21.決戦な舞踏会!
舞踏会の日がやって来た。
肌や髪、爪の先まで綺麗に磨き上げられている。
ドレスを身につけ、ペルレが綺麗に化粧を施してくれる。
髪はラルゴが結ってくれた同じ形に結い上げられ、その上に緑色のレースのヘッドドレスが付けられた。
ヘッドドレスには、緑と金の宝石が果実のようにちりばめられ、ゴールドの鎖が雫のようにたれていて、動くたびにチラチラと涼やかな音を立てる。
とても綺麗だ(自分だけど)。
満足してほほ笑めば、鏡の中には完全無欠の淑女がいた。
うん悪役令嬢にコスプレ完璧! 擬態完了!
社交戦場に乗り込むには、完璧なアーマードスーツだわ!
ペルレが満足気に頷く。それを見て安心した。
ラルゴが迎えに来たので、私は家を出た。
ある意味出陣だ。法螺貝の音が頭の中に響く。
エスコートはいつも、お兄さまかジークだった。
だから正直、ドキドキする。
もちろん不安も大きいが、ラルゴなら大丈夫という安心がある。
恐怖とは違うドキドキだ。
「ラルゴがいてくれてよかった」
ホールの入り口で、手を引いてくれるラルゴに告げた。
ラルゴは穏やかにほほ笑む。
「光栄です」
そう言って、ラルゴは腕を差し出した。私はラルゴの腕に手を絡ませた。
息を吸って、最後の擬態を完了させる。
重くて大きなドアが開かれる。
室内楽団の音が漏れる。
眩しいシャンデリアの光。豪華な金の彫刻。天井画の天使が笑っている。
息もできないくらいの視線。悪意が感じられるのは被害妄想だろうか。
慣れていたはずなのに、なぜか心が騒めく。
いつもはこんなに不躾な視線だっただろうか。
きっと、今まではこの視線をジークが独りで引き受けてくれていたのだ。
それを今日は二人で耐えなければならない。
怖い。
体が震える。
ラルゴが力強く絡んだ腕を引き寄せた。
私は腕に縋りつくように距離を縮めた。
「ここにいる誰よりもあなたは綺麗だ」
ラルゴがらしくもなく呟いたから、思わず笑ってしまった。
勇気づけるためだろう。
大丈夫、自分に言い聞かせる。
ラルゴがいるから、大丈夫。
私は背筋を伸ばし、視線に向かってほほ笑んだ。
一層のどよめきが起こるから、私はゆっくりと周囲を見回して、これでもかと優美な作り笑いを披露した。
大円舞曲が鳴り響く。始まりの合図だ。
中央でジークとカノンちゃんが踊りだす。まずは、男女の首席のこの二人。
その後は、自由だ。
ああ、お似合い。
私の選んだドレスが良く似合っている。可憐で可愛いからこそ着こなせるドレスだ。
まるで春の女神が舞うようで、周りがみんな桃色の空気に染まる。柔らかくなる。
それを見れただけでも、私は十分だと思う。
たどたどしかったステップは、大分上手になったと思う。たくさん練習したのだろう。
ジークはダンスが上手いから、リードもフォローも上手だ。
私もそうやって助けられてきた。
でも、これからは。
音楽が変わった。
「アリア様」
ラルゴの声に頷いて、私たちもフロアに出る。
ラルゴとは小さいころから練習でたくさん踊って来た。だから、お互いに癖や間合いなどよく分かっているから気安い。
「新しいドレス、とてもよくお似合いです」
ラルゴはよく気が付く。
「ありがとう。ラルゴに合わせてドレスを作ったのよ。初めての色味だったから心配だったの」
「私のためですか?」
「ええ。いつもはジークに合わせるから色が暗いでしょう? 今日は明るい色が良いかと思って」
そう言えば、ラルゴは顔を赤らめて、一瞬言葉を失った。
「ラルゴ?」
「嬉しい」
グッと腰に回された手に力がこもる。
「嬉しいんです。今日はアリア様をガッカリさせていると思っていたので」
「あら、なんで?」
「私では殿下の代わりにもならないでしょう」
「ラルゴをジークの代わりだと思ったことなんかないわ」
ジークはジークだし、ラルゴはラルゴだ。
黒い瞳が柔らかく光って綺麗だ。
吸い込まれてしまいそう。
「アリア、様」
「逆に私が、ジークの代わりよ?」
そう言えば、ラルゴは真顔になった。
そして苦笑した。
「それで、その色なんですね」
「気が付いた? ラルゴの隣にはジーク、だもの。ジークの色にしてみたのよ」
ラルゴはため息交じりに笑う。
「私はてっきり……、ジーク様以外は認めない、という意味かと思いました」
「へ? あ、うそ! そういう意味じゃ全くなくて!」
指摘されて顔が真っ赤になる。
ちょっとそれは考えていなかった。
武装方法間違えた??
