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第二話 おかわりを、もう一杯。⑤






 人狼なんかを、助けてしまった。

 いや、違う。その前に、人狼なんかにまた助けられてしまったのだ。



 あの時、レナは自分の死を覚悟した。

 このまま食い殺されるのだと、そう思った。



 でも、割り込んだあの背中。

 深々と突き刺さった牙。

 零れ落ちるそれは、すぐに血溜まりを作る。



また、会うことになるとは思わなかった。

 しかも庇われるなんて、そんなこと。

 馬鹿じゃないのかと本気で思った。何を考えているのか分からなくて、本当に気味が悪い。



 だって人狼は知っているはずだ。

 レナが人狼という生き物を憎み恨み呪っていること。

酷い態度ばかりとる、助ける価値を感じない人間だということ。



 なのにーーーー



「で?」

ベッドに横たわる人狼が口を開く。

 人狼はあの後、傷口由来の熱で床に臥していた。

 本人はこれくらいと言うが、二日経った今もそれなりに熱は高い。傷もそう簡単に癒えるものではない。



「レナ、君は何のためにまた森へ? 随分周囲への警戒がおざなりになっていたみたいだけど」

「黙って寝てて」

「…………助けたんだから、理由くらい、聞かせてくれてもいいだろう?」



 助けてなんて言ってない。


 そのセリフは何とか呑み込んだ。言いたいけど、あまりに酷い言葉な気がした。

 助かったのは、本当なのだ。



「…………探し物を、してて」

「探し物?」

 渋々答えたら、少し驚きの混じった声が返される。

「森の中で?」

 無謀なのは分かっている。前回通った道を寸分違わず歩むことが、まず不可能なのだから。



「何を探してるの?」

「ブレスレット」

 右の手首を押さえながら言う。

「…………青い、石の」

 もしかしてと思ってこの家の中も見てみたが、それらしきものは何もなかった。

「…………見覚えはないな」

 ということはやはり人狼に出遇う前に、森のどこかに落とした可能性が高い。



「ーーーーそんなに、大切なものだった?」

「…………………………」

「答えたくないなら、別にいいよ」

 答える必要はなかったかもしれない。

 でもあまり余裕がなくて、余計な意地を張れなかった。



「弟が」



 レナはポツリと零す。



「亡くなった弟が、誕生日にくれた手作りのものなの」

「ーーーーーーーー」

 そう、ブレスレットは弟が人狼の手にかかる少し前、誕生日プレゼントだとくれたものだった。

 以来、ずっとレナの手首にそれはあった。

 レナにとってお守りで、宝物。代わりなんて、ない。



「……あんたには、関係のない話だったわね」

 レナは話題を切り上げて踵を返すと、いくつか解いていた装備を身に付け始めた。

「え、レナ?」

「不本意だけど」

 人狼に背を向けたまま言う。

「その傷の具合が落ち着くまでは、面倒を見るわ。だからもう、それでなかったことにして」



 これ以上は関わり合いになりたくなかった。

 この人狼といると自分の中の憎しみが掻き立てられる。掻き立てられるのに、その憎みを行動に移せない。

 レナの中の天秤が揺れる。

 それがしんどい。

 良識とは何なのか、分からなくなる。



「いや、別に恩を着せたかった訳では」

「帳尻が合わないって言ってるのよ。恩とか、そういう風にはこっちだって思ってない」

 吐き捨てるようにしか言えない自分は、大層可愛いげのない女だろう。

 でもまぁ、人狼に何をどう思われようと知ったことではない。



 レナは精算したいだけなのだ。

 人狼と自分の間の出来事を。



「…………薬が切れてるのよ。一度家に戻るわ。恩とか情ではないのよ。誤解しないで」

「それは……分かってるけど」

 ごそごそと人狼が身を起こす気配がする。

「ちょっと待って」

「何」

 振り向くと、人狼はおもむろに自分の髪をひと束掴み、そのまま爪でざっくり切り落とした。

「な、何やってるの」

 意味が分からなくてたじろぐ。

「こんなもの、気持ち悪いかもしれないけど」

 そのまま髪を差し出された。

「持っておいて。人狼の髪は獣避けの御守りだ。もちろん他の人狼も大抵は避けられる。人狼は、他の人狼の匂いがついたものがあまり好きでない」

「ーーーー」



 人狼の髪を、持ち歩けだと?



 正直レナの中を忌避感が駆け巡った。

 この人狼は無駄なことや無意味な嘘はつかないだろうと、そういう気はする。だからその髪に獣避けの効力があるのは多分事実だろう。

 だけど、それに触れろと、持ち歩けと言われるのは、受け入れ難い。



「レナ、森の中は危険だらけだ。狼に襲われたこと、忘れた訳じゃないだろう?」

 人狼の瞳は真剣だ。嫌になる。

「命を無駄にしないでほしい」

 長い葛藤の末、レナはのろのろと差し出された手の平に、自分の腕を向けた。




 触れた灰色の髪は、ひどく滑らかで指先に心地好く、レナの心はまた掻き乱される。






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