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1.目が覚めたら夢の中

 

 シンフォニー学園のホールでは、舞踏会に向けての練習が行われている。高い天井にキラキラとしたシャンデリア。室内楽団の音楽に、生徒たちは何時にもまして心が躍っていた。


 私の隣では、グローリア王国の王太子ジークフリート殿下が微笑んでいる。彼は私の婚約者だ。

 ダンス上級者の私達は、不慣れな同級生と組みリードすることが多い。

 ふと、ジークフリート殿下の前で、一人の美少女が制服の裾をつまんでお辞儀をした。

 

 見たことのない方だわ……。ほかのクラスなのでしょう。


 殿下の側に控える従者のラルゴを見れば、知らないと目配せをくれた。

 この学園では、年度ごとのテストで成績優秀者は特別クラスになり、少人数で特別授業を受けるのだ。私たち三人は特別クラスのため、あまり他のクラスと交流がなかった。



 彼女の髪は、可憐な桜色で、アーモンドのような形の瞳が可愛らしい。サンゴのような唇からは、おどおどと怯える小鳥のような声がこぼれた。


「か、カノン・アマービレです。よ、よろしくおねがいします……」


 か、かわぃぃぃぃ!!


 硬直した私に気が付いたのか、ジークフリード殿下がちらりと私を見てから、彼女の手を取る。


 その瞬間、頭をガツンと殴られた気がして、私は意識を失った。




 目が覚めたら、そこは保健室で痛む頭を押さえながら、ため息を吐き出した。

 思い出してしまった。

 私は転生者だ。


 転生前の私は、アラサーのオタク女子。働きながらひっそりとオタクを楽しんでいた。

 なんてったって、最期の記憶は通販で王子のシーツを注文したところだからな! 末期だ。

 あれ、届いたのかな? 受け取りどうなった?

 っていうか、私の死体誰が発見したのかな。

 多分会社の上司だよね……。会社にはオタク隠してたのに、我が城が開帳されたのか。

 死ねる、死にたい。てか、死んでるけど。地球爆発してたらいい。


 ……。


 さて、現在の私である。


 私は、アリア・ドゥーエ・ヴォルテ。15歳の公爵令嬢のはず。

 はず、なんだけど。思い出したゲーム上のアリアと違う気がして戸惑う。

 だって、ゲームのアリアは、容姿端麗、成績は優秀で、何をしてもそつなくこなし余裕しゃくしゃく自信満々というように見えた。令嬢の中の令嬢といった感じだった。プライドは高く、なんでも自慢してマウントは取るし、正論で論破して他人の心をへし折るザ悪役令嬢。

 マウントなんか取らなくたってあんたに勝てるわけないじゃん!とプレイ中には思ったものだ。


 だけど、実際の私はどうだろう。

 確かに人は容姿を褒めてくれるけど、それは王太子の婚約者としてのマナーってやつだ。ちゃんと自覚してるからこそ、殿下の隣に相応しくならねばならないと足掻いてる情けない普通の凡人だ。家柄だけで婚約者として選ばれたと知っているから、必死に周りを牽制してる。みっともなくて可愛くない。

 ため息が出る。

 殿下に見限られるのも当然な気もしてきた。



 ちなみに、カノンちゃんはゲームの公式設定では、癒しの魔力を持った庶民の女の子。庶民出の彼女は、女の子の得意とすべき、料理裁縫お手の物だ。

 この国で強い魔力を持った者は、ここ『シンフォニー魔法学園』で学ばなければいけない。魔力保持者は貴族であることが多く、庶民がこの学校へ入ることはそれだけで特別扱いなのだ。その上、彼女はこの国では誰も持っていない、動物と話す技術を持っている……設定のはず。現実はどうか知らないけど。


 そして、先ほど彼女の手を取った王太子さまは、攻略対象者のジークフリート・アドゥ・リビトゥム。光を放つかのような金の髪。柔らかな緑の瞳は温かい海のように凪いでいる。

 簡単に言えば、超絶イケメン。そのうえ文武両道で魔法の力の強い王子様という、いうなれば主人公と並ぶチートキャラ。

 そして難攻不落と言われた攻略の難しいキャラでもある。しかも、ルートは二つあり、王子様本人だけを攻略するルートと、王子様の従者からもナイトとしての忠誠プラトニックラブだももらえる『両手に花』ルートなんてものも存在している。このルートは大人気で、薄い本もたくさん出た。公式の王子と主人公ものから、当然の三角関係、私のイチオシは王子と従者でボーイズラブ界では最大派閥であった。だって、身分差下剋上とか滾るでしょ?

 ああ美味しかった。また読みたい……ではなくて!


 人気のルートを、もっとも難しくしている最大の理由。それは、彼には親の決めた完璧な婚約者がいるからだ。


 それが私、アリア・ドゥーエ・ヴォルテである。

 彼女は、魔法の力は風属性とあまり強くはないが、頭はよく、教師の評価も良い。公爵家であり宰相の娘という家柄のせいもあり、学園の女子の中で中心的な存在といえた。そんな婚約者(私だよ)は、王子にベタ惚れで主人公との仲を邪魔するのだ。

 確かに私は殿下にベタ惚れしてる。大好きだ。親の決めた婚約でもいいと思うほどに大好きだ。

 それに、転生する前の私だって殿下が一推しだった。マジ俺の嫁。

 殿下総愛され本を買い漁るくらいに、殿下のことが好きだったのだ。生まれる前から好きだとか、すごいじゃん? 一途じゃん?


