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第五話 そうして二人は、向かい合わせに席に着く。②

ついに、あの二人が登場です!

そして後書きにおまけのお知らせがあります~






 今までで一番の重装備を固めて、レナは森へ踏み入れた。

「ーーーーよし」

 当てはない。会えるか会えないかで言うと、普通に考えれば絶対に会えない。

 でも、レナの気持ちは少しだけ持ち直していた。

 部屋で丸まってぐるぐるしていた時より、こうやって自分の足で動いている方がずっと良い。何もしないで後悔し続けるより、何か少しでも足掻いた痕跡がある方がきっと僅かにマシだから。


 安定した日差しは穏やかに空気を温めている。冬を抜け出した森はあらゆる芽吹きに溢れていて、美しい。

 レナは取り敢えずノアの棲み家から自分の暮らす街から反対に当たる方向へ踏み出した。多分、ノアはできるだけレナから遠ざかろうとしただろうから、正反対という方角設定は悪くない判断だと思う。

 この無謀な試みは、けれど期間を決めている。延々と探し続けられる訳ではない。レナには待っている家族がいる。

 それに森はそれほど甘い場所ではないのだ。レナは弱くはないが、無敵という訳でもない。

「……………………」

 この間、仇の人狼に負わされた腕の傷に触れる。傷口はとっくに塞がっていて最早痛みもないが、やはり痕はくっきり残ってしまっている。時間が経てば多少は薄くなるだろうが、完全に消えることはまずないだろう。

「ノア…………」

 この傷を心配して、触れようとして、でも躊躇ってそうはできなかったノア。

 あの時の最後に見た表情を脳裏に浮かべて、レナは一歩また森の奥へと足を進める。











 それから。

 成果はなかったが、レナは一応順調に森の中を突き進んでいた。順調というのは、太刀打ちできないような相手には出食わしていないという意味だ。

 春先、冬眠から抜けたばかりの動物達は腹を空かせているし気が立っている。道中熊に遭遇した時は一瞬焦ったが、それほど大型でもなかったので十分対処できた。恐れていた人狼にも遭っていない。

 レナは胸元に忍ばせた例の"お守り"を上からそっと抑える。

「初めはあんなに嫌だったのに」

 今では何の抵抗もない。人狼の髪なんてとは思わないし、疑っていた効力も割と信じている。

 自分の変化には本当に驚かされる。頑固な人間だという自覚はあったから、こんなレナを短期間で変えてみせたノアは、本当にすごいのだ。家族や馴染みの深いアルベルトだって、レナの心をそう簡単には変えられなかったのだから。

「大分進んでるけど……」

 呟きは、森の中にすぐに吸い込まれる。もう長らく誰とも口をきいていない。

 寂しいというよりは、不安の方が大きい感じがずっとしていた。世界に、自分を認知しているのが自分しかいないという、本当にここに自分は存在しているのかということさえ疑い出してしまう所在のなさ。存在しているのなら、それは一体何のためなのか、誰のためなのか、必要なことなのか、そういう答えのないことばかりが頭を過る。

 ノアも、いつもこんな心地だったのだろうか。それはなんて寄る辺のない、途方もない時間だろうか。

 森へ入ってから、レナはよくそうやって自分の知らないノアの姿に想像を馳せる。


 地図は、もうほとんど役に立っていなかった。というかこの森はその全容が解明されていないのだ。深く広く、幾つもの国に跨がっていて、そして奥地は樹海めいていて人間が未踏の地も多い。どこの国の領土かということもはっきりしていない有り様。

 地図と言ったって、大雑把に森のエリアがあるというだけで、ほとんど詳細などないのだ。ただ、進んだ方角を細かに付けているだけ。森の縁がどこにあるかさえ見失わなければ、取り敢えずどこか人里には降りられる。目印に特殊な塗料を木の幹にぐるりと塗っておいたりと、一応取れる対応は取っていた。

「今日はよく晴れてる。気温が上がりそう……」

 そんな日和とは正反対に、レナの心は薄暗く曇っている。

 日に日に、不安は大きくなる。進んでも進んでもノアの背中どころか、何の痕跡も見つからない。いや、検討違いの方角に進んでいるのかもしれない。もしかすると、正反対に遠ざかっているのかも。

 自分のやっていることの途方もなさに、絶望がすり寄ってくる。

 だけど、それと目を合わせたらきっともう動けなくなってしまう。そしてまた部屋で丸まっていた頃に逆戻りだ。だからレナは虚勢を張って、半ば意地だけを頼りに前へ前へ進むことを自分に課している。

「?」

 ふと、葉擦れの音が耳に留まって、レナはその身体に緊張を走らせた。

 何かーーーーいる。押し殺された気配を必死に辿って、当たりをつけた方向へボーガンを構える。

 そしてそれは姿を現した。

「狼……」

 緑の目をした、全体的に黒っぽい毛色の狼が一匹。今のところ他の個体は見えないが、群れで襲われたらさすがに厳しい。

 この場合、縄張りを侵しているのはレナの方である。

 レナも狼も警戒の色濃く、互いの間を見切ろうとする。

 ところが、ふと向こうの狼の警戒が緩んだ。

「え……」

 何かを考えるようにじっとこちらを見つめ、それから鼻をヒクつかせる。

 じり、と一歩狼がこちらににじり寄った。

「!」

 レナもまた、一歩下がる。警戒は、当然解かない。

 そしてまた一歩、狼が歩を進める。レナもまた下がる。

 三歩目を向こうが踏み出した時、レナは下がることをやめた。

 どうにも様子が変だ。狼はレナの構えたボーガンは気にしているが、それ以外はもう完全に警戒を捨てている。仲間が来る様子もない。


 もしかしてはぐれ狼なの……?


