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26.おにいちゃんの考察

ルバート視点になります


 俺はルバート・ドゥーエ・ヴォルテ。アリア・ドゥーエ・ヴォルテのおにいちゃんである。

 さらに、シンフォニー学園の生徒会長であり、グローリア王国宰相の息子でもある。



 現在、妹とサパテアード辺境伯の城で夏休みを過ごしている。

 こんな旅行は初めてだから、心が浮き立つのは仕方がないだろう。

 

 ただ少し、気になっているのだ。


 唐突過ぎる話。

 公爵家にとって美味すぎる話。

 どう考えても、手紙通り辺境伯自らが私たちを招待するとは思えない。

 だとしたら、……タクト・コラパルテ。歴史学の教師の差し金か?


 何か裏があるのではないか。

 無論、旅が始まる前に調べさせてもらった。

 

 彼がサパテアード辺境伯の甥であることは紛れもない事実だった。

 辺境伯夫人の兄が、タクトの父に当たると公式ではされている。

 いや、それは正確ではない。彼は辺境伯の実子だが、子供のない妻の兄の家に養子に出された、というのが本当のところだ。


 しかし、タクト先生の身分については公式の内容ですら学園内で特に誇示されていなかった。

 隠されてもいなかったが、政治的に学園内で力を持とうとするならば、普通だったらアピールする部分である。

 辺境伯になる可能性はなくとも、サパテアード辺境伯とつながりがあるのだ。

 これはとても重要なことだ。



 サパテアード辺境伯は、王都の政治に興味を示さない。

 それは、自身の領地が豊かであり、交易の要であり、国家防衛の最先鋒であると自覚しているからだ。

 サパテアードの安泰は、王都の安泰を意味する。

 逆もしかりだ。

 だからこそ、王都の政治より領地経営を優先している。辺境伯はその姿勢だけで発言力があった。


 しかもサパテアードは、文化の交わる地であり、教育、芸術全てにおいて王都にも劣らない力を持っている。

 最高峰の文化は王都に集まるが、最先端の情報はサパテアードに集まる。

 無視できないところなのだ。


 そこの辺境伯家にゆかりのある教師となれば一目置かれる。

 それは間違いないのに、彼はそれを誇らなかった。

 きっと何かの思いがあってそうしてきたのだろうと思う。


 それなのに、今回、俺たち兄妹のために、引率を引き受けている。

 そこが解せない。

 

 確かに俺は学園内でも優秀な成績を修めてはいる。

 先の進路指導でも、大学の外交部を志望したという経緯もある。

 だからといって、サパテアード辺境伯の居城への逗留などという美味しい話、急に湧くはずがないのだ。

 宰相である俺の父ですら、その居城には逗留したことがないのに、だ。



 調べていけば、学園内で小さな噂を拾った。


 タクト先生は、カノン嬢とアリア嬢に個別指導をしている。

 カノン嬢については一般教養を、アリアについては天文学だ。


 それを知ったとき、俺は正直ムカついた。

 天文学に興味があることも、タクト先生から指導を受けていることも、アリアから聞かされていなかったからだ。


 教師の間では周知されているようだったが、その上で見守られている案件だった。

 それだけ、学園としては利がある内容だということだろう。


 学園内で、アリアはカノン嬢のイジメの首謀者だと考えられている。

 カノンは王国が保護するもので、アリアは王太子の婚約者だ。

 学園としては最も避けるべきトラブルで、簡単に口出しもできない内容でもある。


 カノン嬢は事実イジメられてはいるが、アリア自身が手を下した証拠も証言も皆無だ。

 その状況で、アリアに聞き取りをおこなえば、もし無実だった場合、責任を取らねばならない者が出てくるかもしれない。


 その状況で、当事者二人と個別にアクションの取れる教師がいることは、学園において願ったりかなったり、ということだろう。



 その流れがあっての今だ。


 この旅行の表向きは、修学のように言われているが、きっと目的は別にある。

 そうは分かるのだが、いまいち何が目的なのか絞り切れない。

 そもそも、サパテアード辺境伯が我々を呼び寄せたいと願うほど、興味を持っていたとは思えない。年頃の子供はいないし、あまり利がない。

 しかし、害意があるなら居城に逗留させたりしないだろう。


 害をなすなら、外で。


 自身が疑われないようにするのが当然だ。

 実際、態度は友好的で、こちらの警戒がバカバカしいほどなのだ。

 王都の情勢を普通に探りたい、その程度の意図は読み取れるがそれだけだ。

 先日行われた夜会では、サパテアードの著名人を私たちに積極的に引き合わせてくれた。お互いにとって有意義な夜会をきちんとセットしてくるあたり、ビジネスパートナーとしての協力は惜しまないのだろう。



 今日も街へ降りて行った。

 アリアは天真爛漫に喜んでいる。


 夏のワンピースはとても可憐で、控えめに言ってもカワイイ。

 旅行先で身分も柵もないのが気楽なのか、ピョンピョンと跳ねるように駆けていく。

 しかも、今日はサパテアードでワンピースとドレスを誂えて帰るのだと、ペルレを街へ引きずっていった。

 その様子をタクトは、本当に穏やかな目で見守っている。

 

