16.承知しておりますとも
アリア視点に戻りました。
ここはヴォルテ公爵家の中庭だ。
そして、私の正面に座るのはジークフリート・アドゥ・リビトゥム王太子殿下。
その右隣に同じように腰を掛けるのは、彼の従者ラルゴである。
中庭の零れ日が、ジークの髪に降り注いで光り輝く。少し癖のある髪は、柔らかな昼下がりの光そのものだ。愁いを帯びた瞳は、いつもの刺すような光はなりを潜め、翡翠のように光度を落としている。それさえも美しい。
隣に控えるラルゴは、ジークのそんなありさまを見て、少し呆れたような顔をしている。漆黒の髪はカラスの濡れ羽色で、黒の中に様々な光が見え隠れしている。それは彼の隠された魅力と同じだ。揃いの黒目がちの瞳は、黒真珠のような優しい光でジークを包み込む。
はう! 眩しい。
中庭に案内して大正解だったわ!
美しい主従が隣り合っている! 尊い……。
これで左右が逆なら完璧なのに!!
はっ、絵師、絵師を呼んでおけば良かった!! 悔やまれる。
いや、神絵師を召喚する魔方陣、魔方陣はどこ!?
ではない。私。落ち着け私。
この愁いを帯びたジークの様子から、多分、あんまりよくない話だ。
うん。
すでに一学期も終わろうとしているが、実はあれから、カノンちゃんに対するイジメがはじまってしまったらしい。
先生方にも様子を聞かれたり、周りの令嬢の話からも私があたかも首謀者のようになっている気配を感じる。
狙ったわけではないのだが、組紐を友達や恋人で贈り合うことが流行ってしまい、彼女はそれをもっていないことから、『アリアに許されていない』という流言がまことしやかに囁かれている。
その上、ハーバリウム作りの集まりにも、彼女は来なかったから、噂が事実として決定的になってしまった。
もちろん、誘ったよ、私は。
でも、来れないよね。イジメの主導と思われる人物主催の、しかも、周りはその仲良しがくる集まりとか、来れない。
私だって無理だよ、そんなん。絶対、シメられると思う。
もちろん私だって、現状は嫌だから何とかしたいけど、この私への忖度から始まったイジメに口出ししても無駄だった。気にしなくて良いだとか、なんだとか言って人の話を聞く気がない。もしかしたら、敢えて、なのかも知れなかった。
こうなったら、大人が介入してくれよ……誰か助けてよ、って感じなのだが、学園の先生というのは、学生時代のスクールカースト上位者だから、やることが外れてる。
だいたい、悪化させる。
カノンちゃんは、王国で保護されている特別な人間だとホームルームで通告し、だから、王子がフォローするとしたのだ。
お陰で彼女はさらに嫉妬の対象となり、陰湿なイジメが止まることはなかった。
その状況を何とかしたいと、イジメをしそうなグループとは距離を取っているせいで、私自身も孤立ぎみ。
これは致し方ないと思っている。
ボッチ慣れてるし。
そんなわけで、ジークとラルゴはカノンとたまにランチをしていて様子を見ているようだし、タクト先生も一緒にいるところを見た。
ゲーム的には順調に進んでいると言うことだ。
となると、周りの私の心象も悪くなっているわけで。
なんてったって悪役令嬢ですからね。
チラリ、正面に座る二人を見た。
いや、でも、めっちゃっカッコイイ~!!
悩みも吹っ飛ぶ有りがたさだ。拝みたい。
いつもとは違う憂鬱そうな主を、見つめる従者……。なんて尊い。
はぁ……いつまでも見ていたい……。
ジークはすがるような眼で、ラルゴを見つめた。
ひっ! なにこれ! 何があったの? 二人の間に何があったの??
ラルゴは、無表情で頭を振った。拒絶の合図だ。
うがぁぁぁぁ!! ラルゴ! 何かお怒り? ジークがラルゴ怒らせちゃったの?
なにした! 昨日の夜(誰も夜とは言ってない)何があった!!
