24.夏休みが始まった
私はアリア・ドゥーエ・ヴォルテ。
乙女ゲーム『夢色カノン』の悪役令嬢。
宰相公爵家の娘であり、攻略対象者ジークフリート皇太子の婚約者である。
攻略対象者の一人、ジークフリート皇太子の乳兄弟であり従者のラルゴとは幼馴染で、もう一人の攻略対象者、ルバートの溺愛する妹。
なんですが……。
実は中身が転生者。
転生する前は、年齢=彼氏なしのイタタな隠れオタクな三十路OL。
そもそもチートなスキルは全く無し。
特技はパソコンと電卓だけど、この世界にはまだないし、ハードを作れる知識も技術もない、転生者としては全く使えない無能者。
しかも、女子力は壊滅的。
裁縫? 直してまで着たいような高い服なんかそもそもないし。
料理? カロリーだけ補給しとけば死なないでしょ?
洗濯? 掃除? 生きる分だけ。
コミュニケーション能力は、人間擬態しているときだけ使えますという、女以前に人として終わってる、そんな駄目駄目人間だ。
しかも、事故でも過労でもなく、上記に挙げた自堕落な生活で死んでしまったのではなかろうか、という……ホントゴメンネお母さん。
ペットボトルが散乱している部屋で、パソコン立ち上がったまんまだし、あのサイトログアウトしてあったかな、履歴は見ないでサルベージはやめてお願いしますお父さん。
お葬式なんか望みません、そっとしておいて。
自分で言ってて悲しくなった。
生前の推しに対する信仰心が認められたのか。
はたまたお布施が効いたのか。
なんだか理由はわからないけれど、大本命の推しの婚約者として転生させていただきました。
……最悪殺される運命です。
はっ、お布施が足りなかった!?
そんな私なんですが、自分の幸せは置いといて、推しの幸せルートのために、日夜努力してきた所存です。
とは思っているんですけどね。
記憶が戻ったのが最近だから、事前にフラグを折ることだって出来ないまま主人公が現れてしまい、はっきりいって、転生者としての優位性は全くない。
少しだけ、未来の方向性がわかるだけなのだ。
結局使えるのは、もともとのアリアが持っていたものだけ。
家の金と人脈だ。
そんなもの、そもそもカースト底辺の私に使いこなせるはずもなく……なんというか、八方塞りな昨今。
しかも使いようによっては、家にまで迷惑をかけるからおいそれと使えない。
仕方がないから、自分自身で出来ることを頑張るしかないと、来る国外追放や他国への嫁入りに向けて、外国語習得に励む毎日。
後ろ向き?
うっさいわ!!
私はともかく、夢色カノンのキャラたちには幸せでいてほしいんだよ!
……。
ま、そんなわけで。
現状はおおむねゲームのストーリーに準じて進んでる。
若干、知らない関係性やストーリーもあるけれど、ゲーム化されているのはエピソードの一部に違いないから仕方がない。
今、カノンちゃんはゲームの通り、特別クラスに入り、イジメられている。
これをきっかけに、攻略対象者と知り合って親密度を上げていくことになる。
ジークとラルゴには出会った。
タクト先生にも出会ったようだ。
おにいさまとは……まだのようだ。
ゲーム補正がされているのか、やることなすこと裏目に出て、言うことは忖度され、私はカノンちゃんイジメの首謀者に祭り上げられている。
一生懸命、軌道修正しているつもりなのだが、どうにも上手くいく手ごたえがない。
主人公視点で進む物語だ。彼女に有利なように動いているのだろう。
今のところ、ジークとラルゴ、お兄さま、タクト先生とアリアの関係は上手くいっているはずだけれど、この先二学期にどんな風に転ぶのか皆目見当がつかないのだ。
そんなわけで、夏休みが始まっても、鬱々と過ごしている。
舞踏会の影響もあってか、お茶会という女子会の招待が死ぬほど来ているが、なかなかいく気にはなれない。
多分、ジークの『手の甲にキス』アピールが絶大な効果をあげたのだろう。
不安定なアリアの地位を確保してくれたのだ。
ジーク……ありがとう。好き。仕事と言われ、ちょっと悲しかったけど、うれしいよ。
お茶会に招待してくれるご令嬢は、きっとジークと私の話を聞きたいのだと分かるから、余計行きにくかった。
仕事です、だなんて言えないわ!!
