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22.少し一休み



 それから何人かとダンスを踊った。ダンスの合間にはご令嬢たちと話もした。

 総じて話題はケイリーと変わらなかった。

 簡単に言えば、ジークと私の関係の確認(婚約中であるか)、私のカノンちゃんに対する考え。

 ご令嬢たちは、それにプラス、ファッションについての話が多かった。カノンちゃんの服に関すること、私の服に関すること。嫌というほど比較される。

 私でも嫌なのだから、カノンちゃんはもっと嫌に違いない。


 どちらにせよ、悪意を持った人は、私から悪意のある言葉を引き出そうとしたし、そうでない人は穏やかに話してくれる。

 全部が全部敵ではないと分かっただけでも収穫だ。




「今日のアリア嬢はいつもとは雰囲気が違いまた麗しい」


 踊りながら気障ったらしい言葉を吐くのは、特別クラスの侯爵家の子息コラールだ。


 彼は見た目もうるわしく、言葉も巧みなこともあり、社交界の中心的な人物でもある。無論特別クラスだけあり優秀だ。

 出来ればカノンちゃんの味方に回って欲しい人物でもある。


「ありがとうございます、コラール様。あなたからそんな言葉をいただいたら、ご令嬢方に嫉妬されてしまいますわ」


 そう返せば、余裕のほほ笑みが返ってくる。


 コイツ、自分がイケメンだと知っている……!


「今日のドレスの趣向は、やはり殿下に合わせられたのですね?」


 確認するように問われた。

 

 そんなつもりなかったけど!

 

「無粋なことはお聞きにならないで?」


 さすがに、主従あわせです、なんて言えないから曖昧にぼかして笑ってみせる。


 コラールは、眉をあげて笑った。


「可愛いことも仰るのですね?」

「わたくしをどんな女とお思いだったの?」

「畏敬を込めて『社交界の雪花』と呼ばれているのはご存知でしょう」

「初めて聞きました。まるで雪女のように冷たいということかしら」


 わざと意地悪く答えてみる。

 コラールは小さく笑った。


「でも、今日はさながら暖かい海の女神のようだ」

「御上手ね」

「私はエメラルドグリーンの海に溺れてしまいたい巡礼者ですよ」


 キザか! キザだな!! 気障だよ!!!


「あら、でしたらあちらの春の女神にも巡礼なさったほうがよろしいわ」


 壁の花になってしまったカノンちゃんに視線を送る。


「……カノン、嬢ですか?」


 伺うように私の瞳を覗き込んでくる。

 きっと真意を測りかねているのだろう。


「ええ。あんなに可愛らしい春風を壁に押しやるなんてもったいないですもの」

「たしかに、そうですが……」

「私が手を取るわけにはいきませんから、ね」


 聡いコラールなら真意が伝わると信じたい。

 丁度曲が終わる。


「海の女神の申し出です。春風を中央へ届けましょう」


 コラールはそう明るく笑って、礼をした。



・・・


 コラールを見送って、私は中庭に出た。

 少し踊り疲れてしまった。

 ジークもラルゴも人だかりにつかまっている。きっと私の受けた質問と変わらないことを聞かれているのだろう。

 

 かわいそうに……。

 横の連携ないのかよ! みんな同じ質問するな!


 いや、ちがうね。わかってる、反応見たいんだよね、しってるわ!




 踊り自体もつかれるし、緊張する会話の連続で頭が痛い。

 ため息もつきたいところだが、あの中でそれは出来ない。

 私が明るく努めなければ、『心配』という善意の言葉が、悪意に変わってしまうから。


 ベンチに腰掛け、吹き抜けの空を見上げる。

 額縁みたいに切り取られた夜空に、星屑が点々としている。


「おつかれですね」


 声がかかって振り向けば、タクト先生がいた。


「そんなに顔に出ていますか? 情けないことです」

「そんなことありませんよ」


 タクト先生は隣に座った。

 珍しいブラックタイだ。今夜のパーティは生徒のもので、教師はお目付け役なのだが服装はドレスコードに準じている。


「あれだけ踊れば誰でも疲れるでしょうから」

「確かにそうですね」


 ホッとしてほほ笑む。


「少し休んでいきなさい」


 そう言って、細いグラスを手渡された。


「ありがとうございます」


 一口飲んでため息を吐き出した。


 やっとため息を吐き出せた。


 タクト先生が小さく微笑む。


「あの赤い星が見えますか?」


 天を指さしてタクト先生が言った。


「ひときわ明るい星ですか?」

「ええそうです。何かわかりますか?」


 中庭で切り取られた空は狭い。星に詳しくない私は、見覚えのない位置にある星に首をかしげる。


「よく見てください。他の星と違うんですよ」

「……瞬かない?」

「そうです。あの星は瞬かない」


 私はタクト先生を見た。


「不思議です」

「不思議ですね」

「なぜですか?」


 タクト先生は静かに笑う。


「他に瞬かない星を、貴女は知っていると思いますよ」


 ヒントだ。

 私は考える。星に詳しくない私でも知っていて、瞬かない星。

 考えあぐねて、タクト先生を見れば、先生は眼鏡を少しずらしてウインクした。

 銀色の目が悪戯に光る。


 だからそれ、ギャラクシー大爆発なんだって!!


