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15.おにいちゃんの言い分

ルバートおにいちゃん視点のお話です

 俺はルバート・ドゥーエ・ヴォルテ。アリア・ドゥーエ・ヴォルテのおにいちゃんである。

 さらに、シンフォニー学園の生徒会長であり、グローリア王国宰相の息子でもある。

   

 ここは生徒会室。

 会議の始まる前に、クーラント・サルスエラと話すのがいつもの流れだ。

 彼は辺境伯の知り合いとかで、遊学でこの学園に来ているのだ。生徒会の運営も学びたいと、こちらに出入りもしている。

 茶色の髪に黒いサイドメッシュの入った髪。タイガーアイの瞳は魅惑的で、人懐っこい性格から友人は多いようだ。

 この国での階級には属さない男だから、誰にでも対等に口をきく。

 それが俺には面白かった。

 それ以上に面白いのは、この男、俺の前で平気でアリアを非難するのだ。


 アリアへの賛辞は聞き飽きた。

 というか、大体はムカツク。

 俺の方が良く分かっているのに、お前が言うなという思いがどうしても強くなる。

 だが反対は珍しい。



「アリア嬢ってさ、王太子の婚約者だから調子にのってんの?」


 今日もいきなりこれだ。

 周りにはほかの生徒会役員もいる。ジークとラルゴもだ。

 みんな俺たちの会話には口を挟まないけれど、当然のごとく聞いている。

 空気が冷えたのを感じる。


 特に二人からの殺気がすごい。ガキだな。笑える。


「王太子妃候補って理由で、調子にのる感覚がわからないけどな」

「そりゃ、この国で一番の男の妻になる約束がされてるんだ。調子にものるでしょ」

「誰が、一番だって?」

「ジークフリート王太子殿下」


 鼻で笑ってしまう。あんなのは、一番なんかじゃない。不愉快で仕方がないがアリアが好きな男だから許してやっているだけだ。妹の幸せが最優先だからだ。

 そうでもなければ婚約なんかさせない。でもそれは、ジークには絶対に教えない。

 それこそ調子に乗られてしまう。


「ちょっと、その態度、不敬じゃないの?」


 チラリ、クーラントがジークを見た。

 目が殺気だっている。


 ジークもラルゴもそろそろ我慢の限界か?

 まあ、気に入らないのは分かるから、お兄ちゃんがちゃぁんと刺してやるから、我慢しろ。


「なにがだい。一国よりアリアの方が大切だろう?」


 そう笑えば、クーラントは悔しげに眉をひそめた。


「そんな良い女には見えないけど? アリア嬢がカノン嬢をイジメてるってもっぱらの噂だし」

「アリアが?」

「そう」

「俺は聞いていないがな」


 実際、家では話題にならない。

 ただ、良く思っていないとしてもそれは納得できる。


「カノン嬢、あのクラスに馴染めずに、ひとりぼっちでランチしてるらしいよ」

「みたいだな」


 それは噂になっている。実際俺も見たことがある。

 中庭の片隅で、動物に囲まれて弁当を食べるカノン嬢とも話もした。

 好感の持てるご令嬢、俺の中の評価はそうだ。だから学園内での立場は不当だとも思った。


「組紐も持ってないみたいだし」


 確かに持っている様子はなかったが、贈ってくれるものがなければ自分で買って付ければわからないだろうに、そう思う。

 もしくは、遠回しに知り合いの男に強請ればいい。

 貴族の中で生きていくには、まだまだ立ち回りが下手、そう思うのは俺が冷たいのだろうか。


「で、それがなんだい?」

「だから……兄として注意するとか、そう言うことはないわけ?」

「ないよ」

「ちょ、イジメだよ? イジメ絶対ダメでしょ。生徒会長」

「アリアなら何か考えがあるだろう」

「考えがあるとか、そんなの関係ないでしょうよ」

「ああ、そうだ関係ない。理由があってもダメなものはダメだ。だったらイジメをするのに理由がなくても別にいい」


 気に入らなければイジメるのだ。たとえ相手がどんなに完璧だったとしても、完璧を理由にしてイジメる。イジメはそういう構造のものだ。


「おいおいおい、いくらシスコンでもダメでしょ」


 呆れたようにクーラントが返すから、俺は薄く笑った。


 わざと大きな声で騒ぎ立てるクーラント。

 意図がわからないほど馬鹿じゃない。


 ただ、俺は意味もなくアリアを庇ったりしない。事実は聞いていないし、確かめていないからだ。

 それに、それが本当にしても嘘にしても、アリア自身で解決する問題なのだ。

 公爵家の令嬢として、自分に降りかかる悪評くらい自分で対処するのは当たり前だ。というより、それも計算かもしれない。

 王太子妃を降りる決心がついたのなら、そういう手を使うやり方もあるだろう。上手いやり方とはいいがたいが。


 だから、俺は口を挟まない。擁護もしなければ非難もしない。

 助けて欲しい時は、助けを呼ぶはずだ。

 そうしたら、何をおいても、どんな手段を使っても助ける。

 それまでは、アリアの意思を尊重して静観する。



 ただし、アリアの意図が分からなくても、俺自身の方針は変わらないから表明する。

 

