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第一話 にがくて、あまくて、クセになる。①

第一話です。

ノアとレナを宜しくお願いします。






 担ぎ上げた身体は最初こそ抵抗を示したが、暫くすると諦めたように静かになった。ただその身体はきゅっと硬く縮こまり、警戒と怒りと怯えを危ういバランスで秘めている。



 十数分歩いて辿り着いたのは、石造りの家。小さな建屋が二つ連なっている。片方は多少苔むしているが、住み心地はそんなに悪くない。



 中に入ると少し薄暗い。

 ノアは部屋の真ん中に位置取っている一人掛けのソファーに彼女を下ろした。

「っ!」

 下ろした瞬間、彼女の身体がまた強張る。

 こちらを射抜く視線はたじろぐほど強く、でも嫌いじゃないとノアは思った。



 大抵の生き物は人狼であるノアに追い詰められると悲壮な表情はしても反抗の意は示さない。半ば諦めているから。

 だから普通じゃない反応を返されるのは、少し面白い。



「靴、脱いでおいてくれる?」

「誰が、あんたの言うことなんて」

「自分で脱がないなら脱がすよ。それでもいいなら、ご自由に」

「なっ」



 絶句する彼女を置いて、ノアは洗い場に移動した。

 布を水で濡らして絞ったら、戸棚から木箱を取り出す。

 戻ると彼女はまだ靴を履いたままだった。



「………………脱がされたいの?」

 溜め息半分に問えば、烈火の如く怒られる。

「そんな訳ないでしょ、この破廉恥!」

「いや、破廉恥扱いされるだろうから、自分で脱いでって言ってるんだけど」

 どうにも会話が成立し辛い。

 取り敢えずその場に膝を付いて、ノアは木箱を開けた。



「薬箱……」

 中身を見て彼女が目を丸くした。何故そんなものが、という顔をする。

 彼女はどうやら人狼というのが随分原始的な生活をしているものだと誤解している節がある。

 まぁでも、確かに薬箱を持っている人狼というのは、珍しいかもしれない。



「これは独り立ちの時に持たされたんだ」

 兄の時もそうだったが、心配に心配を重ね続ける母は、ノアに色んなものを用意していた。あんまりあれこれ持たせようとするので、そんなに荷物があったらいざという時身軽に動けないよ、と言うと泣き笑いのような表情を浮かべられた。



「ーーーー」

 何かが納得いかないといった顔をしている彼女に、ノアは再度問いかける。

「で、どうする? 靴を脱がないと手当てができない」

「……随分、こちらの意向を汲んでくれるのね」

「オレは礼節を重んじる人狼だから」

 ハッと鼻で笑われた。

 けれどこのままでは埒が明かないのは分かったのだろう。渋々といった様子でブーツの紐を解き始めた。

「っ、…………」

 けれどそれも途中で止まる。渋っているというよりは痛みのためといった感じだった。思った以上に患部が腫れているのかもしれない。

 紐を緩める度に走る痛みが、彼女の手の動きを鈍らせている。



「ーーーー代わりのものは後で用意するから、苦情はなしにして」

「え」

 ノアは返事を待たずに、自身のその長く鋭い爪を出した。そっと手を添えたふくらはぎが微かに強張る。それには素知らぬフリをして、編み上げの紐な躊躇わず爪を掛けた。



 呆気なく上から下まで紐が寸断される。

「!」

 拘束の緩くなったブーツを、ノアはゆっくり慎重に引き抜いた。

「うわ」

 靴下の上からでも分かる。彼女の左の足首はひどく腫れていた。

 こんな状態で彼女はよく最初に鉢合わせた時、跳び退って立ち上がってみせたものだ。

「流石に靴下は自分でどうぞ」

「い、言われなくても」

 手を離すと、ついに観念したのか彼女は今度は大した抵抗もせずに靴下を脱いだ。



 素肌を晒した足首は青黒く変色して腫れていた。

 見ているだけで自然と眉がぎゅっと寄る。



「思ってたより酷い。一体どんな捻り方を」

「……岩場で隙間に挟んだのよ」

「これじゃ一週間は安静にしておかないと」

「…………どうせ足が治るより先に命がなくなるけどね」

「だから食べないと」

 言っているのに。



 人狼が恐れられ忌み嫌われる存在なのは理解している。教えられてきたし、そもそも壊し脅かす方が容易いと本能が知っているから。

 けれど他者からそれを突き付けられるのは、また微妙な感じだ。何をズケズケ言われてもそれほど傷付きはしないが、何というか押し付けられるイメージには戸惑ってしまう。



 ノアは会話を打ち切り、手当てに専念することにした。

 薬草を乾燥させ粉末状にしたものに、少しだけ水分を加え擦っていく。ぷんと刺激臭が鼻に付くが、その頃には薬草にいい具合に粘り気が出てきている。

 暗い緑色をしたそれを彼女の患部に満遍なく塗ってから、ガーゼを当てて包帯を巻いた。



 自分で言うのも何だが、なかなか上手くできたと思う。

 一人満足して作業を終えたところで、ノアはふと気が付いた。



 そうだ、まだ名前を聞いていない。というか自分も名乗っていない。

 これでは何かと不便だ。



「……言い忘れてたけど、オレはノア」

「ーーーー」

 名乗ってみたが、向こうはだんまり。

 いや、目が確実に人狼相手に名乗る名など持っていないと語っている。

 まぁ、ノアにしてみれば予想通りの反応だ。



「別に教えてくれなくてもいいよ。でも、不便だから勝手に呼び方は決めさせてもらうよ。………………うーん、エル?」

「……どういう意味よ」

「君、怒ってばかりだから。怒り(エルガー ) で、エル」

「なっ、失礼な!」

 さらりと言ってやると、彼女は顔を赤らめて言った通りに怒る。

「分かりやすくていいと思うけど」



 エル、ともう一度呼んでやれば、彼女は溜まらずといった様子で口を滑らせてくれた。

「何がエルよ、私にはレナという真っ当な名前がーーーーあ」

 口に手を当てても今更遅い。

「レナ、ね」

 にんまり笑ってノアはその名を口の中で転がした。






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