二人がセットでいてくれたら、私なんにでも耐えられる!
「アリア……」
ジークの戸惑いがちな声が響いて、現実に引き戻される。
「……はい」
私も緊張して答える。
「やっぱり、ラルゴから」
「なりません、殿下」
ピシャリと撥ね付けるラルゴ。
項垂れるジークがかわいい。
てか、こんな感じだったっけ? ゲームのジークはもっと王子様感が半端ない感じだったと思うけど、あれか、好きな子には良いとこ見せたい的なあれか。
ジークは覚悟を決めたようにため息を深くついた。
「アリア、落ち着いて聞いてほしい」
ギクリ、体が強張る。
もうフられるのか。展開早くないか。いや、傷が浅いほうが良いのか? ジークとは婚約者とは名ばかりで実際問題恋人らしいことはほとんどなかった。
この間の保健室をのぞけば。
たしか、ゲームでフられるのは一年の三学期。どんな展開になったとしても、学年度の終わりのパーティーに合わせて、ゲームは終了するはずだ。
ハピエンならそのパーティーでお披露目があるからだ。
進行が早まっているなら仕方がない。
フられるにしても、穏便にフられるならそれの方がいい。
殺されたり、まあ、それはそれでいいかも、いやいや家に迷惑が、まぁ、それよりはいいはずだ。
あれを良い思い出に、残りの人生心に抱いて生きていこう。
まだ、ワグナー語は良く分からないけれど、頑張ろう。
「なんでしょう」
努めて平静に答える。
「相談が……いや、お願いがある」
「何なりと」
答えれば、ジークは気まずそうに目線をそらした。
これは、覚悟を決めなければ。
「とても言いにくいことなんだが」
そう言ってジークは黙りこんだ。
ジークは優しいなぁ。
自分の好きな子をイジメてるかもしれない女に気を使って。
だったら、私が嫌な役を引き受けてあげよう。
重責を伴うジークが、少しでも楽になれるように。
「気になさらないでください。私は承知しております」
笑顔をつくって見せる。心配をかけてはいけない。
少しでもいい思い出として残りたい。
恋人としては無理だったかも知れないけれど、幼馴染みとしては大切な友人でありたい。
それも、無理なんだろうか。
「誰かから聞いたのか?」
「いえ、聞かなくても察しがつきます」
「では、」
「ええ。好きな方ができたのなら、婚約はなかったことにいたしましょう」
そう一気に言い切れば、ジークは顔を真っ青にした。
「な、な」
こんなにジークが驚いた顔は初めて見た。
もしかして、公爵家の方を心配してるのだろうか。国を担う人だから、心配事も多くて大変だ。
「私の家から異存はありませんので、ご心配はいりません。もともと家の決めた婚約でしたし」
安心させるようにもう一度笑う。
私は隣に居られなくても、ジークとラルゴさえ一緒に居てくれれば生きていけるから腐女子ありがてぇ。
「違う!!」
いきなり怒鳴られてビックリした。
ゲームで見るジークは主人公に対して怒ったりしなかったからだ。
そっか、私、主人公じゃないしね。
「婚約破棄はしない!」
「は? でも」
「ラルゴ! 笑うな!!」
え、ラルゴが笑ってる?
見れば、微かだがラルゴの唇が綻んでいる。
さすが、よく気がついたな! 主従万歳!
「まったく、君たち兄妹は……」
「お兄さまがなにか?」
「いや、いい」
いや、くわしく! そこくわしく!!
「きちんと話をしようとしなかった僕がいけない。君にはきちんとわかって欲しい。少し話を聞いてくれ」
ジークは不機嫌そうにそう言った。
そして、スゥと息を吐き、政務用の顔立ちになった。
もう、プライベート用の顔で話してもらえないんだな。
チクリと胸が痛む。
「僕からの話は二点。一つは決定事項の連絡、一つは相談とお願いだ」
「はい」
ゴクリと私は息を呑んだ。