女子、恋バナ好きだもんね。
私も他人の話なら好きだ!
それに良く吟味していかなければ、私の意図も読み違えられてしまう。
少なくとも、イジメをしているであろう人たちとは距離を置かなくてはならないが、あからさまにそうすることは難い。
家と家の関係を見極めて、出席者を見極めて……とか、無理すぎる。もともと世渡り下手なのだ。自分の判断裏目に出そうで怖い。
「お嬢様、旦那様がおよびです」
ペルレに声をかけられ、部屋を出る。廊下の先でお兄さまに会った。
「アリアも呼ばれたのか」
「お兄さまも?」
お兄さまは頷いた。
「怖い話じゃないといいな」
「不吉ことをおっしゃらないで」
あの舞踏会のその後の噂は、聞かないように避けて来た。
本来は聞くべきだ。だから、この先の判断ができなくて、自分を追い込んでいるとはわかってる。
解っていたけれど、侍女のペルレに任せておいて、もう少し気持ちが落ち着いたら話を聞こうと思っていた。
悪役令嬢でも、嫌な噂なんかできれば聞きたくないよ。
お父様の部屋に入れば、いつも通り重厚な机の前に座っていた。
手紙のような紙が机の上に置いてある。
今回の議題はそれなのだろうか。
「ルバート、先日の学園のパーティはどうだった」
問われて、お兄さまはスラスラと答える。家同士の関係のことだとか、これから話題になりそうなこと、きちんと宰相の父の耳に入れなければならないことを選んで話す。
さすがお兄さま……。
感心していれば、当然次は私の番だ。
「次は、アリアだ」
私はシドロモドロになって話した。カノンが国の保護下だと明言された以上、アリアとカノンの問題は宰相の知るべき問題だ。どうしても主観が入ってしまうが、あったことをそれでも誠実に話す。
父は真顔で聞いているから怖い。
「カノン嬢のドレスは好評だったと聞いている」
「はい。王太子殿下が贈られたものですから」
「お前が見繕ったと聞いた」
は? だれ? 誰が話したの?
「殿下から聞いた」
お父様の言葉に、お兄さまの目が薄く細く光る。
「はい。殿下と一緒に選びました」
「お前はそれでよかったのか?」
「軽率だったでしょうか? 私は殿下のお力になれたら、そう思ったまでのことですが……」
「いや、ならばいい。あと、殿下から手の甲にキスをされたと聞いている」
「はぁ?」
お兄さま! 顔が怖い。
「あ、突然のことで、私も避けることができずに……。殿下にあのような真似をさせてしまい、申し訳なく思っています。ただ、殿下におかれましては、カノン嬢と私を巡って学年内で不穏な空気を感じられているご様子で。それを憂えてのご判断かと思います」
「お前はそう受け取った、そうだな。政治的な配慮と」
「はい。それ以外の他意などございませんでしょう?」
「分かった」
お父様は納得されたようだが、お兄さまの顔はめちゃくちゃ凶悪になっている。
「アリアのドレスについてだが、後で私に見せなさい」
「は? こちらにお持ちすれば?」
「着てきなさい」
「はい」
「とても美しかったと噂になっているぞ」
お父様は嬉しそうに笑った。
やっべ、この人お兄さまのお父様だった。イケメンだ。間違いなくイケメンだ。
「私も見てみたい」
「俺、私も見たいですよ、父上!」
「今後はパーティの前に見せるように」
「おにいちゃんにもだ!」
「……はい」
なんだこれ? 家族会議の議題これでいいのか? 仮にも宰相家なのに。
「さて、本題だ」
まだ本題じゃなかったのか。
「ルバートとアリアに辺境伯から招待状が届いている。サパテアードの領地へ研修に来ないかという話だ」
それを聞いて、背筋がピンとした。
タクト先生だ。
「サパテアード辺境伯の居城で、直々にお前たちを受け入れてくれるそうだ。期間は三週間ほど。必要であれば侍女も従者もつけてよいと言っている」
「何の研修でしょうか?」
お兄さまが訝し気に尋ねる。
「領地経営と……あの辺は交易が盛んだからな、勉強になるだろう」
お父様が私をじっと見た。
「天文学。国で一番大きな天文台がある。アリア、お前は興味があるそうだな?」
「はい」
ふむ、お父様は納得したようにうなずかれた。
