第四話 煮込んで、溶かして、ぜんぶぜんぶ一緒くたにしてあげる。①
冒頭ちょっと残酷な描写かもなので、苦手な方はさらっと読み飛ばしてください。
カイルは人狼に殺された。
レナの目の前で噛み付かれて、首をへし折られて、殺された。
人狼はレナの方を見て滴る血をこれ見よがしに啜り上げ、その後小さないたいけな身体を抱えて森の奥へ消えて行った。
あの子はきっとその全てを無惨に貪り尽くされ、森の片隅に打ち捨てられただろう。
どうしようもなくてどうしようもなくてどうしようもなくて、呆然とその場にへたり込んでいたレナは、ふと自分の視線の先にあった赤く汚された土に手を伸ばした。
触れた瞬間、もう他にできることは何もないのだと恐ろしいまでに打ちのめされて、狂ったようにその土を掻き集めた。
あの子の血のついた土を。
それしかもう残っていなくて。
そんなことをしても、絶対にもう二度とあの子は返ってこないのに。
あの子を恐怖と絶望から救ってやれないのに。
結局レナ達家族は、カイルを骨の一片足りとて取り返せなかった。
レナが一心不乱に掻き集めたその土が、墓には納められた。そんなものしか、荼毘に伏してやれなかったのだ。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も、レナはあの瞬間を繰り返し夢に見る。
ーーーーきっと、一生。
"私は、自分のこの気持ちを、許せない"
何てことを、口走ってしまったのだろう。
レナはもうずっと動揺している。あれでは、全てを肯定したようなものではないか。肯定した上で、受け入れられないと、そんなことを人狼相手に、ーーーーノアに言ってしまったのだ。
いつから、こんなことになっていたのだろう。
いつから、レナはノアを自分の心の一歩内側へ入れてしまったのだろう。
分からない。分かりたくない。分かったところで何もかも今更だ。
あの夜、確かに二人はお互いの心の襞に触れてしまった。隠していたはずのものを、相手に見せてしまった。
それは、多分、甘くて甘くて残酷な行為だった。
だって、互いの心がどうであれ、そこに未来なんてものはない。
レナはだから、忘れたいと思っている。
それがどんな誤魔化しでも、忘れるべきだと思っている。ノアだって、そうした方が良い。
レナはあれから三日おきにノアの棲み家へ通っている。滞在時間はごく僅かだ。
ノアと長時間一緒にいたくないのと同じくらい、アルベルトと長時間一緒にいることで何か勘付かれやしないかと、それも心配だった。
アルベルトはレナとノアが既知の仲だと疑っている節がある。ノアの正体に気付かれれば、レナは言い訳のしようがない。
そんなことになったら、アルベルトはレナを非難するだろう。軽蔑するだろう。
人狼とは、人間にとってそういう生き物だ。
況してや弟を目の前で人狼に殺されているクセに、人狼と親しくしているなんて冒涜的なことをしていると思われるに違いない。いや、実際そうなのだ。
こんな状況、レナはカイルに顔向けできない。
「じゃあ大人しくしててよ」
「はいはい。というか、この状況じゃ大人しくしかしてられないけどな」
「身体はね。口はいくらでも動くんだから、あれこれ言って家主を困らせないように」
今日もレナはアルベルトの様子を見に来ていた。
足の方はそう簡単にくっついたりはしないが、精神的には安定している。死を覚悟するような酷い経験をしたのだから、もちろん全く平気な訳ではなく思い出してゾッとすることもあるだろうが、そのせいで四六時中悩まされているといった風でもない。それは幸いだった。
「レナ、お前俺を近所の子どもと一緒にしてないか」
「近所の子どもの方がずっと可愛いわよ」
「………………」
レナの従弟は森の中で熊に襲われて以来、もうずっと精神的に不安定だ。目の前で父親が片腕を失い、自分もあわや喰われかけたのだから、それも仕方がないのかもしれないが、彼を見る度にレナはやり切れない気分になる。
「まぁ、何だ。家主とはほとんど交流がないんだ。必要最低限しか会話も交わさない」
「それがいいわ。お互いのためにね」
「……そうかもな」
早くアルベルトを家に帰してやりたい。皆に無事を知らせたい。
それに早くノアとアルベルトを引き離してしまいたい。
そうだ、ノアと自分の間に生じてしまった心理的な問題も片付けてしまいたい。
ここのところもうずっとレナの頭の中は急いている。
「とにかく、大人しくね」
「分かったよ」
諸々の考え事を無理矢理隅の方に追いやって、子どもに言い聞かせるみたいにレナはアルベルトにもう一度言った。
アルベルトは苦笑しながらも、素直にそれに頷いた。




