23.舞踏会が終わる
光り輝くホールへ戻る。
さっきよりは少し息がしやすくなった。
カノンちゃんも踊っている。
良かった、コラールがうまく立ち回ってくれたのだろう。
「さぁ、僕のお姫様、一緒に踊ってくださいませんか?」
ジークが、恭しく礼なんてするものだから笑ってしまった。
「こちらこそ、私の王子様、よろしくお願いいたします」
私は差し出された手を取った。
ジークは慣れた手つきでリードする。
私もジークが相手なら慣れたものだ。
まるで氷の上をすべるように、軽やかに舞うことができる。
気持ちがいい。
「今日は一段と綺麗だね、アリア」
「まさか、ジークから定型文のご挨拶とは思いませんでした」
笑えばジークは軽く睨む。
「さぞやたくさん言われた様子だ」
「皆さんお優しいのですわ」
「まったく君は解って無い」
ヤレヤレと言ったように、ジークはため息を吐き出した。
「今日のドレスはいつもとは趣向が違うんだね」
「おかしいですか?」
「とても似合ってる。……ねぇ、それって僕の色?」
にっこりと笑うイケメンが眩しい。
こいつ、こいつもか! イケメンてわかってるよね?
言葉を失って目をそらす。
いや、ジークの色なんだけど、本人には言えない。
本来推しカラーなんてひっそり楽しむべきだった!
「噂は噂だったのかな?」
相手は追撃の手を緩める気はないらしい。
「……皆様の仰る通りですわ」
諦めて白状する。ジークの聞いた噂がどんなものかは知らないけれど、きっと、ジークの色に合わせたとか、そういうたぐいだろう。
その通りだが、正直不服だ。
「アリアがこんなかわいいことするとは思わなかった」
顔が熱い。
みんな私を何だと思っているんだろう。
青い血の流れる貴族だとでも思ってるのか! いや、貴族だった。
「子供っぽいとおっしゃる?」
「いいや、逆に、十五にしたらイケナイと思うよ」
「?」
スッと背中を撫でられる。
「っ」
ビクリと背筋が戦慄く。
「胸を隠すのはいいけれど、まだ、こんなに背中を見せちゃダメ。背中は不躾にみられていても分からないでしょう?」
ジークは背骨をなぞりながら、その手を腰に戻した。
「すごい目で、見られてた、知ってた?」
言葉もなくフルフルと頭を振る。
「まぁ、でも、ちょっと気分は良かったかな。皆が注目するアリアが僕の色なんてね」
ジークは顎をあげて威張るようなしぐさをするから、笑ってしまう。
「ジークもそんなこと言うのね」
「意外?」
「あまり聞いたことなかったから、嬉しい」
子供の頃から婚約者で、腕を組むのが当たり前で、好きだなんて言われたこともない。
言葉の多くは、要望や禁止に関わる言葉が多い。
綺麗だ、可愛い、それは言葉としてもらうけれど、単なる感想だと知っている。
可愛いうさぎにも、綺麗な宝石にもつける程度の言葉だ。
でも、さっきの言葉はジークの気持ちだった。
ジークに『気分が良かった』と言われたことが、本当に嬉しい。
ジワジワと喜びが満ちてきて、自然に笑顔になってしまう。
ジークは私を見て目を見張った。
そして、少し目をそらす。
「僕は……、もう少し自分の気持ちを口にした方がいいかもしれないね」
「そうですか?」
「どうしても、事実だとか、見てわかりやすいことを言葉にする癖がある。王族として、感覚で言うことは窘められてきたから、苦手なんだ」
「ジークにも苦手なことがあるのね」
「もちろんあるよ」
不本意そうに眉をしかめる。
「そうね、そうだったわ。レモンはまだ嫌い?」
「……本当に君には敵わないよ」
「苦手だったら、私のグラスと交換しましょ?」
そう笑えば、ジークも笑った。
「そうだね、これからもずっとそうして僕を助けて」
「ええ、もちろん」
そう笑えば微笑み返される。
自然にそうできるのが嬉しかった。
音楽が静かにフェードアウトしていく。
ダンスがゆっくりと落ち着いてくる。
ピタリ、どちらも同時に止まって。
思わず見つめあう。
翡翠色。エメラルドグリーン。海の色。綺麗な、綺麗なその色。
今日贈られた私への賛辞は、そのままこの人への賛辞だ。
ジークは私の手を取って、手の甲に口づけた。
シンとする空気。
固まってしまう私。
この国では、手の甲のキスは敬意の現れだ。
だから王族では、結婚でもしていない限りそのようなことはしない。
それを。
ワッと会場がわく。
私はそれを他人事のように聞いた。
「悔しいけど仕事だから」
ジークはそう言って、私の手をラルゴへ引き渡す。
「後は頼むよ、ラルゴ」
ジークがそう言えば
「私は仕事でなくてよかったです」
ラルゴが答えた。
仕事、かぁ……。
私は納得した。
固まってしまった身体がほぐれる。
政務としては良いデモンストレーションだったと思う。
学園内は、アリア過激派(カノン排斥派)、カノン擁護派、中立派(傍観、様子見を含む)に分かれていることが今回はっきりとしてきた。
特に、アリア引きずり下ろし派が、アリア過激派とカノン擁護派内にまぎれている様子も感じ取れた。
その中で、孤立気味になってしまった私の立場を守るためにしてくれたのだ、そういうことも分かる。
ジークの優しさだ。
アリアはまだ婚約者であると、カノンを保護していても、アリアをないがしろにするつもりではない、そう社交界的に表明したわけだ。
今の現状はそうするしかないし、ジークがどう考えているのか知らないけれど、効果は抜群だと思う。
でも、少し期待してしまった。
行為に嬉しいと思う反面、仕事という言葉に、悲しんでしまう自分がいて情けないと思った。
嫌だなぁ、汚いなぁ。
どうして純粋に喜べないんだろう。
欲張りな自分が嫌だ。
ジークとラルゴが一緒にいればそれでいいって思ってたのに。
カノンちゃんは可愛いし、お似合いだって思ってるのは嘘じゃないのに。
自分が側にいられない未来はやっぱり悲しい。
「アリア様?」
ラルゴが私の顔を覗き見た。心配しているのだろう。
「ううん、大丈夫。少し疲れちゃったみたい」
涙が滲みそうになる顔を隠すように俯けば、咎めるようにヘッドドレスの金の鎖が音を立てた。
もう少しだけ、好きでいさせてくださいと。
出来るだけ早く想い出にしますからと。
これ以上は望みませんから、許してくださいと。
縋るように言い訳をして、ジークの唇の当たった指先を、そっと自分の唇に寄せた。







