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第一話 にがくて、あまくて、クセになる。⑥

第一話、これで終幕となります。






 一週間を過ぎた頃、ようやくレナの足の具合も良くなってきて、激しい運動は無理でも普通に歩行するだけなら問題はなさそうな様子に落ち着いていた。



「レナ」

 呼び掛けられてもレナは返事をしない。でも、馴れ馴れしく呼ぶなとも言わなかった。

 視線だけを巡らせる。

「ちょっとこれ見て」

 広げられたのは地図。その半分が森、もう半分が隣接する村々の様子が描かれている。森の中の描写は川の配置とかその程度で詳しくはなかったが、ないよりはマシなのかもしれない。

「どちらの方角に君の住む村はある?」

 問われ、躊躇いがなかった訳ではないが、大体の方角をレナは指し示した。

 そうしたら、人狼はあっさり言ったのだ。



「もう足も大分良くなっただろ。近くまで送り届けるよ」



 レナは自分の耳は疑わなかったが、人狼の思考の方はやはりちょっと疑った。

 でも、この人狼はこれでちゃんと正気らしい。



「………………本当に」

 本当に、この人狼はレナを食べなかった。害さなかった。無事に帰そうと、している。

「準備、してくれる? せっかく助けたのにそれが無駄になるのはもったいないから、道中の護衛くらいは引き受けるよ」



 どうやらレナは、本当に無事に帰れるらしい。

 家族が待つ、あの家に。









「ーーーーーーーー」

 人狼の棲みかを後にして、道を進む。

 会話はあまりなかった。あっても、速度は早くないかとか足は痛まないかとか、レナの具合を気にかけるものだけ。

 それにレナは"問題ない"の一言だけで、対応する。



 いや、まぁ何か話しかけられても困るし、多分自分はロクに返事をしないだろうが。



 奇妙な気持ちのまま、レナは人狼の後に続く。



 まだ返してもらってはないが、人狼はレナの装備を持っていた。捨てずにおいたらしい。

 そして多分、今こうして持っているということは、最終的に返してくれる気なのだろう。

 正直、結構値が張る品もあったので、返してもらえるのは有り難い。



 護衛と人狼は言ったが、特に何の獣の気配も感じなかった。恐らく人狼の気配そのものを恐れて、避けているのだろう。

 他に心配すべきことは、同族ぐらいだ。この人狼は既に自分の縄張りの外に出ているとレナは睨んでいる。もし近所に別の人狼がいればとても危険だし、挑発行動になるはずだ。

 なのにそれを承知の上で、レナを無事に帰すために人狼は淡々と歩を進めているのである。



 そんなことを考えながら歩いていたら、レナは不意に躓いた。

 それも、何もないところで。



「!」

 鈍っているにもほどがある。

 コケるなんて、格好悪い。



 けれどレナは地面に激突しなかった。そんなにしっかりした感じではないが、それでもレナよりはずっと力強さを覚える腕。

「やっぱりまだ万全じゃないみたいだな」

 その腕が腹に回され、傾いだ身体を受け止めていた。



 至近距離で目が合う。

 夜闇で金色に光るという瞳は、今はただの砂色に見える。



 そう言えば、この人狼は夜は隣の棟へ移り、姿を現すことはなかった。それはきっと、徒にレナを刺激しないためだった。



「抱えて歩いた方が良い?」

 とんでもないことを言い出した人狼に、レナは悲鳴に近い声を上げる。

「大丈夫よ大丈夫よ大丈夫よ! 今のはただの不注意だから!」



 足なんて、別に痛くなかった。

 痛いのは、心臓だ。



 人狼は人狼なのだと、害獣なのだと、それだけしかレナは知りたくないのに。

 目の前の生き物を受け入れられないのに、否定もしきれず、だからレナの心臓は軋む。









「ここらでいいかな」

 ノアは森の入り口近くまで来て、ようやく足を止めた。

 これ以上はさすがにご遠慮願いたい。

 不用意に人間と遭遇する危険性は理解している。



 彼女とのことは特別だ。

 森の奥、自分の縄張り内だったから、好奇心を優先して近付いたのだ。



