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27.群れ星の塔で星の彼方に



 タクト先生に誘われて群れ星の塔に上る。

 

 サパテアード辺境伯の居城の中で一番高い塔だ。

 今はほとんど使われていないのだそうだ。


 クルクルと登る螺旋階段は長くて暗い。

 石作りの階段だから、デコボコと減っていて足元がおぼつかない。


「手を、壁は汚れていますから」


 タクト先生に言われるままに、その手につかまった。

 温かくて大きな手だ。

 熱を帯びてしっとりとしている。

 コツコツと足音と息遣いが反響する。

 ランプの光が揺らめいて、壁に長細い影を作る。


「ペルレ?」


 心細くなって声をかければ、息切れした返事が返って来た。


「大丈夫?」

「……はい」

「ゆっくりで大丈夫ですよ」


 タクト先生が声をかける。

 私たちもゆっくり上る。


 ゆっくりゆっくり上がって、出た先は天井のない塔の天辺。


 空が近い。

 星が近い。

 手を伸ばせば届きそうだ。


「わぁ!」


 思わず感嘆が漏れた。

 塔の天辺には、小さな作り付けの石のテーブルが据え付けられている。

 椅子はない。

 二人で立てばいっぱいの広さだ。

 タクト先生は、石のテーブルの上にランプを置いた。

 そして、石のテーブルの窪みに固形燃料のようなものを入れて火をつける。

 その上に小さなケトルを置いた。


「サパテアードの家では代々こうやって星を見ていました。昔は儀式もあって……今では趣味でしか使っていないので、荒れてしまっていますが」


 タクト先生は私の手を引いた。

 塔の壁際へと誘う。

 腰ぐらいの高さに石が積んであるので落ちる心配はなかった。


「ここから、町の夜景がみえます」


 下を覗けば、小さな光が点々と海に向かって裾広がりに広がっている。

 サパテアードの城は、半島の先にある。背中側は海の断崖絶壁、森に向かって伸びる大きな道は王都へつながる。正面の大きな道は港へつながり街が広がっている。


「すごく……すごく、綺麗」


 王都では見られない光だ。

 その先の真っ暗な場所は海だろうか。

 小さな小島が一段と明るい。


「あそこの小さな島、あそこが出島です」

「では、その先に彼の国が?」

「いえ、海の先ではないのです。暗くなっているところが海、わかりますね?」

「はい」

「それが、こちらにこう細くなって……海峡です。その先に光があるのが見えるでしょう」

「ああ。ずいぶん遠くですが、見えるんですね」

「ええ、見えます。海峡から直接渡れば近いように思えますが、あそこの潮はつかみにくく、断崖絶壁です。そしてそこを抜けても森ですから」

「表の港からしか入れない、ということですか」

「その通りです」

「サパテアードがグローリアの守護という意味が良く分かります」

「最初に戦に巻き込まれるのはここですからね。あの森は、グローリアが造ったのですよ」

「知らなかった……」

 

 明らかな意図が見える。

 サパテアードを守るための森でもあり、王都と切り離すための森だ。


「ええ、高等部では教えません」


 そう言って、タクト先生は黙った。

 私も黙って、夜景を眺めた。

 人々の生活を垣間見る光だ。


 前世で見たものよりもずいぶん弱々しい光。息を吹きかければ、消えてしまいそうなほどか細い。

 でも、ギラギラと冷たくはない。温かさを感じる光だ。


 シュンシュンとお湯が沸く音が聞こえる。

 タクト先生は、ケトルの中に茶葉を入れた。とても良い香りがする。


「カミツレですか?」

「ええ、あの庭から拝借してきました」


 空中庭園のことを言っているのだ。


「あなたもどうぞ」


 カップにお茶を淹れて、タクト先生はペルレに渡した。

 ペルレは塔の先には出られずに、階段で控えている。


「いえ」


 恐縮して辞するペルレにタクト先生は笑った。


「意外に冷えるでしょう? 女性が体を冷やすのは良くありませんが、もう少しお嬢様のお時間をいただきたいのです。それに、私は辺境伯でも何でもありませんから、気にすることなどないのですよ」


