閑話 うわさばなしうわさばなし
会話文ばっかりです。
軽いノリの舞踏会、その後。
とある、令嬢のコンサバトリーにて。木陰には影と同じ色をした猫が目立たないように昼寝を決め込む。
「先日の舞踏会……まったく、学園は何をお考えなのか」
「ジークフリート様にカノン嬢の相手をさせるなど信じられませんわ」
「アリア様というれっきとした婚約者がいるのを差し置いて」
もうれっきとした、婚約者じゃないってことだろ。
綺麗に着飾った女たち。芳しい花の香り。高級そうな食器には、珍しい食べ物が並べられている。
一見すれば、とても美しい。
しかし話す内容と言ったら。
バカバカしい。くだらない。
「あのドレス、ご覧になりまして?」
「ええ、有名サロンのものだとか」
「確かに悪くありませんでしたけれど」
「それもそのはずですわ。あのドレスはジークフリート様がご用意されたのですって」
「まぁ! たしかに趣味は良いと思いましたけど」
「庶民にはあのようなもの用意など出来無いと思ったわ」
「……それをアリア様はご存じなのかしら?」
「どうでしょう。舞踏会ではご存じない様子でしたけれど」
「あら、伺ったの? 勇気のある」
冷え冷えとした笑い声がさざめく。
「いえ、私じゃなくってよ、そんな。アチラの方が話題にされたのを聞いただけです」
「ああ、あの、アチラの方」
「意地悪く『カノン嬢のドレスどう思われます?』と質問されて、アリア様は『あらお似合いでなくて?』と微笑まれてお答えになっていましたわ」
令嬢たちは口をつぐんだ。
「それにしても、どうしてジークフリート様はお断りにならないのかしら」
「そうです。私もそう思いますわ」
「幾ら学園内とはいえ、ジークフリート様がお断りになればあのようなこと通らないと思うのです」
「お断りにならないのはやっぱり……アチラの方の言う通り」
そうだ、あの男の心移りだろ。
じゃなかったら、ただのヘタレだ。
シンとするコンサバトリー。
「そんなことありませんわ。ジークフリート様はお優しいから」
優しいのと、事なかれ主義は違うだろ。
「お父さまが言っていました。学園管理に生徒が口を出すのは王室であれ、いかがなものかと。その前例を作ったら学園運営がままならなくなるのではと」
「……それは、そうなのでしょうけれど」
「権力を笠に着て無理を通す方ではないですものね」
「ええ、だからこそ、憧れるのですけれど」
どこに憧れるんだ。自分の女一人守れなくて。
「アチラの方々は、そこにご理解ないようね」
「アリア様が婚約者でなくなれば、ご自身も希望が持てますでしょうし」
「確かに庶民のカノン嬢が許されるなら……とお思いになる気持ちはわかりますけれど」
「でも皆さん、ご覧になったでしょう?」
「ラストダンスのお二人!」
「「「「きゃぁぁぁぁぁ!」」」」
令嬢の癖にうるせえ。
「見ましたわ!」
「もちろんです」
「本当に美しくて」
「アレをご覧になれば、アチラの方も静かにならざるを得ないでしょう?」
「本当に、ジークフリート様の髪と瞳の色に合わせたドレスも素晴らしくて」
「ええ、離れていても一緒という意味なのでしょうね」
「あのように体に沿ったラインは珍しいものでしたけれど、まるでジークフリート様に抱かれているような」
「「「「「きゃぁぁぁぁぁ」」」」」
うるせーよ! 鼻息荒いぞ!
「従者のラルゴ様にエスコートさせるお姿は、さながら古い物語の騎士に守られたプリンセスのようでした」
「本当に」
「ジークフリート様が、他の方にエスコートされることをお許しにならなかったのでしょうね」
「……まぁ!」
「独占欲ですか?」
「「「「素敵!」」」」
「だって、非公式とはいえあのような」
「王族でらっしゃるのに」
「ええ、婚約者だとは言え、あんな」
「皆様のいる前で」
「しかも学園のホールですもの、先生方も見ておられたわ」
「「「「『手の甲にキス』だなんて!!!」」」」
興奮して騒ぎまくる淑女など、 阿鼻叫喚地獄絵図だ。
「はぁぁ、憧れますわ……」
「わたくしも公の場でなくとも良いですから、あのように求愛していただけたら……!」
「本当に! 羨ましいことです」
「あんなことされたら、なんでも許してしまいますわ」
「なんでもだなんて! そんな、でも、そうね……」
ため息が重なる。
「だって、どなたをエスコートしようとも心は一つと証明されたようなものですもの!」
「誰に、何を言われようとも、それが学園だろうと王国だろうと、愛するのはアリア様だけだと!」
「しかもあの後のアリア様ご覧になった?」
「「「「ぎゃぁぁぁぁ!!!」」」」
淑女など、もうここにはいねーよ!!