「私としても、サパテアードには興味がある。あそこの辺境伯はなかなか政界と交わらないからな。あちらの方から呼んでいただけるというのであれば、好機だと思う」
「分かりました」
お兄さまが答えた。
「私も興味のある場所です」
「ああ、お前は外交関係に行きたいのだったな。ならば行くべき場所だ」
知らなかった。そうなのか。
「アリアはどうだ? 王都とは違い少し治安が悪い」
「私もぜひ行きたいと思います。お兄さまと一緒であれば安心ですし、空が広いのだと聞きました」
「そうか。ではそう返事をしよう。タクト・コラパルテが引率する。彼はサパテアード侯爵の甥にあたる」
「タクト・コラパルテ……歴史学の教師」
お兄さまが考えるようにつぶやいた。
お父様の部屋を辞する。
「ねぇ、アリア」
お兄さまが呼び止めた。
「なんでしょう?」
「タクト先生と仲いいの?」
なんか既視感ある質問だ。
「仲が良いというか……先生ですから。わからないことを質問したり、そう言うことはあります」
「そう。お兄ちゃんは仲が良いわけじゃなかったから、今回の話は意外だと思ってね」
さすがお兄さま、カンがいい。
すべてタクト先生の仕業です。
あまりに完璧な配慮で頭が上がりませんですハイ。
「確かに私はタクト先生に天文のお話を伺っていたので、お兄さまのおこぼれでお誘いしていただけたのかもしれません」
お兄さま、ごめん。
私どうしても行きたいの。
この話をつぶされたくないの。
「そうか」
「でも私はお兄さまと旅行に行けるなんてとっても楽しみです。少し、王都から離れたい気分でしたし……」
そう言えば、お兄さまは気遣わしげな顔で私を見た。
心からそう思う。
少しここの喧騒から離れたい。
それに、旅行中であれば、お茶会も堂々と断れる。全部断ってしまえば、角は立たない。
夏休み明けには頑張るから。
お願いだから逃避させてくれ!
「たまにはいいかもしれないな。ペルレは連れて行くんだろう?」
「はい」
「お兄ちゃんの従者もいるし、サパテアード辺境伯の居城なら心配はないか」
お兄さまは納得したように頷いた。
「では、旅行の準備をしよう。こちらより少し暖かいそうだよ」
「はい!!」
その後、ディナーの後で私は例のジーク色ドレスを披露した。
髪を結うのはやめて、そのままヘッドドレスを付けた簡単な形だ。
それを見て、お父様もお兄さまも、一瞬言葉を失った。
「……それで、行ったのか」
「はい」
「ダンスを申し込んだものの名前を書いて提出するように。あと、綺麗だと言った者の名前も」
「え?」
「父上、綺麗だと言うのは仕方がないと思います。事実ですから」
「いや、事実だが、事実だが……!!」
ちょっと意味わかんないんですけど。
「お兄ちゃんはね、背中をもうちょっと隠した方がいいと思う」
「おとうさんもだ」
「ジークも同じことを仰っていました」
「「ジークと同じレベル……」」
なぜか打ちひしがれる親子。
おい、失礼だぞ。相手は王太子殿下だぞ。
「噂でけしからんかったとは聞いていたが、ここまでけしからんとは」
お兄さまがうめいた。
「け、けしからん……ですか? 失態だったでしょうか?」
「いや、そうじゃない、だから。なんというか、そうだな、けしからん」
「は?」
「「けしからん!!」」
二人でハモるな!
「そんなにおかしかったですか?」
「だから違うんだ! かわいい、きれいだし、なんていうか、天才? 女神降臨?」
「とりあえずだ」
「「今後は必ずドレスが出来たら見せるように」」
「お。おう……」
二人の勢いに気おされて思わず地の声が出た。
二人はそれに気が付かない。
絵師を呼ぶべきだとか、女の絵師じゃなきゃダメだとか、変な勢いになってて怖い。
家族が怖い。
っていうか、確実にこの人たちの血が私に流れてる。確信する。
私の荒ぶりは前世の所為じゃなかった。
公爵家の血筋なのだ。
嫌すぎる。
恐れ戦いて、ペルレを見れば、満足そうな笑顔で頷いた。
無表情がデフォなペルレである。
「皆様、お喜びなのですよ」
そう言われれば、脱力するしかなかった。







