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第二話 おかわりを、もう一杯。⑥

なかなかラブい雰囲気にならなくて申し訳ないです……

レナの可愛いげのなさとノアの草食男子ぶりが災いしてる……






 彼女は本当に律儀に戻って来た。



 人狼なんかに助けられっぱなしなのは許せないのだろう。

 あるいは人狼でさえ助けられてしまえば無視できないほど、本来の彼女は慈愛に満ちた女性だと、そう言えるのかもしれない。



 ノアが、人狼でなかったら。



 そうだったなら、彼女はノアに柔らかく笑いかけてくれただろうか。

 厭わず会話を続けてくれただろうか。

 この名を呼んでくれただろうか。



 ーーーー無駄な想像だ。



「レナ、ここまで何もなかった?」

 嫌がられると分かっていても、ノアは声をかけてしまう。彼女は水を注いだコップをサイドテーブルに置いてから、溜め息混じりに応えてくれた。

「…………人狼の獣避けのおかげかは分からないけど、何にも遭遇しなかったわ」

 ただ横になっているのはひどく退屈だ。熱があるといっても意識ははっきりしており、時間をもて余しているノアは、この際訊けることは訊いてみてしまえと思い切ることにする。



「レナはどうして森に入るの?」

「それが仕事だからよ」

 素っ気ない口調だし、こちらと目は合わないけれど、答えは返ってきた。

「私の生業は、ハンターよ」

 ハンター。ある程度予想していたとは言え、また随分物騒なものを仕事にしている。

「熊とか狼とか…………もちろん、人狼もその対象。危険性は低くなるけど狐とかイタチとかそういうものも時に対象になる」

 生半可な覚悟では、選べない道だ。

 心の強さと体力や技術かなければ、あっという間に森の中に引きずり込まれ、命を落とす羽目になる。

「狩猟が目的ではないわ。人に害為すものを排除するのが目的。獲物を寄合所に確認してもらうことで、報酬が出る」

 こんなうら若い人間の娘が本来なら就くはずもない仕事を、彼女は選んでいるのだ。恐怖や辛いことがない訳ではないだろうに。

「もちろん、理解しているつもりよ。私がやっていることは完全に人間の都合に拠るもので、他の生き物から見れば酷く身勝手で、エゴに満ちた傲慢な行為だと」

 なのに彼女は自分のやっていることを、正面から見つめていると思う。誤魔化さずに、けれど開き直っているのでもない。



「でもそれは多分、お互い様なのよ」

 そうだと、ノアも思った。



 それぞれの立場にそれぞれの行動がある。人間が自分達の都合で森を切り開き動物を狩るように、動物達もまた人間を傷付け食らい、その領域を侵すことがある。

 そこに善悪はなく、単純に生活があるだけ。そしてその生活圏が重なる限り、摩擦が起きるのは自然なことだ。



 命を持ってこうして生きている限り、誰かの何かに干渉してしまうのは必定。



「私の対象は、あくまで人間の生活を脅かすものだけよ。人里に降りてきたり、人間を食い殺してその味を覚えてしまった獣を、そのまま見過ごすことはできない」

 だからレナのしていることが、良いとも悪いともノアは思わない。

 必要なことだと、そう思う。

 例え自分が彼女の剪定の対象であったとしても。

「……誰かが守ってくれて、だから安全な生活があることはよく分かるけど」

 ノアは改めて彼女をよく見る。

 決して標準の域を出ることのない身体つき。身長も骨格も筋力も、特別恵まれてはいない。つまり、普通に考えて全くハンターには向いていない。

「でも君がどうしてもやらなくちゃいけないことだとも、思わないけど。若い女性のハンターなんて、そういるものじゃないだろ」

 彼女が背負わなくてもいい使命だと、ノアはそう思った。

「…………前にも言ったけど、私の弟は人狼に食い殺された。それだけじゃない。叔父は熊に片腕をもがれ、その時その場に居合わせた従兄弟はひどいショックを受けて今も心の傷が癒えないまま。森には恵みへの感謝より、理不尽なイメージがずっと強い」

「………………」

 よくそんな悪いイメージが多い森へ、それでも入ろうと思ったものだ。でも彼女の場合、だからこそ、ハンターという道を選んだのだろう。

「経験があるから、もう見ないフリで誤魔化して生きてはいけなかったのよ。これ以上無闇に大切な人を失いたくなかった。私にできることがあるなら、この手足は動かすべきだと思ったの」



 けれどそれは自分の胸の傷を抉り取る行為でもあるはずだ。

 痛みと向き合い続ける作業。



 でも彼女は目を背けられない性格をしているから。



「苦しくない?」



 問うと、溜め息と共に彼女は答えた。




「苦しくても、いいのよ。慣れてしまうよりは、ずっとね」






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