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第四話 煮込んで、溶かして、せんぶぜんぶ一緒くたにしてあげる。⑩

2017/9/6、本日二度目の更新です。

何とか間に合った……!

第四話のエピローグ的な感じなので、ちょっと短めです。






 長い、冬だった。



 雪が世界を閉ざしている間、レナは沢山考えた。沢山沢山考えた。

 ノアのことを。ノア以外の大切なことを。

 アルベルトに言われなくても、意識の外に追い出すことなんてできなかった。願いとは裏腹に、レナは否が応でも思考を引き摺られてしまった。

 油断すると、すぐ脳裏をあの穏やかな眼差しが過る。

 名前を呼んでと強請った声が蘇る。


 "ノア"という個人を見つめるならば、レナはあの柔らかい雰囲気が好きだった。

 レナの強がりを往なして丸め込んでしまう懐の深さが嫌でなかった。

 四人も弟がいる長女のレナは、それ故いつも自分がしっかりしなきゃとか強くいなくちゃとか、そういう意識があった。常に誰かの面倒を見ていて、頼るということがあまりなかった。もちろん、弟達はよく手伝いをしてくれるし助けになる良い子達ばかりだ。でも、精神的に寄り掛かる先というものを、レナは持っていなかった。

 はっきり言って、レナは甘えベタだ。人にどう自分を預けたらいいのか分からない。そういうのは性に合わないと思っていた。

だから、ノアが優しく接してくると、ものすごく据わりが悪かった。そういう扱いはいらないと思った。

 ノアはハンターとしてのレナを肯定していたけれど、レナが女の子だということを忘れなかった。そういうのが、ものすごく据わりが悪くて、でもやっぱりよくよく考えると嫌ではなかったのかもしれないと、そう思う。

 つんけんしてばかりで、一度も可愛げがあったことなど、甘えたことなどないけれど、"姉"ではない自分を、ノアは教えてくれた気がする。

 ノアの棲み家で、きっとレナはいつでもただの女の子だった。素直さの足りない、でもノアからしてみれば恋する対象になり得る、そういう女の子。


 こうして振り返ってみれば、ノアに対する最早拒絶反応はどこにも残っていなかった。

 だから、レナは一言はっきり告げるべきだろう。

 ノアを選びはしないけれど、本当のことを告げるべきだろう。



 ーーーー自分はノアのことが、好きなのだと。



 それが誠意であるし、互いの気持ちへの供養だと、今はそう思う。

 独りきり森で過ごすノアに、せめて偽りのない言葉を早く伝えてやりたかった。




 でも。




 冬が明けて春の兆しがそこここに見えてきた頃、レナは堪らず森のあの棲み家に向かったが、その時そこはもう空っぽだった。

「嘘でしょう……」

 色々なものが残った部屋の中、テーブルやソファやカップには薄ら埃が積もっていた。

 家主が出て行ったからの期間を窺わせた。


 一体、どこへ。

 どこへ行けたというのか。


 ノアの行先など、レナにはとんと分からない。

 そして恐らくノアは行先など特に持たなかっただろうと、すぐにそう思った。

ー人狼に、安住の地などない。縄張りを捨てたら、どこか新しい縄張りを見つけるまで森をさ迷うだけ。


 この冬の間だけ、自分のことをちゃんと考えてみて正面から向き合ってほしいと、そう言ったではないか。レナが大切にしている沢山のものと一緒に、自分のことも並べてみせてほしいと、そう言ったではないか。

 もうあのままノアの元から逃げようとしたレナに、そう求めたではないか。

 あれは何だったのだ。冬が明けたら、どんな答えでもいいからレナの口からレナの言葉で聞きたいということではなかったのか。

 レナとノアの最後は、そこじゃなかったのか。

 考えたのに。レナは本当に毎日毎日ずっとずっと考えていたのに。

 天秤に載せた、その両皿のどちらもが自分にとっては大切で、苦しくて痛くて辛かった。選びたくなくて選びたくなくて仕方がなかった。

 でも、選んで、決めて来たのだ。痛みを背負う覚悟をしてきたのだ。

「あぁ、そうか……」

 ノアがここにいないのは。それは。



 自分の、せいで。



 レナは自分の失態を思い知った。

 レナが何も選ばなかったから。

 ぐずぐずしていたから。

 レナには選べないと、レナを苦しめていると、ノアは思ったから。

 だからレナが選ばなくていいように、あの心優しい人狼は出て行ったのだ。

 レナが言い訳できるように、断腸の思いで自ら姿を消したのだ。



 レナは家族を捨てていない。レナは誰のことも裏切っていない。人狼に心を売り渡さなかった。

 だからほら、ここにはもう人狼と一緒になるという選択肢は残されていない。



 けれど。

 レナはノアを拒絶していない。その想いをはっきりと正面から否定はしなかった。レナが決定打を打った訳ではないのだ。

 ノアが痺れを切らして、逃げ出したのだ。

 だからほら、レナはノアを選ばなかった訳ではない。ただノアが、レナに選ばせなかったのだ。



「馬鹿な、ことを……」

 絞り出した声は震えていた。情けなくなるくらい、レナは打ちのめされていた。

 ノアはきっと傷付いたと思う。苦しかったと思う。何度も何度も心を殺したと思う。

「…………っ」

 堪らなかった。胸が痛くて痛くてどうにかなりそうだった。こんな狂おしい痛みは知らない。どうしたらいいのか分からない。

視界が滲む。でも、涙も嗚咽も必死に飲み込む。自分に泣く資格はないと思った。

 だって自分は、ノアに一番苦しいところを押し付けてしまったのだから。

 そして、滲む視界で見つける。

 テーブルの上の、布切れ。色味に見覚えがあった。そして、そこに綴られた血文字。


"約束通りに"


「あぁ…………」

 それはあの仇の人狼の服の一部だと、すぐに思い当たった。

 馬鹿なノア。レナなんかのために、彼はどれだけ力や心を尽くしてくれるのか。

 最後に約束した通り、きっとノアはあの人狼を仕留めてくれたのだ。きっちり、仕留めてくれたのだ。


 だけど、もう、有り難うも言えない。

 何も伝えられない。

 好きだなんて、そんなこと、もうーーーー




 空っぽの部屋でレナは嘆く。

 自分の愚かさを呪う。

 自分が何を失ってしまったのかを、思い知るーーーー







これにて第四話、完です。

次で完結予定なのに、ちっとも明るくないしイチャコラしてないという……

何とか甘い感じに仕上げようと思います……!


そして第五話ではついにあの人達が登場の予定……!


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