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13.悪趣味な目

ある人のある目線の話2


 サロンの物陰で、オレはじっと身を隠してあの女を見ていた。



 アリア・ドゥーエ・ヴォルテは、特別クラスの令嬢のなかに君臨する女王様だ。

 皺はおろか埃一つついていない制服は、まるで彼女のためにデザインされたかのようだった。

 履いているかどうかわからないほどの薄い絹の靴下は、この国の最高峰のものだと一見すれば分かったし、傷一つない布張りの靴からは所作の美しさが想像できた。

 今もサロンに取り巻きを集めては、盛大な自慢を繰り広げている。




 昨日の成績発表で、あんなに屈辱的な思いをしたはずなのに、なにも無かったような女王ぶりに吐き気がする。

 少しは泣き顔でも見せるかと思ったのに、プライドの高い女。誰も信用してない女。



 あの女は、胸元に隠していたペンダントをこれ見よがしに引っ張り出して、取り巻きのご令嬢方に自慢を始めた。

 小さな香水瓶に紫の花を詰めたものだ。ハーバリウムというらしい。


「素敵な瓶ですわね。どちらのもの?」


 取り巻きの一人が問う。


「昔、頂いた物だから分からないの」


 困ったようにアリアは答える。


「もしかして殿下からの贈り物?」

「ええ、そうなのよ」


 自慢げにほほ笑んで見せる。ムカつく女だ。


「まぁ素敵!」

「中の砂金は白金ですのね? 珍しい……」

「こちらはラルゴが昔集めてくれたものですわ。白亜の海岸にあるそうですのよ」

「ラルゴ様が! 土の魔法をお持ちですものね」

「ええそうなの。幼いころに練習で集めてくれたのよ」

「では、売り物ではないのね……」


 残念そうに令嬢の一人がつぶやいた。


「でも、ペンダントに紐を使うなんて斬新ですわね」

「プライベートなものだからあまり凝ったことはしたくなくて。お兄さまから頂いた紐があったから使ってみたのだけれど、やっぱり子供っぽいかしら?」

「いいえ! 可愛らしいですわ!」

「組みひもはアリア様が編まれたの? とっても難しい花の形ですけれど」

「侍女がやってくれたのよ。私、こんなに器用なことできないわ」


 謙虚に笑って見せるけど、そんなのは見た目だけだ。



 全部自慢。全部牽制。全部全部厭味ったらしい。


 王太子からの寵愛を受けている自慢。

 その従者とすら、幼いころからの信頼関係があることの自慢。

 妹思いの優しい兄の自慢。

 才能のある侍女を持っている自慢。


 それらをすべて手にしている自分に、対抗などできないと暗に牽制しているのだ。


 普通の子女では側にさえ寄せ付けない格の違いを見せつける。

 自分で手に入れたものではないものをひけらかして、最低だ。


 生まれながらの王太子妃。


 そう言わんばかりのたたずまいだった。



 空中庭園ではオレのことばかり見ている癖に。

 簡単に体に触れさせて、愛しむように触れる癖に。

 だらしない顔をして、俺の手の匂いなんか嗅いで、胸に顔を埋める癖に。

 そんなこと微塵も感じさせないくらいに仮面なんか被って。



 嫌な女、嫌味な女。

 何から何までムカツク。

 どうせ、全ては家の力だ。

 どうせ、親の決めた結婚の癖に。 



 全部奪ってやったらどんな顔をするだろう。

 婚約者に愛想をつかれ、従者に冷たくされ、家からも見捨てられたら、さすがにこの女の仮面も剥げ落ちるに違いない。


 その顔をオレに見せたら。

 そうしたらオレは情けをかけてやっても良い。


 この国にいられなくなったら。

 逃げ出したくなったら。

 縋るものがなくなってしまったら。


 オレが手を引いてやろう。




 そう考えたら愉快だった。


 だったら、はじめは何から奪おう。






・・・





 ここは生徒会室だ。

 生徒会の会議までまだ少し時間があるが、人が集まり始めていた。


 オレはわざと大きな声で話しかける。


「アンタの妹、また自慢大会開いてたぜ」


 吐き捨てるように言えば、向かいの男ルバート・ドゥーエ・ヴォルテが目を細めて笑った。


 彼はアリアの兄であり、あの女を溺愛している。

 だがどこまであの女を溺愛できるのか。

 どうせ、自分にとって邪魔になれば厭うに違いない。


 周りの人間が耳を澄ませて聞いているのがわかる。


「ああ、アレを見たのか。可愛いだろう?」


 可愛いわけあるか。ばーか。


「嫌味なだけだろ」

「そうか? あのペンダントの組紐は昔俺がやったものなんだ」


 そう言ってルバートは誇らしげな顔をした。


「へー知ってる、自慢してたからな」


 馬鹿らしい。それがなんだ。


「彼女がああやって、皆の前で手放しで喜んでくれるってのは嬉しいね」

「そうか?」

「単純に嬉しいさ。趣味の良いアリアが自慢が抑えられないくらいのものを用意できたって証明だからな」

「くだらない」

「そうか? すでに何人かの男が、組紐の店を聞きにきた。きっと、好きな女に贈るんだろう」


 オレは黙った。それが意味することはわかる。


 それをきっかけに、ルバートは男の間に女心の分かる男と一目おかれ、情報を与えれば恩も作れる。


「まあ、俺たちにはそんなステイタス必要ないってアリアだってわかってるだろ」


 ルバートは、暗に王太子のことを示しているのだろう。


「だから、アリアは単純に嬉しくてやってるんだ。しかも、それを不意打ちでやるから怖い。プレゼントしたすぐなら分かるさ。社交辞令もあるだろう。でも、あの紐なんかは、俺が子供のときにやったものだからな。持ってただけで、こっちは嬉しいよ」


 ルバートはそれはそれは嬉しそうに自慢する。


 自慢大好き兄妹かよ。


 オレは不愉快な気分だった。


「多分、あの紐は流行るぜ。ガキでも買える値段だし、学園に着けてきても咎められないだろうから」


 ルバートは反対に愉快そうに笑った。



 ルバートの言う通り、その紐はあっという間に流行った。

 まず男が、目当ての令嬢のイメージカラーの組紐を買い、それをプレゼントする。もらった令嬢が自分なりにアレンジし身につける。

 バカバカしい遊びだ。

 しかし、ルバートの言った通り、組紐は高くないから、上げる方ももらう方も気安く、所詮紐なので髪につけてもカバンにつけても教師は何も言わなかった。

 あれよあれよという間に、男女間だけでなく、友達同士でも送りあうようになり、気が付けば学園中の令嬢たちが、その紐をつけるようになっていた。


 つけていないのはごく一部。

 カノンもその中に含まれていた。


 だからオレは好機だと思った。


 上手くすれば、カノンを手に入れ、アリアのすべてを奪うこともできるかもしれない。


 そう思ったら心が躍った。


 あの女を泣かせたい。

 もう、ここで笑えないようにしてやろう。


 ああ、楽しみだ。楽しみだ。





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