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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と青い空
57/63

7-8

「紬喜が昼間、迷子にならなければ会わないよ」


 そうクリスが言ったのに、結局私は迷子になっていた。翡翠宮の何処かなのは確かだ。でもどうする事も出来ない。こっちだって、迷いたくて迷っている訳ではないのだ。目印にしていた絵画が、実は時間ごとに動くと分かっただけでも前進としよう。


「見つけた」


 その低い声に、ビクッと肩が跳ねる。まさかの遭遇だ。可笑しい、何故に王族自ら私を探すのか。ギギギと顔を向けると、金の髪に簡易冠を埋めた青年が、此方に歩み寄って来た。内心で絶叫し、紬喜はそそくさと逃げを打つ。


「こらこら、何処に行くの」


 しかし、ずりずりドレスでは勝ち目が無い。あっという間に手首を取られて捕獲された。


「あぁ…………」


 悲壮感を漂わせる紬喜に、青年はクッと喉で笑う。


「また、迷子になっていたの?」

「…………すみません」


 反射神経が謝罪に直結しているのは、なんと悲しい事だろうか。紬喜は足元に視線を落とした。彼の顔は直視すると危険なレベルで整っており、上半身はスリムで妙に色気があって、じゃあ下半身を見るのかって?論外だ。黒い靴先を見ながら、どうやって逃げようか思考を巡らせるしかない。一見、ものすごく悄気ているようにしか見えない紬喜に、青年は苦言を呈した。


「此処は広いから、探検もほどほどにしないと」

「はい…………」


 程々にしないと、苦手な王族に会ってしまう訳ですね。昨日の今日なんて、本当についてない。


「女官を付けていないのは、君の判断だ。回りを困らせてはいけないよ」

「はい…………は、はぃ?」


 思わず顔を上げてしまった。どこか困ったように微笑む青年は、紬喜が元気なのは良い事だけれど、居ないと言われると驚くものだよと言う。ものすごく不思議な気持ちになって、パチパチと目を瞬いた。そんな風に心配される間柄では無い筈なのに、こそばゆい。


 知らない筈なのに、相手は私の事をよく知っている、そんな感じがした。あり得るのだろうか。だってこの人は王族で…………欠けた月のその影まで美しいような美貌の青年。何が言いたいかって、見ているだけで赤面してしまう造形だ。そんな人が、私の事をよく知ってる?


「ちょっと遅いけれど、僕のところでお茶をしてお帰り」


 手が引かれた。


 私って面食いだった?


 違うよ、断じて違う。恐るべしイケメン。危うく流される所だった。連れて行かれる訳には行かない。クリスに心配されてしまう。というか、下手な断り方をしたらマズイよね?


「…………あの、行けません。私には婚約者がいるんです」


 断れないなら、相手に遠慮して頂くしか無いだろう。クリスごめん、私は手段を択ばない!イケメン撃退大作戦!!


 頭の中で、バルコニー越しに愛を語り合う男女の場面を思い出す。あんな台詞を実際言われたら『イケメンでも引く』と友人が言っていた。紬喜はそれがあまりに印象深かった為、よく覚えている。


 気分は、死に向かう恋に囚われた女性。さぁ、お引き取り願おうではないか!


「私の大切なクリス様に、心配をかけるわけには参りません。あぁ、お分かりいただけなくても構いませんの!」


 役者スイッチがパチッと入る。


「この胸の高鳴りは彼だけのもの。あぁ、愛しいクリス様!彼の瞳を陰らせる罪を、私に背負わせないで下さいまし!」


 瞳を潤ませ、胸で手を握りしめて、紬喜の演技は素人なりに迫真に迫った。しかし、いかにも演技と分かるものでもあった。


「クリス様。クリス様どうしてあなたはクリス様なの!?いけませんわ、私もう戻らないと。あの鐘が鳴り終わる前に!」


 鐘など鳴らないが、妙な女の手なんか放して、さぁドン引くがいいよ!そしてドヤ顔である。


「…………本当に、どうしてくれようか」


 相手が悪かったのは確かだ。手首を掴む手に力が入る。片手で額を押さえた青年は、幾分低い声を絞り出して言った。明らかに、期待した効果が出ていない。まさかこれって、クリスに飛び火した!?


