第一話 にがくて、あまくて、クセになる。②
自分の間抜けさには本当に腹が立つ。
岩場に足を挟んだことも、人狼に出くわしたことも、その人狼の好きなようにされていることも。
レナはぎゅっと膝を抱える。
外は暗闇の中に落ちていて、室内は蝋燭の灯りでぼんやりと申し訳程度に照らされていた。
あの人狼が用意したのだ。
夜目の利く人狼には不要の代物ーーーーということはレナの為に用意されたことになる。
「………………」
レナはこんな事態に陥った自分の不用意さにげんなりしてはいたが、それでも今できる最大限の警戒と自衛はしていた。
太腿にそっと触れてみる。
粗方の武器は取り上げられてしまったが、そこにはそこそこの刃渡りのナイフが二本。
正直ブーツの紐を一息に切ったあの爪を思い出せば心許ないこと限りない気もするが、ないよりは断然マシである。状況によっては、上手く隙を突く形で何とか。
「何とか、じゃない。絶対にこの状況をどうにかしてみせる」
言い聞かせるみたいに、声にする。
「人狼なんかに、好きにさせてたまるもんですか。あんなののエサになるのは、ごめんだわ」
鋭い爪、闇に光る双眸。
あれは獣。人を喰らう獣。
レナはそのことをよく知っている。
そして、厄介なことに知略に長ける生き物なのだ。
単に手早く腹を満たすこともあるだろうが、人を騙し騙り絶望させることを愉しみ、なぶり殺す者もある。
あれは、多分後者なのだ。
善人の皮を被って、親切を押し売りして、頃合いを見計らって補食するのだろう。
「人狼が善人面なんて笑わせてくれるけれど。やり方も随分下手だし」
そう、人狼の割にあまり口が上手くない気がする。
あの人狼は何か変だ。そうも思う。
行動の端々が人間くさい、というのだろうか。
「擬態でもしているつもり?」
レナは暗闇の中視線を小さなテーブルに滑らせる。そこには皿が乗っていた。
人狼が用意したものである。
夕食だというそれは肉に塩味をつけて煮込んだスープで、ひねりのない単純なものだが、調理というプロセスをちゃんと踏んでいた。
料理をする人狼とはこれ如何に。
ーーーーいや、単にグルメなのかもしれない。塩味のスープでグルメを名乗られたくはないが。
レナは視線を爪先に戻して、太腿のホルダーを探った。今必要なのはナイフではない。
しばらくごそごそして、ドライフルーツを取り出す。
非常事態を見越しての備えだ。
口の中にゆっくりと甘さが広がると、ほんの少しだけ緊張が緩む。本当に、ほんの少しだけ。
今、ここに人狼はいない。
夕食をこしらえると、扉を抜けて隣の棟へ移って行った。
正直、同じ空間にいないのは、有り難い。
レナは今、別に拘束も何もされていない。
けれどこの足の具合では歩くことにもかなりの困難をきたす。時間が経過するごとに当初より腫れ上がった患部は、ほんの僅かな動きでも痛みを訴える。
それを見越しているからこそ、人狼もレナをそのまま放置しているのだ。
今襲われれば、刺し違える覚悟で臨まなければいけない。
目立つ武器は取り上げられた。あるのは仕込んだナイフだけ。
でも、これでどうにかしなければならないのだ。
「絶対に、どうにかする」
もう一度、レナは強く口にした。