 ジークもラルゴも聞いている。

 ほかの連中も注目している。


 だから、聞け。



「意味が分からない。アリアがすることだったら、自殺以外は何でも許す」

「は?」

「自殺は許さない。アリアであってもアリアを傷つけることは許さない」


 お前たちには覚悟があるか。

 アリアが何をしても、アリアを守る覚悟があるか。

 どんなアリアでも、アリアと認める覚悟があるか。


 無いものは去れ。アリアに近づくな。


 刺すのはクーラントだけじゃない。

 ジーク、ラルゴ、お前らもだ。



「そうじゃねーだろ?」

「それに、アリアに疎まれるとか、イジメられるとか、ご褒美でしかない。アリアに関心を持たれるんだぞ? うらやましい」


 そう言って笑えば、クーラントは引きつった顔をした。

 笑うことすら忘れたらしい。



「まぁ、冗談は置いておいて」


 俺はクーラントを流し見た。挑発するように薄く笑う。


「君はアリア自身を知ってるのかい? まだ知らないなら……そう。君、知らないうちが身のためだ」

 

 彼女を正しく理解して、側にいるのは一部の人間だけだ。

 あとは知らずに、毒されている。

 あの組紐のように。

 気が付けば、伝染病のように感染して、自らその紐に絡まる。



 クーラントは引きつった顔で、声を絞り出した。


 おや、この男でもこんな顔をするんだな。

 なかなかに面白い。


「知ったら、どうなるのさ」


 俺は肩をすくめる。

 コイツは、もうアリアに捕らわれている。アリアを見てる。目が離せない。だから、アリアを非難する。


 まったく、アリアには困ったものだ。

 だからおにいちゃんは心配なんだ。


 面倒な奴ばっかり引き寄せて。

 それも無自覚であぶなっかっしい。



「身をもって知ってみるかい?」


 そう笑えば、ゴメンこうむる、とクーラントは両手を上げた。


 まぁ、すでに君は手遅れだけどね。



 俺は笑って見せて、クーラントの名前の後に(要注意)と付け足した。

 


・・・



 アリアは俺の宝物だ。

 幸せになって欲しい。誰よりも。そう誰よりもだ。

 六歳の時に決心して、今もその想いに変わりはない。

 


 俺とアリアの母は、俺が六歳、アリアが四歳の時に他界した。

 葬儀の日には、豪華すぎる喪服が用意されていたから、俺たち子ども以外はきっと死期を知っていたのだと思う。

 

 あの日、白いドレスに身を包み化粧を施された母を見て、美しいと思った。

 プラチナブロンドの髪、切れ長の目元、ツンととがった鼻先。ただ、その夕暮れ色の瞳は二度と開くことはなかったけれど。

 アリアは花に囲まれて眠る母を見て、はしゃいだ。

 物語のお姫様みたいね、そうはしゃいだ。


そうやってなにも分からず笑う彼女の手を引いて、俺は涙をこらえていた。

 公爵家の人間として、泣いてはいけない。弱みを見せてはいけない。どんな時でも、毅然としていなさい。

 母が亡くなったのを教えられた瞬間、父は俺たちに釘を刺した。悲しむ暇も与えなかった。

 なんて冷酷で、無慈悲な宰相なのだ、そう思った。



 父は微動だにしない無表情で、最期の儀式を取り仕切る。

 深く掘られた穴に、母の棺が納められ、その上に土がかけられた。

 その瞬間、俺の手を振り払って、アリアが駆け出した。

 父の持つスコップに縋りついて、大声で泣いた。


「おとうさまのばかー!!! そんなことしたら、おかぁさまが、しんじゃうでしょ!? しんじゃうでしょ??」


 わんわんと大声で、ポロポロと大粒の涙をこぼし、アリアは泣いてスコップに縋りついた。


「……ど、きなさっ」


 父の声が詰まる。

 俺の頬に熱が零れ落ちた。

 沢山の嗚咽が響いて、周りを見れば紳士淑女が目元を抑えていた。


「いやよ! どかないのよ! アリアはどかないのよ! おかあさまをまもるんだから!」


 そう言ってアリアは泣いた。

 父はスコップごとアリアを抱きしめた。


「アリア……お母さまを静かに寝かせてあげておくれ」


 父の声が響いた。


「いやよ」


 アリアが頭を振って抵抗する。


「アリア……お願いだから、アリア」

「いやぁ」

「もう、お前のお母さまは神様に召されてしまったんだよ」

「神様に……?」

「天使のような人だったから、神様にお仕えすることになったんだ。体があっては天には登れないから、置いていくんだよ」


 父の鼻声を俺は初めて聞いた。


「だって、アリアのおかあさまなのに」

「アリアのルバートのお母さまは、私の……天使は……。早く神様にお会いになって、お前たちの幸せを……」


 父はそこまで言って、そこから先は嗚咽だった。

 俺は父の元まで行って、父とアリアを抱きしめた。母の代わりに、守りたいと思った。そう思いながら、二人に顔を埋めて俺も泣いた。


 泣いていない者などいなかった。

 最後の父は、宰相でも公爵でもなく、ただの男だったのだと思う。


  

 すでにあの葬儀の時には、父の再婚話が上がっていたらしい。

 しかし、この葬儀の様子でその話は立ち消えとなり、父はいまだに後妻を娶る様子はない。

 これでよかったと思う。

 あの父はきっと、母しか愛せないに違いないから。




 あの日。

 父も俺も、アリアのおかげで、きちんと母を送ることができたのだ。

 アリアは心のままに生きて、父も俺も、母の尊厳さえも守ったのだ。

 そして、そうやってくれたアリアに俺は感謝して、彼女を幸せにすると決めた。

 どんな時も、いつでも、アリアがどうあっても、俺はアリアがアリアのために生きるなら、それを尊重する。



 重度のシスコン?


 当たり前だ。


 妹がかわいいのは当たり前なのだ。






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