「クリスに何かしたら、許しませんよ!」

「君だよ」

「は?」

「白昼堂々、愛を語る君をね…………どうしてくれようか、と言っているんだ」

「えぇぇぇぇ~っ!?」


 引いてよ、ドンと引いて下さいよ!そして手を放して!!むしろ今、だんだん恥ずかしくなって来てるから、こっちを見ないでっ!


「紬喜は本当に、予想外の宝庫だね…………今の台詞は、どんな芝居から引用したの?」


 げっ、根底からバレてる!でもここはしらを切るしかない。ほほほ、と嘘くさい笑い方をすると、彼もクスリと声を零した。


「まだ続けるつもりなんだ?こんなに赤い顔をして」


 長い指の背が頬を掠める。ぞわぁっと背中に悪寒が走った。赤くない。私の顔は青い筈だ!


「役者には不向きみたいだけれど、君がその気なら…………物語最後の、激しい口付けの相手には立候補しようか?」


 えっ!?ロミジュリのラストってそんなんじゃ無いよっ!でもここで悲恋と言ったら、出だしから話をひっくり返しかねない。仮死の毒を呷りたい。都合よく気を失いたい!!


 慌てる紬喜の腰に腕が回る。ぎゃぁと言葉を飲み込んだ口を開け閉めし、咄嗟に、王族の彼に触っては行けないかもしれないと思った。結果、両手を顔の横でパーをしたまま腕を折り曲げる格好になる。触っていないかと思ったら、そのまましっかり抱き寄せられ、アウトになった。


「おっ…………!」


 お戯れを、と言いそうになり言葉に詰まる。これは、封印すべき危険な単語だ。


「お?」


 聞き返されたくない時に限って聞き返され、混乱した紬喜は頭に浮かんだ言葉を叫んだ。


「おーっ牧場は緑っ!」

「…………ぷっ」


 グッと抱きしめられたまま、彼は耐えかねたように笑いだした。私の馬鹿っ!どうして牧場!?


 服越しに感じる、仄かな体温。身体から心に浸食するような温もりが怖い。こんなカッコいい人に抱き締められて、ときめかないはずが無かった。愕然とする。


 やめて、やめてよ…………


 私には、大切なクリスが居るんだ。子どもだけれど、まだ、私を好きだと言ってくれる少年が。


 こんな風にクリスを裏切るなんて、絶対に嫌だ!!


 白い魔力が立ち昇る。魔力洩れでも、咎められるかもしれない。けれど青年の腕は緩んだ。その隙に、なりふり構わず走って逃げる。制止の声を無視して、無茶苦茶に廊下と回廊を駆けた。


 クリス、どうして昼間は会えないの?


 これ以上気持ちを寄せたら、駄目だって分かっている。けれど、心細いよ。訳の分からない世界でも、クリスが居たから安心出来た。その事に気付いて…………私は。生きる理由に貴方が居る事を、知ってしまった。


「紬喜様!」

「アルフレートさんっ!!」


 前から走って来た彼に飛び付く。細い人だから、押し倒してしまうかもしれないと思った。アルフレートは、片足を下げただけで踏み留まる。首に巻き付いた紬喜を抱き上げ、僅かに洩れている魔力に眉を寄せた。


「塔に戻りましょう?もう探検は、十分されましたでしょう?」


 息が荒いのも、胸が痛いのも、久しぶりに走ったせいだ。返事が出来ない紬喜の背をあやし、アルフレートは塔に向かって歩き出す。


 殿下の悪ふざけが過ぎる。


 浮かべた笑みは、紬喜に見せないゾッとするほど冷たいものだった。




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