 ただ、見守っているのだ。


 まるで、アリアを楽しませるために用意したのではと思わせるほどに……。



 まさか、な。



 コンコン、とドアがノックされる。

 俺の従者がドアを開く。


「お兄さま」


 俺のアリアの声が響く。

 あの夏休みの初めの頃の暗い声とは打って変わった弾んだ声。


「ああ、もう時間か。お兄ちゃんが迎えに行ったのに」

「私が迎えに来たかったんです」


 アリアは嬉しそうに笑う。

 サパテアード辺境伯とのディナーに合わせて、紫色のイブニングドレスで登場だ。

 見慣れたドレス姿だったが、相変わらずに美しい。尊い。


「綺麗だよ、アリア」

「お兄さまも素敵よ」


 微笑むアリアの手を引いて、俺はサロンの扉を開けた。



 一斉に集まる視線は美しいアリアへ向けられたものだ。

 俺はいつも鼻が高くなる。

  

 サパテアード辺境伯とその妻、息子夫妻と娘夫妻。サパテアード領の要職につく者が並び、その末席にタクト・コラパルテ。


 タクトが息を飲んだのが分かった。しかしそれは注目してなければわからない程度だった。

 そして、静かに目をそらす。


 

 もしや。



 ディナーをつつがなく終えたあと、俺はサパテアード辺境伯と要人に政治談議で捕まった。

 内容は勉強になるし、とてもありがたい。


 のだが


「群れ星の塔へ案内いたしましょう」


 タクトがアリアに声をかける。


 昨夜は天文台で、白天光とその周りの二連星を俺も一緒に見学した。

 アリアは天文学の勉強できているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。


 しかし。


「ああ、いいな。そうするといい」


 サパテアード辺境伯も同意する。しかし、声色はどこかよそよそしい。

 実子と実父の関係のはずなのに、二人はどこか距離がある。

 疎んじている様子ではないが、なんというか、腫物、それに近い。

 尊重はする。協力もする。しかしそこに、家族としての親愛を感じない。


「では、私も」


 慌てて言えば、サパテアード辺境伯に笑われる。


「話が途中じゃないか。心配はいらないよ。わが居城の中だ。タクトもいる。心配ならば、メイドもつけようか」


 タクトは反対することもなく頷いた。


 後ろ暗いことはない、そう言いたげだ。


「ソウデスネ」


 不服をあらわにしてこたえれば、苦笑いするサパテアード辺境伯。

 了解の意味にとったタクトは、アリアに提案する。


「群れ星の塔は階段が多いですから、ドレスを着替えた方が良いかと思います」

「では、軽装にいたしますわね」

「夜風は冷たいので温かい恰好を」

「わかりました」


 アリアは心底信頼した目で、嬉しそうに笑う。

 それを見れば、自分の方が無粋なんじゃないかとも思う。


「ペルレと一緒に気を付けて行っておいで」


 その言葉だけかければ、アリアもハイと元気にうなずいた。


 まぁ、ペルレと一緒ならば大丈夫。

 彼女は、王太子過激派だ。

 ほかの男に触れさせることなどありえない。


 




 しかし。


 ジークを思い出す。

 ラルゴを思い出す。

 あの舞踏会で名前の挙がったものを思い出す。


 アリアにふさわしい男はいるだろうか。



 ジークに関して言えば、つりあっているのは家柄だけだ。

 ジークの祖母と、俺の祖母が姉妹だという理由で、『私たちの孫結婚させましょうよー!』のノリでいともたやすく行われた外堀固めの結晶が、この婚約だ。

 暇と力をもてあました社交界のご婦人の力、怖い。あの父をも退けた恐ろしい力だ。

 そもそも、婚約者などと早々に噂にはなっていたが、正式になったのは意外に遅く3年前。祖母ちゃんたちが、『そろそろ追い先短いし……結婚式は見れないから婚約式だけでも……ヨヨヨヨ……』と泣きついたのが決定打。ちなみに未だご存命。

 そんな理由の婚約で、俺にしてみれば、アリアを人質にとられただけにしか思えない。

 アリアが王家に嫁ぐなら、王太子がどんなアンポンタンでも面倒見ないわけにはいかないじゃないか。

 まあ、王太子としてはそれなりに評価してやってもいいのだが、男としてのジークを俺は全く評価していない。

 なんてったって、アリアの愛を一身に受けながら、昔からそれを当然だと思っている。

 最近色気づいてきて、アリアの魅力がわかってきたようだが、それにしたって『アリアがほしい』ただそれだけの、我儘なガキだ。

 アリアがジークを好きでなければ、秒殺で握りつぶしている。

 まあ、虫除けとしては最高品質というのは認めてやる。


 ジークに比べて、ラルゴはまだマシだ。

 小さい頃から、よくアリアを見ていた。

 控えめに、押し付けがましくなく、きちんと彼女を見て守り立てようとしてくれる。

 そこは評価しているが、あれは、従者で男爵の息子だ。

 身分が違いすぎている。

 アリアを幸せに出来るのなら、身分など関係ないが、その気合がアイツにはあるか?

 ジークから奪い取るほどの熱がないならダメだ。

 現状に満足しているようならそれまでだ。お呼びではない。



 そして、タクト先生。

 急浮上してきた男だ。

 まず、アリアとは一回りもの年齢差がある。どこまでの好意なのか計り知れない。

 ただ単に生徒としてかわいがっているにしては行き過ぎに感じるが、教師と生徒の関係から逸脱しているようにも思えない。

 アリアはこいつを信用しているようで、コイツもアリアを尊重しているのはよくわかる。

 ラルゴやジークに比べれば、こらえ性もありそうだ。

 

 非公式だが、生まれは辺境伯家。辺境伯家に介入するほどの力を持ちながら、あくまで他人の距離感だ。

 それが気になる。

 何かの罠ではないか。




 ねぇ、アリア。


 おにいちゃんは心配なんだ。   

 





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