「返すよ」

 ノアは彼女の装備を差し出す。

 受け取った彼女はそれを身に付け出した。

「最初に約束した通り、血生臭いことは何もなかっただろ?」

「…………結果論だわ」

「でもその太腿のナイフ、使わなくて済んだよね」

「!」

 ぎょっとした顔を彼女はした。気付かれているとは夢にも思わなかったらしい。思わず笑ってしまったら、怒鳴られはしなかったが嫌そうな声を出された。

「そういう顔を、しないで」

 苦々しい顔を彼女はしていた。

「…………イライラするわ」

「人狼だって笑うくらいするよ」

「人狼だって言うなら、もっとそれらしく振る舞ってよ。ややこしいことをしないで」



 ややこしいこと。

 それは何だろうか。彼女のイメージと一致しないことをするな、ということか。



 装備を身に付け終えた彼女は、ノアではなく地面を睨み付けていた。

 返すものを返せば瞬時に背を向けるだろうと思っていたのに。



 しばらくの沈黙の後、相変わらず地面を睨み付けた状態で、彼女は固い声で告げた。




「ーーーー私の弟は、人狼に殺された」




 やはり。




「私の、目の前で」




 何かあっただろうと思っていたのは、間違いではなかったらしい。



 目の前で、弟を人狼に殺されて。

 でも彼女はノアを前に怒りと憎しみは向けても、取り乱したり泣いたりはしなかった。十分トラウマになっているだろう過去を、自分の足で立つ力にしていた。



 彼女は強い。いや、強くあろうとしている。

 それを虚勢と呼ぶのは気が引ける。気高いと、そう評したい。



「人狼は、害獣よ」

 今度はノアの目を見て、はっきりと彼女は言った。

 そして、続けた。

「でも、それとこれとは別だと分かってる。この一週間のことは、その、あり、いや、……………………助かったわ」



 ほら、やっぱり気高い。

 憎しみを抑えて、彼女はノアと過去の人狼を区別する。区別して、ノアに向けて言葉を発する。

 だが、有り難うとはどうしても言えないらしい。けれどノアも好きでやったことであるし、別にそこまでは求めていなかった。



「それから」

「うん?」

「…………あんたの母親を悪く言ったこと。あれは私が悪かったわ。ごめんなさい」

 ごめんなさいは、やけに素直に出てきた。

 そんな言葉を面と向かった状態で聞けるとは思わなかったので、ノアは目を丸くした。

 それから、微笑みながら言う。

「謝罪ならもう聞いてるよ。一回聞けば十分だ」

「ーーーーえ?」

「人狼の聴覚の良さは知らない?」

「!」

 一回目がいつだったのか思い当たったらしい。

「と、とととにかく!」

 動揺を上手く取り繕えないままに、彼女は宣言する。

「人狼の世話になるなんて、当然のことだけどこれっきりよ! これっきりなんだから!」



 そう、これは単なる偶然の出来事。たまたま森の中で(まみ)えただけ。

 ここでお別れ。二度目はない。ない方が良い。



 この一週間は濃厚だった。濃厚だったが、あっという間だった。

 彼女の言葉や態度は時にノアを傷付け振り回し、苦い思いをさせた。けれど素直な反応は胸に甘く、言葉に言葉が返ってくるのは悪くなかった。楽しかった。だから、彼女が怒ると分かっていながらも、ノアは懲りずに声をかけ続けたのだ。



 貴重な経験だった。



 ノアは自分の中でそう締め括り、あまり意味はないだろうが、忠告しておく。

「君が弱いとは言わないけれど、やっぱり森の一人歩きはお勧めしないよ。もうやめた方が良い」



 森の中は危険だらけ。人間に優しくはできていない。



「じゃあね、レナ」



 最後にもう一度だけその名を呼んで。



 ノアは自ら背を向け、木々の中へ紛れて行った。






第一話、お付き合い有り難うございました。


ちょっとずつ二人の距離感を詰めていきたいと思います!

第二話は、騒がしいキャラを出して、全体の雰囲気を底上げしたいなぁと。

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