焦って足がもつれる。シャラリとヘッドドレスが音を立てた。
よろめく私をラルゴがフォローする。
いつもいつも、ラルゴには迷惑をかけてばっかりだ。
だから、ラルゴにも少しだけ言っておこう。
きっと迷惑をかけるから。
「正直ね、私はジークにふさわしくないんじゃないかって思う時もあるの」
「そんなことは」
「ないように、頑張るけれど、もしやっぱりダメだったときは、私の分までジークを助けてね」
ジークの隣にはラルゴ。
そうあってくれれば、ジークはどんなことがあったって幸せでいられるから。
「そんな……王太子妃にならなくとも、私はアリア様をお慕いしております」
「ラルゴ、ありがとう。私、あなたと出会えてよかったわ」
「もったいないお言葉です……私の姫君」
ラルゴはふわりと笑った。
懐かしい。騎士ごっこのセリフだ。
「もう、馬鹿にしているんでしょう!」
ダンスに紛れて軽く胸を押し返す。音楽に合わせて離れれば、同じようにダンスに合わせて強く引かれる。
軽妙なやり取りが楽しい。
「本気です。アリア様に頼られるのは嬉しいんですよ」
「ラルゴは私を甘やかすのが上手ね」
クルリとターン。
ラルゴが微笑む。
クンと力強く引き寄せられて、胸の中にすっぽりと納まる。安心する。
「もっと、甘やかしたい」
いつもとは違う声色に、驚いて見上げれば、夜のような瞳に捕らわれた。
音楽が、止んだ。
「? ラルゴ?」
声に出したら、顔が赤くなった。
いやいや。そんな声で言われたら、恋愛免疫低いから誤解しちゃうよ。
特別な目で私を見ていると、誤解したくなってしまう。
違う。ちゃんとわかってる。
ジークと共に、三人で一緒にあるために、彼が力を貸してくれていることはわかってる。
「少し、休憩しますか? 顔が赤いです」
いつもの優しげな瞳の色に戻って、安心した。やっぱり深い意味なんかなかった。
「え、ええ」
「独り占め、しないでくれよ。ラルゴくん」
後ろから声がかかり、振り向けばブラックタイの男子がいた。
ラルゴが無表情になる。
「私もお相手をお願いしたいのですが」
優雅なそぶりで手を差し出す。
私は少し驚いた。
公式なパーティでは、ジークや王室関係者、賓客を相手にしていることが多く、それ以外の人からダンスに誘われることはまれだ。
そういう意味で、不特定多数の相手をするのは慣れていないといってもいい。
しかも、今日の舞踏会でもこんなに早く誘われるとは思っていなかった。
なんといっても、イジメの主犯の悪役令嬢だと思われているのだろうから。
でも、きっとだからなのだろう。
探りたい、そういう部分がきっと大きい。
私はにこやかに微笑んでその手を取った。
今日のパーティは戦場なのだ。
気を引き締める。
出来ることをしなくてはならない。
「光栄ですわ、ケイリー様」
一般クラスの伯爵家の子息だ。友人も多く社交的。婚約者はいないはずだ。
まずはこの人に、カノンちゃんへの害意がないことを知ってもらいたい。
「おや、私の名前をご存じだとは思いませんでした」
学校内の人物はこの数か月で覚えた。
だてに前世で中小企業で人事・経理・秘書兼任してたわけじゃないからな。私が有能なわけじゃない。単に空前絶後の人手不足で、総務という名の何でも屋だっただけだ。
しかし、半年で従業員全員と取引先役員の顔と名前を覚えさせられた、無駄だと思ったこのスキル、役にたってよかった!
課長ありがとうございました。あの頃、恨んですいませんでした。あと、もしかしたら干物女の孤独死変死体発見させてすいませんでした。でも、あの部屋見たなら爆発して。
「有名でしてよ? リードがお上手と伺っています」
「そんなことは……」
「是非一度ご一緒したかったのです」
そう言って社交用に微笑めば、握った手に力が込められた。
「それは、嬉しい」
ケイリーは嬉しそうに笑った。
ケイリーのダンスは巧みだった。ジークやラルゴにも劣らない。
ただちょっと、リードが強引で、自分が踊らせたいように相手を導く節がある。
ちょっと、踊りにくいな。
そう感じながらも、頑張ってついていく。
「少しお伺いしたかったのです」
「何でしょう?」
「今日はなぜ、従者殿がエスコートを?」
ついに来たよ。
頑張れ自分。
「あら、ラルゴは私の従者じゃなくてよ?」
屈託なく笑って見せる。責めているように見せたくはないが、嫌味には嫌味で返す。
ラルゴ馬鹿にすんな。
ラルゴはある意味、ジークよりいい男だぞ!!
「ああ、すいません。そうですね」
「ラルゴが誘ってくれたのですわ」
「王太子殿下ではなく?」
「ええ、学園内では今後、殿下がカノン嬢をエスコートすることになりましたので」
「あなたが婚約者なのに?」
「ええ、社交に不慣れなあの方をサポートするにはそれがよろしいかと、殿下とわたくしで決めました」
暗に二人で決めたのだと釘を刺す。
私は承知していると理解してほしい。
そして、私もカノンちゃんをサポートするつもりなのだと伝わってくれれば。
「しかし、皆が心配をしています」
暗に、私がジークの寵愛を失った、そう思われているということだろう。
アリアとカノン、どちら側につくか、そういう算段が行われている。
「皆様お優しいから……、でも、そう目くじらを立てることでもありませんのよ? 学園内の非公式なパーティですもの。余興というものですわ」
婚約者の余裕を見せつける。
「でも」
「おかげでわたくしは、ケイリー様と踊れます」
ケイリーの瞳を見て、にっこりと微笑む。
わかれ。わかってくれ! 伝わってくれ!
「今までこういう機会がありませんでしたから、わたくしも楽しんでいるんです」
ダメ押ししてみる。
グン、と強引に腕を引かれる。
胸にぶつかりそうになって、慌ててのけ反る。
「では、次は私がエスコートを申し出ても?」
伺うような瞳とぶつかる。
優雅にほほ笑む。クルリとターンして離れる。
「ええ、構いませんわ。……選ぶのはわたくしですけれど」
約束はしないと伝わるだろう。
「アリア様……」
ケイリーは熱っぽい目でため息をつく。そして小さく頭を振った。
「ええ、選ばれるようにならねばいけませんね」
私は無言で笑って答えた。