「ジークフリート様の唇を寄せられたグローブに……」
「隠れるようにして唇を寄せられて……」
「あんなに素敵な行為を誇るわけではなく、控えめに受け取られて」
「せつなげなご様子が」
「はぁぁぁ、尊い……」
「お二人が尊い……」
なんだか話が気持ち悪くなってきた。オレは影から意識を抜いた。
・・・
ここは、とある紳士のビリヤードホール。窓の外には夜闇に隠れる一匹の猫。
「今年の夏の夜会には、ヴォルテ公爵家は出席しないそうだ」
「夏のバカンスだそうだな」
「うらやましい」
「そのせいでジークフリート殿下も夜会には出ないそうだ」
「「「あぁ……察し」」」
顔を見合わせる紳士たちはなかなかに滑稽だ。
「なぁ、この間の舞踏会、お前アリア嬢と踊ったんだろ?」
「勇気振り絞って良かった。墓場に持っていける、よかった」
けっ、馬鹿らしい。
「どうだった?」
「いい匂いがした」
「で?」
「ウエストはほっそりとたおやかで」
「うんうん」
「グラマラスな胸は隠されているからこそソソル?」
「わかるわ」
「控えめに言って天使だった」
「は?」
「天使だった」
「二回言った!」
「思ってたんとちがかった」
「しっかりしろ!」
あーあー不愉快、不愉快だ。匂いとか嗅いでんじゃねーよ。
気安く触ってんじゃねーよ。
「だから、思ってたのと違う方だった。噂では、何やら不穏な話を聞いていたし、見た目強そうだから、怖い系美女かと思ってた」
「わかる、わかる、魔女ってやつ。セイレーンでもいいか」
「そう、怖いけど近づいてみたい。みたいな?」
「みたいな?」
「そしたらちがかった」
「言葉、ことば!」
「ダンスも合わせてくれるし、ちょっとの失敗は笑ってくれるし」
「アリア嬢が笑う? ……許す?」
「微笑まれた……昇天するかと思った……したかった」
「やっぱ、あぶねぇじゃねーか!」
「しかも、カノン嬢を誘えって遠回しに言われた」
「は? なんだそれ?」
「わかんないけど、多分、心配している?」
「険悪なんだろ?」
「それが良く分からない、色々不本意なはずなのにおくびにも出さないんだよなぁ」
あの女、面の皮が厚いからな。
「不満の一つでも言ってくれたら、慰めもできるのに」
「そんな隙も無いって?」
「ないね」
「だからこそ、ってのもあるよな。強がってる女は可愛い」
「わかる」
「わかる」
……。まぁ。それは分からなくもないかな。
「ああー、学園も国もなに考えてるんだか」
「殿下も不本意だろう。ことを荒立てるのは得策じゃないしな」
「その辺、殿下は感情的にならないよな。立派だと思うぜ」
「婚約者の仲をあからさまに割かれてるのにな」
「いやいや、めっちゃ怒ってた。オレ、アリア嬢と踊ったあとスゲーにらまれたし。あとで親から確認されたし」
「こえー」
「でも、それも我慢できる天使の微笑み」
「がまんできる」
「天使の微笑み」
ゴクリとか喉鳴らしてんじゃねーよ。
「……あ、案外、学園じゃなく、宰相家の意向だったりな。ルバート先輩も婚約に納得されてないみたいだし」
「否定できない、怖い。おにいちゃん圧力かけそう怖い」
「怖い、ルバートおにいちゃん先輩怖い」
確かに言える。そうかもしれない。
「でも、婚約解消が宰相家の意向ならワンチャンある?」
ねーよ、ばーか。お前にはねー!
「いや、あっても俺たちは無理だろ?」
「次回エスコート誘ってもいいか聞いた強者が、断られなかったらしいぜ?」
「社交辞令、社交辞令」
「釣り合うように頑張るって息巻いてた」
「……マジか、チャンスは……あるだと?」
「「「……」」」
無理だよ。むーりー。むりむりむーり!
「いや、でも、あのラストダンス……」
「完全に威嚇だったよな」
「教師に対しても威嚇してたよな」
「でも、威嚇するってことはさ」
そう威嚇するってことはさ。
威嚇しなきゃなんない、ってことなわけだ。
必死だね。王子様。笑えるぜ。
「「「ないないない」」」
「いや」
「でも」
「なぁ」
「「「夢くらいみたっていいだろ?」」」
夢ぐらい勝手に見ろよ。
オレは夢なんか見ないけど。
さて、今年の夏はここにいてもつまらなそうだ。
オレもバカンスへ出かけよう。







