28.出島へGO!
「今日は、出島に行って見ましょうか」
タクト先生が言った。
私は目を輝かせた。
お兄さまも同じようだった。外交系を進路に希望しているお兄さまにしてみれば、これが一番の目的だろう。
「グローリアの領事館へまずは行きましょう。そこは辺境伯家の管理するもので、私の両親が領事です。色々な人たちがいますが、噂ほど治安は悪くありません。ただ、海のものが多いので、物言いが少し荒っぽいので驚かないでください」
「わかりました」
お兄さまが、公爵家の顔つきになった。
お兄さまと従者、タクト先生と私で町へ出た。ペルレは少し怖がっているようだったから、この間発注した生地の受取を頼んだ。
私はただワクワクとついていく。
先日、ペルレと作ったサパテアード風のシンプルなワンピースはコットンで気持ちがいい。青いひざ下丈のスカートが避暑地の気分を盛り立てる。
車に乗って港に出て、そこから小さな船に乗った。
港には大きな砲台がある。まだ現役のようで黒々と光っていた。
穏やかで明るい空気の中に、光る重い影。これがサパテアードなのだ。
空と海の境目がわからないほどの青。温かい潮風。
小さな船は手漕ぎの櫂で進んでいく。
白い桟橋に船を着け、私たちは出島に上がった。
手を引いてくれるのはお兄さまだ。
麻のシャツが光って、それは眩しい。
はぁぁぁ……おにいさま、いつの間にか着こなしてらっしゃる……。
お兄さまに惚れ惚れとしながらも、タクト先生に付いていく。
町のざわめきがすごい。
小さな小島の街の作りは、基本的にはサパテアードの城下町とよく似ている。
しかし、こちらの方が商業の色が強く、グローリアとワグナーはほぼ対等。
グローリアの言葉と、ワグナーの言葉が混ざり合っている。
軒先につるされている看板は、二つの文字で表記されていて、この文字がこの言葉なのだと、目に見えて解って感動する。
耳に入ってくるワグナー語が少しだけ聞き取れてうれしい。
勉強の成果が出ている!
すぐに四角い白亜の建物が現れた。グローリアの領事館らしい。
すぐに出迎えがあり領事が迎え入れてくれる。
「よくおいでくださいました。ルバート様、アリア様」
シンプルだが趣味のいい部屋に通されて、この出島の概要を説明される。
ある程度の話が終わったところで、私は領事館の中庭へ通された。
お兄さまと従者、タクト先生は領事と難しいお話……研修なのだろうを続けていた。
噴水のある中庭に、お茶を用意してくれる。
領事館のメイドと騎士がはべっている。
色鮮やかな花々がたくさん植えられて、木にはオレンジの実がついていた。
色とりどりのタイルが美しい。
話し相手がいないから、私は渡された出島のガイドブックのようなものを読んでいた。
外に行きたいな。
我儘だろうか。
私は領事館よりも市井の人たちを見たかった。
出来れば、自分の言葉が通用するか少し話もしてみたかった。
待っていれば、帰りにはきっと寄ってくれるだろう。
そう思うけれど、この待ち時間が惜しい気がした。
今は、エスコートやお付きがいるのが当たり前になっているけれど、前世ではボッチ行動当たり前だったのだ。
学生時代は青春十八切符を握りしめ、大人になってからは飛行機使って全国津々浦々、巡礼の旅に歩いていた。
ちょっとした街歩きぐらい一人で出来る。
うーん……。暇。
だし、お金持ちはお金持ちで不自由なもんだ。
お茶を飲みながら、ガイドブックを見る。
仕方ないから、行って見たい所に目星を付けて待っている。
このお菓子は何かしら。あと、これと。
「暇そうだね」
突然声が振ってきて驚いた。
「クーラント!」
植込みの間から顔を出した彼は、先日よりグッと軽装だ。
爽やかな白いシャツは腕をまくって、美しい筋肉が光り輝いている。王都では珍しい膝下丈のパンツはインディコで快活だ。革のサンダルが珍しかった。
町で見ないと思ったら、出島に来ていたのだ。
っていうか、この人もイケメン。
なんていうか、ヤンチャ元気印猫系イケメン?
『夢色カノン』は登場人物以外でもイケメン多いな?
鑑賞するのが楽しいです。ありがとうございます。
「アリア、デートしようか」
突然のクーラントの言葉に驚いた。冗談ぽく笑う目が、明らかに冗談だと分かる。
「でも、お兄さまと引率の先生を待っているの」
「大丈夫だよ。ここの人に言って行けば伝えてくれるよ」
そういってクーラントは、メイドに何かを渡して笑った。
メイドは何も言わなかった。
ついで騎士にも何かを手渡す。
「オレが連れて行った、そう伝えといて。夕方には帰す」
騎士にそういえば、騎士は敬礼した。
クーラントは肩をすくめる。
「さあ、行こうアリア」
「まって! せめてお兄さまに話をしてくるわ」
急に手を引かれたから慌てた。
「ねえ、いつまでそうやってルバートを縛り付けるつもり? もうそろそろお兄ちゃんの手を卒業して自分で歩きなよ。赤ちゃんじゃないんだから。このままじゃ、ルバートだって恋人も作れない」
馬鹿にするような顔つきで、クーラントは言った。
思わずギクリとする。
確かに、お兄さまには恋人も婚約者もいない。
何時だって私を優先してくれて、それが当たり前だと思っていた。
でもよく考えれば、私のせいでお兄さまは恋人を作れないのかもしれなかった。
お兄さまを卒業……。
「もう高等部なんだろ? おかしいよ」
おかしい……。そうか、この世界でもおかしいのか。
公式設定だから当たり前だと思っていた。
お兄さまは大好きだ。
だから幸せになって欲しい。
カノンちゃんとの出会いが進まないのも、私の所為なのかもしれない。
今回だって急に私の旅行に巻き込んで、お兄さまの予定だってあったかもしれないのに……。
高等部最後の夏休みなのだ。
誰か好きな人と過ごしたかったかもしれない。
今更思い至って、シュンとする。
「そう……かもしれないわ……」
「彼らにはメモを渡してあるよ。きちんと伝えてくれれば問題ないさ。なぁ?」
クーラントが騎士とメイドに問えば、彼らは大きく頷いた。
「問題ありません」
「ほら、じゃ、行こう!」
クーラントは強引に手を引いた。
私は言われるがままに、歩き出した。







