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第二話 おかわりを、もう一杯。①

第二話です。

レナは基本家族愛が強いので、どういう男にもなかなか靡かない……

弟達が可愛ければ、それで満足。








「ああ、レナ! 俺のレナ! 今度こそはダメかと思った」



 あぁ、うるさい。



 半ば演技じみた口調で大袈裟な声を上げる男。男はレナの身体を勢いよく抱きしめていて、レナは正直息が苦しい。

 ちなみにもちろん無許可である。



「森へ消えて一週間以上だぞ、熊か狼か人狼か、もう帰って来ないんじゃないかって気が気じゃなかったんだからな! あぁ、だからあれほど森はやめろと、ハンターなんか柄じゃないって言っているのに」

「ちょ、アル! 離して」

「無闇に心配させないくれ」



 腕に更に力が込められる。レナの不快指数は上昇の一途を辿るばかり。



「だから、アル、離してって! アル、アル、アルベルト!」

 堪らずレナは男の足を踏みつけた。呻き声と共にようやく拘束が緩んだところで一気に腕から抜け出す。

 不快感が拭えなくて腕を払っていたら、存外堪えていない声が懲りずにかけられた。



「なんだ、つれないな」

 レナは眉間にシワを寄せる。

「つれてたまるもんですか。いい加減にしなさいよ」



 男ーーーーアルベルトはレナの幼馴染と言える存在だ。

 少し赤みの強い茶髪、緑の瞳、顔の造りは悪くないが、レナに言わせれば少々暑苦しい。頭一つ半くらいレナより身長が高く、筋肉の存在が伝わってくるそれなりにがっしりした体格。年はレナより二つ上で、明るく煩く懲りずめげずの、とにかく喧しい男なのである。



「いい加減ってなんだよ、俺の心労考えたらこれくらいの抱擁、当然だろ?」

「当然ですって?」

 アルベルトは商家の次男坊。しっかり稼ぐ実家と整ったマスクを持つこの男は、それはそれはおモテになる。

 群がる乙女みんなに愛想の良い笑顔と言葉を振り撒く上に、愛想の欠片もないレナにまでちょっかいをかけてくるろくでなしだ。



「とにかく、お前一体何があったんだ。事前に断りもなく姿を消して。何か問題があったんだろ」

「うるさいわね」

「レナ」

 身内でも親友でも恋人でもないのに、何故あれこれ詮索されなけれはならないのだ。

 面倒臭いと思いながらも、無視し続けるとしつこくて更に面倒臭いと学習しているので、渋々レナは口を開いた。



「ちょっと足を痛めちゃったのよ。だから回復するまで時間がかかったの」

「足!?」

「ってちょ! どこ触ってんのよ!」



 顔色を変えたと思ったら、アルベルトはレナの足にーーーーいや、正確には太腿に触れてきた。太腿、である。



「いや、具合を」

「足痛めたって聞いて真っ先に太腿触る奴がいる!?」

「いる、ここに」

 真面目くさった顔をして言うが、破廉恥にも程がある。

「普通足首とか、せめて肉離れで脹ら脛とか想像するでしょ! ちょ、やめなさ」

「レナ、いい足してるよな。日頃きちんと運動してるから、スラッと引き締まってて。でも筋肉質って感じじゃないし。実に俺好み」



 すっと撫でるように掌が動き出した瞬間、レナは容赦なく膝を繰り出した。アルベルトのこめかみに見事ヒットする。



「ぐぁっ」


 地面に肘を着いたアルベルトが苦々しく呻く。



「ちょ、今、マジで星が見えたぞ」

 そのまま意識を飛ばせば良かったのに。

「婦女暴行罪だわ!」

 叫んだレナに、アルベルトはネジの飛んだ発言をかました。

「そんな大袈裟な。未来の夫に向かってなんて言い種だ」

 といっても、いつもの台詞と言えば、それはそうなのだが。



「現実を、ちゃんと、認識して。妄想で人に破廉恥なことをするのを、正当化しないで」

「妄想ってなんだよ。実現可能な未来だよ。むしろほぼほぼ内定だろうが」



 そう、この男、事あるごとに自分のことをレナの未来の夫とほざくのである。



 そもそも、付き合ってもいないのに!

 他に腐るほど女の子がいるというのに!



「な、もう嫁に来い? 俺は心配なんだよ。お前が森に入るの、嫌なんだ。危険なことはしないでくれ」

「死んでもごめんだわ」

 嫁になるのも、森へ入るのをやめるのも。

 レナの反応もいつも通りで、取りつく島もない。

 この男に何を言われたって、レナの胸はときめいたりしないのだ。乙女としてどこか線が切れていると言いたければ、そう言えば良い。



「俺ほどお前を愛している男もいないだろ?」



 しかしまぁアルベルトはめげずに素っ頓狂な発言をかまし続ける。



「あんたはウチのお隣さんのユリアにも大通りのパン屋のエリザにもその他大勢の女の子にも同じようなこと言ってるでしょ」

「言ってない。俺はレナにしか嫁に来いとは言わない」

「チャラチャラふらふらしてよく言うわ」

「そりゃユリアもエリザもアデーレもコルネリアも皆美人で可愛いさ。事実なんだから、口にしても何の問題もあるまい? でも嫁に来いとは言わないぞ。ーーーーそれともあれか、嫉妬か? 嫉妬なのか?」



「はぁ?」



 全体的に何を言っているのだ、この男は。


「いやぁ、感動するな! レナが嫉妬してくれるなんて」

「してないわよ、軽蔑してんのよ! 大体、嫁に"来い"って言い方何なのよ。上から目線もいいところだわ」



 殴りたい。

 いくらかの衝撃を与えて、この男の思考を正してやりたい。



「じゃあレナ、俺の嫁になってくれないか。幸せにするよ。俺は商家の次男で、そこそこ金はあるが責任は知れてる。事業を継ぐのは兄さんで、社交や接待も向こうがメインで引き受ける。豊かな暮らしはあるが妻や嫁としてのプレッシャーは少ないという、超お買い得物件だぞ。それにそのうち王都に支店を出す話もあって、そこの運営は俺に任される予定だ。王都での華やかな暮らし、姑舅の目のない気楽な毎日! 文句なしだろ? こんな男、ここにはそうそういないだろうよ」

 こんな傍迷惑な男、確かにそうそういない。

 げんなりと、レナは溜め息を吐いた。

「文句しかないわよ。そもそも私、あんたのこと好きでも何でもないし」



 そう、何より重要なところ。

 レナは全くアルベルトを好いてはいない。



「嫌いでなければそれでいい。あとは時間が解決する」



 どういう自信だ。どこから来る自信なのだ。



「私があんたを切らないのは幼馴染のよしみ、というか情けよ、バカ。アルは私の中で限りなく嫌いに近い部類に入ってるから」

「そこで嫌いと言い切れないお前が好きだよ」

 満面の笑みを浮かべられてしまった。



「下らない揚げ足取らないで」



 もうダメだ。これ以上は時間の、もとい人生の無駄遣いだ。



「私は私が森へ入ることを許容できない男とは、絶対一緒にならないわよ」



 どっと疲れを感じながら、レナはその一言と共に会話を放棄し、アルベルトに背を向けた。






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