例えば、僕がずっと、君を好きだった話とか。
また君がいない。
でも僕は君に何度だって言うよ。
ずっと好きな人がいる。
でもその人にはずっと好きな人がいる。
いつも泣いているのに、ずっと好きだという。
「コハル」
今日はひどくいい天気で、雲の歩く速度も速くて、だだっ広い公園の芝生の上を 緑いっぱいの木の下の影に隠れながらうずくまる姿は どことなくこの時間に不釣あいな存在だった。
「コハル」
もう一度その存在の名前を呼ぶ。
顔をあげるわけでも、声をあげるわけでも、肩をびくつかせるわけでもない。まるで、僕がここに来るのが当たり前のようにきっとその存在はそこにある。
「またあの人のところに行ったの?」
首を横に振るのが 正解の合図だった。
「なんで? 行ったってしょうがないじゃんか。」
「、、、だって、、会いたかったんだもん」
両膝の間に顔を埋めたままで、
「だって、顔見たくなっちゃうんだもん」
そんなことを言うんだ。
唐突に蝉の鳴き声が僕の耳に届き出した。
ああ、こんなときも世界は変わらず動いている。その時、急にあたりが暗くなったから 何事かと空を見上げると、かんかんとしていた太陽が ごめんねと僕たちを嘲笑うように雲に隠れたところだった。どうやら時間も、変わらずに進んでいる。
僕は コハルの前に腰を下ろして、両手で頬杖をついた。
「コハル。ほら。顔をあげて。」
声をあげることなく そのまま首を横に振るのは きっと君が泣いているからだね。
「もったいないよ。目の前はこんなに景色が綺麗なのに。」
微動だにしないコハルを見て ふーっと、ため息をついた。
こんなコハルを見ているといつも思う。何で こんなに人を好きになれるんだろう。
僕は君が、ずっと好きだけど、振り返らない君を見て涙を流したことは一度だってないんだ。おかしいかな?でも僕は、本当に僕は、
「ねぇ、コハル。なんでそんなに泣くの?」
「、、、泣いてないよ。」
「でも、笑っているわけではないんでしょ?」
コハルは 首を横に振った。
「本当に 嘘が、下手だなぁ。」
頬につけていた右手を離して、目の前の小さな頭に手を伸ばした。そのまま手を2、3回 ぽんぽんと優しく頭を叩いては 彼女のおとなしい様子にくすっと笑みがこぼれて、そのままくしゃと髪を遊んだ。
「かわいい」
この形容詞はきっと、君を示すために生まれてきた。
「、、かわいくない。」
「かわいいよ。少なくとも、僕にとっては」
「うるさい。」
「コハルが 顔をあげて笑ってくれたらもっとかわいいけどね。」
「うるさい。」
膝の間に向かう彼女の言葉たちは くぐもって僕の耳に届く。
蝉の声をうるさく感じた。
「あ、、」
太陽が、雲の切れ間から顔を出して 再び辺りは明るくなった。光が背中に当たるのがわかって、ああ夏だな。なんて思った。僕の声に反応したコハルが顔をあげる。
「あ。コハル、、、復活??」
にこっと笑いかけた相手のその顔は、太陽の光に照らされて 目元がキラキラと光っていた。
ああ、君がそんな顔をするから。
頼む、やめてくれ。
君が泣いているのに、
綺麗だと、思ってしまうから。
「、、ほっといて。」
君はふてくされてまた、顔を膝に埋めた。
ごめんね、と謝る代わりに 僕は再度、コハルの頭を撫でた。
温かくて、さらさらの、綺麗な黒髪。肌の白い君にはあまりにも似合っていた。ずっと昔からとても長く綺麗に伸ばしていて、夏なんかは細い髪の隙間から白い肩が見えるとドキっとして 僕はなんだかそれがすごく好きだったのだけれど。耳の下あたりで短く切り揃えて 髪をゆるく内巻きにカールさせたのは、きっと あの人のためなんだろう。
すごいよ、君は。君はすごい。
でも僕は そこまですごくはなれないんだ。
だから、どうか。そんな綺麗な顔をしないで。笑ってよ。
そしたら僕は、君に伝えられるんだ。
「ねえ、コハル。面白い話をしようか。」
コハルが 少し乾いたまつげをぱちくりさせながら顔をあげた。
「コハルに笑ってほしいんだ。」
その目がまっすぐに僕を見つめ返したから、僕はふっと微笑んだ。微笑んでそれで、君はきっと、、
「面白くなかったら許さないからね。」
って言うと思ったよ。
「うーん、、そうだなぁ、、じゃあ こんなのはどうかな?」
少し間を開けようと、小さく呼吸を2回整える。
そして目を瞑ると 誰かを想って泣く目の前の女の子に、気づけば目を引くほどに夢中になっていた現在の僕にたどり着く。
君のそのキラキラしている目は、
君のその僕の言葉を待つ少し開いた唇は、
君のその誰かを包むための小さな手は、
君のその誰かを支える華奢は背中は、
全部、綺麗だ。
もう一度だけ、息を大きく吸って。
「例えば、僕が、ずっと君を好きだった話とか。」
君が 何かをこらえるように口を膨らませた。
その仕草でもう僕は 君が何を言うかわかるんだよ。
「まーたそんなことばっかり言ってー。そういうのはもっと大切にしないとだめだよーっていつも言ってるじゃん。でも笑えるよ。ありがとう。」
吹き出して、そう言って笑う君を、そう、いつも。いつも、かなわないなぁと思うんだよ。
芝生に寝転がって 青い青い空を見る。
大きくて広いこの空に、僕の涙を隠してもらう。君はそんな僕を綺麗と思ってくれるだろうか。
小さな風が頬を触る。
隣を見たら 君も同じように寝転がっていた。この距離感が苦しかった。
「その例え話、そろそろ本当にやめなよ?もったいないから。」
真剣な顔をしてそんなことを言うから。
「本当にね。やめれる日が早くくれば何よりなんだけどね。」
そういってまた、僕たちはいつも通り 声をあげて笑った。
「コハル、この話いつも笑ってくれるからさ。」
この言葉に嫌味を込めたのは きっと来ないいつかの日まで内緒の話。