 しかし……。


 当然私は悪役令嬢なのである。バッドエンドの場合、断罪されたアリアが逆上してカノンに刃物を向け殿下に殺される通称【御成敗エンド】。殿下は廃嫡され、主人公は責任を感じて身を隠す。

 ハッピーエンドの場合、アリア自ら身を引いて敵国との政略結婚に応じる通称【ドナドナエンド】。殿下とカノンは幸せな結婚をする。


 ああ……。


 ちなみに他の攻略対象は、難しい順に宰相の息子(アリアの二つ年上の兄!)ルバート、王子の従者ラルゴ・フェローチェ、学園の教師タクト・コラパルテがいる。

 学園の教師に関しては、チョロルートでアリアの関わりはないから問題ない。

 王子の従者ルートでも、バッドエンドでは私は悪役で、従者の恋人としてふさわしくないと嫌がらせをする。その上、なぜか私が従者へ無理な任務を命令し、彼は死んでしまうのだ。主人公はショックで修道院に入る。アリアの罪がバレて、婚約破棄。敵国へ追放となる。てか、なんで私そんなことする? 他人の恋路邪魔してる暇ある?

 宰相の息子、お兄さまルートでもアリアは邪魔をする。というか、兄自体がシスコンで主人公一筋になかなかなれない。どちらかを選べと迫る妹を兄は殺し、お家は取り潰し。カノンは無理心中の犠牲者に…。お兄様……怖すぎ。ただ、ブラコン妹の私の好感度を主人公が上げれば、ハピエンになる。


 個人的には、チョロルートを選んでほしい。そうしたら私は関係ない。

 もしくは、従者ルートかお兄様ルートでハピエンになるのならまじで協力する、全力で協力する。だけど、今の段階ではどうなるかはわからない。


 溜息しか出ない。せっかく憧れだった、大好きだった『夢色カノン』の世界に来たというのに、なんて神様はえげつない。


 大好きなのにな。

 そう思った。


 殿下のことが大好きだ。確かに腐った脳だけど、中には夢女子のハートだってある。そのうえ私は原作厨。


 今日のあのダンスのシーンはゲームの出会いイベントだ。

 毎日の練習の積み重ねの証でもある靴擦れもあって、たどたどしくも一生懸命踊る美少女に、ジークフリード王太子、従者のラルゴが心奪われるのだ。

 




 私はため息をついた。

 身の振り方を考えなければ。


 ああでも、大好きな殿下に殺されるのもゾクゾクするぐらい魅力的かも。一生私を殺した罪を引きずって忘れないとか、どんなご褒美。


 いやいやいやいや、しっかりしろ自分。

 敵国へ行けばもっといい男がいるかもしれないじゃない?

 設定なかったから未知数だけど。

 三十路で年齢=彼氏なしだった私が、今度こそ恋をするチャンスじゃない? 

 そうだ、そう思おう。思えなくても思うしかない。


 そう思って、唇をかんだ。


 だって、私、大好きなんだもん。

 まだ、殿下のことを好きなんだもん。


 でも諦めなくちゃいけない。殿下を幸せにするためだから。

 だって、推しには幸せでいてほしい。ハピエン厨だから仕方がない。

 頑張って諦めよう。


 ただ、もうちょっと時間が欲しいな。

 だって、婚約者なんて言ってもお子ちゃまだったから、胸キュンなことなんてなかったし、あるなら今からの筈なのに何この仕打ち。少しくらい夢見させてほしい。


 つか、まず、私確認しなきゃ!


 結構好きだったんよね、アリアの見た目。王子と並ぶとそれはクールで美しかったのだ。雑食の王子総愛されが大好きだったら、美女に愛される王子興奮する〜って思ってたんだけど、今の私大丈夫?

 いや、カノンちゃんも大好きなキャラだったよ。ホンモノの彼女マジで可愛かった。アリアはクール美女系で、カノンちゃんはカワイイ美少女系で、女子好きファンの中では人気を二分していたのだ。

 

 ……ほんと、私大丈夫? 本当にアリア?



 私はそっとベッドから降りた。

 部屋の中には人の気配はなかった。

 大きな姿見があったので、戦々恐々としてその前に立つ。

 だって、さっきまで自分の見た目なんて普通だと思ってたわけだから。


 纏められたストレートのプラチナブロンドは乱れていても綺麗だ。月のようになだらかな眉の下には、菫のような紫色の瞳。顔色は少し青く、疲れを感じる。シワのついた制服なんて、ゲームでは見たことはなかった。


 いや、なんか、精彩を欠いているけど、十分キレイだよね……?


 自分で言うのもなんだけど、前世の最底辺女子と比べてるからかもしれないけど、なんだか昨日よりキレイに見える。

 制服の上から、豊満な胸を揉む。うん、いい重量感。やっぱり、アリアだ。間違いない。うん、幸せだ。オッパイは正義だ。

 私は乱れてしまった髪を解いた。

 いつだって隙を見せないように、きっちりとメイドにセットしてもらっている髪。

 ストレートの髪はサラサラと落ちた。

 簡単に手で梳いてみる。素晴らしい触り心地だ。は〜、癒やされる。

 あー、自分が動くだけで新規絵ってどうよ? 最高じゃね?

 そうだ! どうせ婚約破棄になるなら、『夢色カノン』の未公開映像堪能しよう。うんそうしよう!


 ビバ! オタク!

 オタク最強!


 そんなふうに思い、一人で盛り上がっていたら、コンコンとドアを叩く音がした。






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