 そんなに丁寧に言われては、断る方が無粋だろう。


「ありがとうございます」


 ペルレは両手でカップを受け取った。

 無表情ではあるが、少し喜んで見えた。


「貴女はこちらを」


 先生はもう一つのカップを私に手渡した。私も両手でそれを受け取る。温かい。そして、心地よい香り。


 空中庭園を思い出す。

 あのおぬこさまは元気だろうか。


 タクト先生は、石のテーブルに腰かけ、天を見上げた。


「少し行儀が悪いかもしれませんが、ここでは見るように設計されています」


 私も同じように隣に腰かけた。

 テーブルが小さいので、自然と体が触れてしまう。


「すみません」


 謝れば、タクト先生は微笑んだ。


「私は気にしません。貴女が嫌でなければこのままで」

「そんなことありません」


 タクト先生は安心する。

 この空気が好きだ。

 先生は黙って頷くと、天井を指さした。


「あそこにあるのが、白天光(はくてんこう)、そこから東におりて波目星(なみめぼし)、あちらの赤い星はほおずき星で、繋げば……なんでしょう?」

「天上の三角ですか」

「その通り」

「今夜は白天光の星物語の日なのです」


 そう言って、先生は白天光の物語を語り始めた。

 白天光のすぐ横に金色の星が見える。この星は瞬かない。


 昨日は天文台でこの星を見た。白天光は恒星で、この近くにはこの星の周りを巡る二連星がある。

 まるで、貴女とルバート君のようでしょう、先生はちょっと意地悪に言って、お兄さまをムッとさせた。その顔を見て、先生は笑った。ダンスをしているあなた方兄妹はまるでこの星のようですよ、と。 

 

 興奮したよね。タクトルバートで決まりだと思ったよね。わざとお兄さま怒らせるとか、それを余裕で笑っていなすとか、最高すぎる尊い。前世で顔カプとか言われてたけど、そんなことないわ。裏ではイチャイチャしてますよ~! 安心してくださいみなさん!


 はっ。おちつけ。


 今日の先生のお話は、柔らかなテノールに乗せて語られる少し悲しい恋のお話。

 白天光の想い人の金の惑星は、どうしても手前で軌道を変えてしまうのだ。だから、惑う星、だと。

 悲しいな、そう思う。


 まるで、ジークとアリアだ。


 他人事みたいに言ってるけど、アリアは私……なんだよなぁ……。


 そう思って自分自身を抱きしめれば、寒いですか?とタクト先生が覗き込んだ。


「大丈夫です」

「お茶を」


 そう言ってカップに温かいお茶を継ぎ足してくれる。


「先生は?」


 先生は困ったように少し笑った。


「私の分は良いんですよ」

「もしかして、カップが?」


 タクト先生は無言だ。


「もし、嫌でなければ、どうぞ」


 私は自分のカップの唇が当たった部分を指先で拭いて渡した。

 先生は驚いたように目を見開いたから、はしたなかったかなと思う。


「……すみません…」

「嬉しいです。ありがとう」


 そう言ってカップを受け取ると、ためらいなく口へ運んだ。

 

 良かった。


「では、私からはこれを」


 タクト先生は、ジャケットを私の肩に掛けた。


「でも」

「誰も見てませんよ」

「先生が寒いのでは?」

「私は温かくなりましたから」


 そう言って先生は胸のあたりを押さえた。


「でも一つだけいいですか?」

「何でしょう」


 タクト先生は、じっと私を見た。

 ペルレがいるから、眼鏡は外さない。

 それが少しだけ距離を感じる。


「数日先になりますが、月潮(つきしお)の祭りがあります。少し遅い時間なのですが、一緒に行くことはできますか? もちろんルバート君も一緒にです」

「ええ、お兄さまに相談してみます」

「ありがとうございます。きっと素敵な夜になります」


 はにかむように笑って、先生はテーブルから降りた。


 ふっと、先生が息を吹きかけ、ケトルの下の炎を消した。

 ランプの光はこれほど弱かったのかと、不安になるほどの闇だ。


 私もテーブルから降りる。

 石作りの床が不安定で、少しよろめくと、先生が背中を抱いた。


「大丈夫ですか?」

「平気です」

「少し安定するところまで、このままで行きましょう」

「ありがとうございます」

「ペルレさんも大丈夫ですか?」

「ええ、わたくしは大丈夫です」

「ではゆっくり降りましょう。転んではいけませんから」


 背中が温かい。

 先生の体温だ。

 上るのに比べて下るのは少し怖くて、及び腰になる体を先生が優しくささえてくれる。


 あったかいなぁ。


 この人は温かい。


 前世の父を思い出した。

 そうだ、そういう温かさだ。

 嘘のない言葉で、誠実に見守ってくれる。


 この空気が好きだ。


 同じ年の男の子たちとは違う。

 深読みをしなくてもいい。自分が頑張らなくてもいい。

 駆け引きが必要ない。それがとても楽で、落ち着いた。


 舞踏会の駆け引きはとても疲れた。

 だからあの日も、タクト先生のさり気ない優しさが、より一層嬉しかったのだ。


 部屋まで送り届けられて、礼を言う。


「当然のことです。では、今日の授業はここまでです」


 そう言って、タクト先生は部屋を後にした。


「紳士的な方です」


 ペルレが言う。


「そう思うわ」

「こちらは綺麗にしてお返ししましょう」


 ペルレが先生のジャケットを私の肩から脱がした。


「ええ。お願いします」


 今夜も深く眠れそうだ。


 この街に来てから、ぐっすりと眠れるのだ。

 この分だと明日も旅を楽しめそうだ。


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