……だとか、天使が……だとか、唇に握りこぶしを当ててブツブツ言っているが聞き取れない。が、まぁ多分大丈夫だろう。


「お兄さまがお嫌いなら、もうこのような髪形はいたしません」


 そう言えば、お兄さまはハッとした顔で私を見つめた。


「そう言うことではないんだ、アリア。うん、正直に言えば、控えめに言っても、とても似合っていると思う……が、ラルゴの奴……」

「ラルゴを責めないでください。私困っていたので助かったんですよ? ラルゴがいなければ、乱れた髪を学園内で晒すことになったのですから」


 そう言えば、お兄さまは言葉を詰まらせた。


「それはまずい、非常に不味い。そうだな、ラルゴは良い働きをした」


 ボソリとメイドを呼べばよかっただろ、と付け加える。


「お兄さまは何を怒ってらっしゃるの? 私の不始末を怒ってらっしゃる? おっしゃってください。今後はできうる限り気を付けますから」


 そうだ、公爵家の娘として恥じぬ令嬢でなければならないし、何と言っても、お兄さまが好きなのだ。

 私の不始末以外のところで怒っているのなら、なおさら詳しくご説明をお願いしたい。相手があの二人なら、出来る限りの協力は惜しみません。

 私はブラコン、それでいい。それに恥じない生き方で生きる! だって公式設定だもん!


「お兄さまに嫌われたくありません」


 そう言えば、お兄さまは私をぎゅっと抱きしめた。


「違う! そうじゃない! 髪を下ろした可愛いアリアをあの二人に見られたのが悔しかっただけなんだ。しかも、ラルゴの野郎、髪に触れやがって羨ましい……!」


 ……は?

 私……?

 羨ましいって、なんて可愛いお兄さま。愛されてるのが実感できてうれしい。

 まぁ、ジークは髪にキスしたけどねって思い出したら赤面してしまうだろ!じゃなくて。


「どうしたの、アリア、顔が赤いよ? もしや、髪に触れただけじゃなく……」

「いえ、違いますお兄さま。お兄さまがそう言ってくれたのがうれしくて。でも、お兄さまだったら髪ぐらいいつでも触れたらいいのに」

「は? 良い……のか?」

「ええ。小さい頃はよく頭を撫でてくれましたよね?」


 頑張れば、頑張ったねと頭をよしよしと撫でて褒めてくれる兄が大好きだった。頭を撫でるのを止めてしまったのは何時からだろうか。

 髪をキチンと結い始めたころかもしれない。

 そう、正式に婚約式を挙げた十二歳ごろだ。子供の頃から王妃教育を受けてきた私だが、それを機に自分自身で『ジークにふさわしい淑女になりたい』と気合を入れ直したのを覚えている。

 周りに隙を見せない完ぺきな令嬢であるために、見た目からキッチリカッチリ武装をしてたのだ。


「私、そうやって褒めていただくの嬉しかったの」


 そう言えば、抱きしめる腕に力がこもる。


「そうか、だったらそうしよう」


 お兄さまはそう言うと、私を離した。


「その髪型をラルゴが造ったのは少しムカつくが、まぁ、許そう」


 そして、私の頭を軽くポンポンと叩くと、にっこりと笑った。


「可愛いアリアが見れたのだから」


 うがぁぁぁぁ!! カッコいい!! お兄さまカッコいい!! いやまぁ、推しはジークだよ?

 でもね、夢色カノンキャラはみんなカッコいいし、可愛いしでみんなで幸せワチャワチャしてて欲しいんだよ!!

 だからだから、幸せそうな顔はご褒美です。ごちそうさまです。


「あ、ありがとうございます……」


 笑顔に悩殺された力弱い声で答えれば、お兄さまはフッと小さく笑った。


「今日は久々にゆっくりできそうだから、後で庭でお茶にしよう」


 私はコクリと頷いた。




 家に戻れば、私付きの侍女ペルレが無表情で出迎えた。彼女の無表情はデフォである。

 ペルレは元王女様付きの侍女の一人だったが、王女様が降嫁される際に、我が家で無理やり引き抜いたらしい。それだけあって、マナーに関しては完璧だ。ちなみに年齢は不詳。私よりは年上で、お母様より年下であることしか私は知らない。

 部屋に戻れば、ペルレはひと呼吸ついた。

 あ、叱られる、私は察する。

 叱られる原因がたくさんありすぎて、頭が痛い。人前で倒れたこと。殿下のお手を煩わせたこと。学園を早引きしたこと。しかも、それにお兄さままで巻き込んだ。

 もう謝りたい、謝りたい。

 でも、それは駄目だ。貴族たるもの目下のものに簡単には頭を下げてはいけないと、このペルレ自身にキツくキツーく言い含められている。

 前世で隠れオタク底辺生活していた私は、自分に非があれば謝りたいし、非がなくてもその場が収まるなら謝りたいタイプなのに、そんなことしたら多分頭の上に辞書をのっけてサロンを百往復とかさせられる。


「お嬢様」


 ペルレの怒りを意に介さないように優雅に微笑んで見せる。


「何かしら」

「その御髪はいかがされましたか」

「乱れたので直させました」

「私の結い方に不備があったようで、申し訳ございません」


 ペルレは頭を下げる。

 ペルレは悪くない、悪くないのに〜!


「あなたのせいではありません。いつも良くやっているわ」(ペルレは悪くないよ!)

「して、どなたにお任せになったのですか?」

「ラルゴよ、妹にこのような髪をしてやっているのだとか。私には似合ってなくて?」(やっぱり淑女としては駄目だった?)

「ラルゴ……様ですか」


 ペルレの無表情が一瞬曇った。

 なんか、ラルゴごめん、うちの人がいろいろゴメン。


「いえ、とてもお似合いです」

「そう、ありがとう。お兄さまとお庭でお茶の約束をしているの。着替えたいわ」(あれ? 叱らないの? もう話かえるよ?)

「すぐに」


 ペルレはそう言うと、ワンピースを用意した。そして、ラルゴが結った髪に似合うように、小花を髪に散らしていく。とても可愛らしい。

 よく見れば、ワンピースの色と小花の色はリンクしていて、淡い紫だ。


「まあ、素敵!」


 思わず漏らせば、ペルレが珍しく微笑んだ。その笑顔があまりにも澄んでいて、胸が撃ち抜かれる。

 あう、キレかわ!


「ありがとうございます。お嬢様からお許しいただければ、このような流行りのアレンジもよろしいかと思います」

「そうね、ペルレに任せます」


 未来の妃として恥じぬようにと、いつもコンサバばかり意識していた。婚約破棄されるなら、これからはもっと自由で良いのかもしれない。

 きっとペルレなら良くしてくれる。

 厳しくともペルレは、私を正しく導いてくれる存在だと、信じているから。

 私は身だしなみを整えてもらうと、約束の中庭へ向かった。


 

 お兄さまと久々のお茶会は、お茶もお菓子も美味しくて、とても幸せなひとときだった。

 お兄さまは、小花のアレンジをいたく気に入られたようで、とても褒めてくださった。

 すべて、ペルレのおかげだ。 



 それにしても……、ヤバイ。


 わたし、お兄さまの彼女さんが変な人なら、『私と彼女、どっちを取るの』ってリアルで言いそうでやばい。

 気をつけねば……。

 



 あと、カノンちゃん、ぜひとも良い子でありますように!!

 





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