 本当なら相手に敵意がないのなら威嚇でもして、さっさと逃げれば良かったのかもしれない。でも、何となくレナはそうできなかった。大人しい様子の狼がノアと被ったのかもしれない。


 狼はレナの膝に鼻が付くほどの距離まで迫ると、そのままくんくんと匂いを嗅いだ。噛みつかれる様子もない。

 何かそんなに匂うだろうかと微妙な気持ちになっていたら、少し考え込んだ後狼はくるりと身を翻した。そして数歩進んで、チラとこちらを振り返る。

「え」

 レナには訳が分からない。

「何なの……?」

 また数歩進んで、狼は振り返る。戸惑っていると、焦れたように戻って来た狼は、レナの服の裾をくわえて、催促するように引っ張った。

「ついて来いってこと?」

 というかこの狼、人慣れし過ぎていないだろうか。


 ーーーーーーーー人慣れ?


 自分の思考にドキリとする。この近くに、こんな森奥深くに、人間がいるかもしれない。その可能性に気付く。

 この狼はもしかすると、その人間の元に自分を案内しようとしているのだろか。

 でも、何のために?

 レナはノアを探したいのであって、本来これは完全なる時間の無駄なのだが、何故か促されるまま黒い背中を追うこと十数分。

「ーーーー本当に」

 開けた場所に出たと思ったら、そこには本当に家が立っていた。脇には井戸と小さな畑、そして反対側に小さな盛り土。これは人間の生活だ。人狼の棲み家といった雰囲気ではない。


 狼はレナを伴って玄関まで行くと、自分の鼻先で扉をノックした。本当に人に、人の生活に慣れている。

「って、ちょっと待って。心の準備が!」

 というかそもそも会う必要があるのかも分からないというのに。

 けれど制止をかけても今更。

「ジェイド? お散歩は終わり?」

 柔らかくて高さのある声と共にドアノブが回る。

 レナは心底ぎょっとする。この声は、女性のものだ。女性が、人狼の住まう、それもこんな森の奥深くに暮らしているなんて、あり得ない。おかしい。

 だがーーーーーーーー

「ーーーーあら?」

 扉の向こうから姿を現したのは、声の通り女性だった。美しさと可愛らしさが混在した、到底こんな森では生きていけそうにない、女性。同性のレナでも見惚れてしまうような女性が、そこにいた。場所が場所なだけに、妖精の幻でも見ているのではないかと、自分の頭を思わず疑う。あまりに疲れているのかもしれないと。

 けれど、美しい彼女はこちらに向かって微笑んで声をかけてきた。

「驚いた……こんなところに女の子が辿り着くなんてってきゃ!」

 女性が言葉の途中で後ろから伸びてきた腕に絡め取られる。

「!」

 レナから守るように、引き離すように現れたその腕の主を見遣って、またまたぎょっとする羽目になった。

「人狼……!」

 そこにいたのは人狼。人狼、なのだが。


 今目に映っている情報を上手く処理できない。

 森深くに、美しく微笑む女性。そして彼女を守るように抱き留める人狼。人狼の警戒はレナに向けられていて。

 ーーーーええと、つまり?


「わぁ、母様この人だあれ?」


 そして丸い声で問う、まだ幼い男の子。女性の腰に甘えるように纏わりつく少年は、純粋に不思議そうな瞳をしてレナを見上げる。愛らしい少年の頭には、獣の耳がピンと立っており。


 ここが、森深くでなければ。

 男性と少年の頭に、獣の耳がなければ。

 でなければ、普通の、愛に溢れた幸せな家庭に見えただろうけれど。

「あれ? ねぇ、母様」

 母様と呼ぶその呼び方には、覚えがあるような。フリーズしかけた頭がふとそう思った次の瞬間、無邪気な声が他人の口から聞くはずがないと思っていた単語を発した。

「このお姉さん、ノア兄の匂いがする!」

「!?」

 ノア、と。

「うそ……」

 驚愕を示したのはレナも相手の女性も一緒で。

「リディア、少しは警戒しろ。簡単に扉を開けて」

 無意識にだろう、一歩こちらに踏み出しかけた女性に、人狼が渋い声を出した。

「だってヴォルフ、ジェイドが一緒だったのよ、連れて来たのよ。何を心配する必要があるの」


 今、レナは一体何と出会っているのだろう。こんな偶然って、あるのだろうか。


 驚きと緊張と混乱で小刻みに身体を震わせるレナに、女性は必死の眼差しで問うた。

「ねぇ、それよりあなた、あの子ーーーーノアのことを知っているの? そうなの?」

 間違いない。彼らは、ノアの家族だ。

 ノアが愛し、そしてまた十分に愛された、レナが夢物語みたいに思っていた人狼と人間の幸福な家庭なのだ。






当初は出すつもりなかったのですが、結局リディアとヴォルフに出てきてもらいました。

久々に出したらもっと二人を書きたくなって、一本短編を仕上げてしまいました。

「愛しのオオカミさん」(http://ncode.syosetu.com/n3442dt/)の方に、同時にアップしています。

こちらがなかなか甘くならないので、甘々しく糖分過多な仕上がりになっています(笑)

糖分補給にぜひどうぞ!


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