 じゃないよ。ヒントだって。ヒント。


「! あ、月! ですか?」

「そうです。月はなんで瞬かないんでしょう? ほかの星と何が違いますか?」

「他の星より近い、から?」

「正解です。あの赤い星は惑星なんです。近くて面積の大きい分、大気の揺らぎの影響を受けにくいんです。だから瞬きが少なく見える」

「そうなんですね」


 私は何にも知らない。

 タクト先生は本当によく知っていて、そして導き方がとても上手だ。


「綺麗ですね」


 タクト先生が空を仰いで呟いた。


「はい、とても綺麗です」


 近くて自らは光らない惑星も。遠くて光り輝く恒星も。


「星は好きですか?」

「詳しくはありませんが、好きです」

「詳しいとか詳しくないということはさして重要ではありません。好きな気持ちが一番大切だと思いますよ」

「好きな気持ちから、知りたい気持ちって生まれてきますものね」


 そう笑い返せば、タクト先生は少し驚いた顔をした。

 そうして、少し考えるように顎に手を当てた。


「勉強熱心な貴女に、ちょっとした提案があります」


 タクト先生が悪だくみをするような笑顔を見せた。


「?」

「これが終われば夏休みです。その間に研修旅行として私の故郷へ行きませんか?」

「先生の?」

「ええ、私の故郷は彼の国との唯一の交易拠点です」

「そうなんですか!」

「ちなみに、叔父が辺境伯なので詳しいご案内ができるかと思います。無論、お一人でとは言いません。心配性のルバート君が黙っていないでしょうし、侍女なども必要でしょう。戯れの提案ですから、断ってもらってもかまいませんよ」


 正直うれしい。

 すごく嬉しい。

 憂鬱になりそうな夏休みだったから、是非行きたい、行けるなら行きたい。


 っていうか、お兄さま、先生にまで心配性認定されてるぞ。



「私はとても嬉しいです。行ってみたいです。でも、家が何というか……」


 ワグナー語の勉強に行くなんて口が裂けても言えない。


「公爵様を説得できるような形にすればいいのですよね?」

「ええ」

「さすがに言葉の勉強とは言えませんから、領地経営と天文学ではどうでしょう? あそこには大きな天文台があるのです。領地経営ならば、ルバート君も興味があるでしょう」


 お兄さまも一緒に行ってくれるなら安心だ。


「私の方から話は通しておきますので、貴女は公爵様に頷くだけでいいですよ」


 さすがに大人だ。頼もしい。


 私は何も立ち回らなくていいなんて!



「ありがとうございます! 楽しみです」

「いいえ。頑張っているのは知っていますからね。ご褒美です」


 タクト先生は笑った。


「え?」


 何を頑張ってるご褒美だというのだろう。


 勉強? だったらカノンちゃんだって頑張っている。

 ワグナー語はすでに楽しみの一部だ。


「ほら、王子様が貴女を探しているようですよ」


 窓越しにジークがみえる。


「ちゃんと見ている人は見ています。大丈夫です。あと少しで今日は終わりですよ」


 タクト先生は、一連のイジメ騒ぎのことを言っているのだと今わかった。


 何も言わないで、関係ない話ばかりしていたから、思いもよらなかった。

 考えれば。カノンちゃんとも関わっていて、直接話を聞いているはずだったのだ。

 それなのに、嫌われていても不思議ではないのに普通にしてくれていた。

 

 知っていて、わかっていて、私に息抜きをさせてくれたのだ。


 思わず涙がこぼれそうになる。


 こんな風に優しくされると思わなかったから。



「ああ、ダメですよ。あなたを泣かせたらルバート君に殺されてしまう」


 タクト先生は茶化すように笑った。


「大袈裟です、先生」

「そうでもないですよ?」


 つられて笑えば、先生は首をかしげる。


「さぁ、グラスをください。私が片付けておきましょう」


 グラスを差し出せば、指と指が触れあった。


 グローブ越しに先生の熱を感じる。


「アリア!」


 ジークの声が耳に飛び込んできた。

 先生はもう立ち上がっていた。


「こんなところにいたんだ。探したんだよ」

「すみませんでした」


 探されているとは思わなかった。素直に頭を下げる。


「では、後は王太子殿下にお任せしました」


 タクト先生はそう言って、中庭を後にした。


「何の話をしていたの?」


 ジークが怪訝そうな声で聞く。


「星を教えてもらっていました」

「星? 歴史学の先生でしょう」

「ええ、博識で星にも詳しい方でしてよ」

「ふーん……? アリアは先生と仲いいの?」

「先生に向かって仲が良いなどと……ただ、私が教えを請いに行くだけです」

「ふぅぅん?」


 なんだか不機嫌な顔だ。


「ジークはどうして私を?」

「どうしてじゃないだろう。もうじきラストダンスだ。今日は僕と踊って無いんだから、最後は僕と踊ってもらうよ」


 ジークはそう言って私の手を引いた。



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