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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と青い空
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7-7

 ヴァスカディアに来て数日。


 文字が読めず、クリスとは夜にしか会えなくなった紬喜の日課は、宮殿の探検となっていた。出合うと付いてこようとする女官を巻き、塔に連れ戻そうとするアルフレートから逃げて見つけた部屋は…………月の女神様を祀る礼拝堂だった。


「わぁー…………」


 半円の天井は青系のモザイクガラスに彩られ、傾きつつある日射しが深みのある光を落とし込む。床に色彩の影を描き、ひんやりとした空気にムスクのような甘い香りがした。祭壇にある丸い鏡が神社を思わせる、不思議な空間だ。


 これからの事を考えなければならない。


 一人の時間は大切だ。両膝を付いて指を組む。祈りの姿勢で考えに浸り出した紬喜は、残念ながら聖女にしか見えなかった。


 クリスの幸せを望む。けれど今、最大を障害になってしまったのは私だった。彼の言う好きは、自分の好きと違う。とても大切だから、大切だと思ったばかりに、距離を間違えた。


 傍に居たくて、でも居られない。


 相反する気持ちの原因は、自分の中にある。少年を好きになることが認められないくせに、彼が大人になって別の女性に恋する事も許せないのだ。最悪だ。こんなの、本当に…………


 すっかり暗くなった礼拝堂。瞳を閉ざしていたので、近付く人影に気付かなかった。祈りの形に組んでいた腕が、片方引き上げられて崩れる。


 びっくりして振り仰ぐと、後ろに青年が立っていた。彫刻のように白くシャープな頬のライン。笑みを浮かべた瞳を細め、被さるように覗き込んでくる。


「扉が閉められないよ?」

「えっ!」


 ここ、閉館時間があるの?思わず辺りを見回すと、日が落ちた室内は魔法ランプも無く薄暗い。その時、依然として紬喜の腕を捕らえていた青年が、指を掛け変えた。そのまま、あわあわと立ち上がらされ、身体の向きがくるりと反転する。驚きすぎて、無防備に見上げてしまった彼の顔。


「っ!?」


 一瞬思った事は、その次に飛来した知識に吹き飛ばされた。青い瞳に金色の髪、額に輝く簡易冠――――王族だ。


 なななななんで、こんな所に居るの!?目が合ったとたん、みるみる焦り始めた紬喜を見て、彼は苦笑した。手首に回した手を指先に滑らせ、逆の手で細い背を押す。


「まずは、退室しようか?」

「っは、はいぃ!」


 その人は随分、物静かだった。王族の標準装備、マシンガントークは炸裂しない。礼拝堂を出て、明るい廊下を歩く。依然として握られたままの手を離そうとすると、スッと彼は立ち止まった。


「紬喜」

「えっ?」


 低い声で呼び捨てされた名前に、ぞわりと背筋が震える。呆然と見上げると、前髪の影が落ちた瞳を細め、面白そうな表情で彼は言った。


「酷いな、もしかして分からない?」

「えーえぇと…………」


 握られたままの手。長く節のある指先は、女性的なアルフレートや、硬くしっかりとしたラルスの手とも違う。はっきり言って、知らない男性の手だ。黒を基調とした衣装は上半身が添うような仕立てで、否応なくスタイルの良さを見せつける。丈の短いボレロのような上着に付いた飾り紐とボタン。差し色の金。どれをとっても洗練されていて、品の良さが滲み出ていた。


 流石は王族、こんなモデルみたいな人に面識はない。確実に、一度見たら忘れられないタイプだろう。紬喜は困惑した。


「ええと、すみません。私、こちらに来たばかりで王族の方の、お顔とお名前をまだ…………」


 どうしよう?得意の接客スマイルを引きつらせ、紬喜は一生懸命考えた。どうにかして穏便に、彼にはお引き取りいただかねばならない。王族対応なんて分からないのだ。家に総理大臣が来た方が、まだマシだった。


 ピシッと固まった紬喜を見下ろして、青年は目を細めた。薄い唇に笑みを乗せ、傾げる首に淡い金の髪が流れる。額の簡易冠がきらりと光を弾いた。


「そんな態度を取られると、からかってみたくなるね」

「えっ!?」


 反らした目線を合わせるように、彼は膝を折る。下から見上げられ、紬喜は筋の通った鼻だけをを見詰めた。目を合わせる勇気が、もう無い。


「まさか、僕の名を忘れてしまったの?」


 もしかして、もうからかってる?嫌な汗が止まらない。こんな人知らない。低い声、綺麗な顔、親し気に話す気さくな青年…………何処かでチラッとでも、顔を合わせた?


「ああっ!クリスのお兄様!?」

「はずれ」

「従兄弟様でしたか…………」

「真面目に言っている?何だか、焦れったいね」


 大真面目だよ。焦らしてないし!どうして私、王族の人に絡まれてるの!?これ以上会話が長引くと、不興を買いかねない。何か無いか――――いい断り文句。


「困ったな。本気でこの姿だと分からないの?」

「お、お戯れを!」


 いい言葉を思い出した。殿様に絡まれた女中の台詞だけれど。王族に絡まれた私でもいいハズ!!会心の笑みで微笑むと、青年はとろりと。それはそれは艶やかな笑みを浮かべて、吐息のように囁いた。


「僕は別に、戯れても構わないんだよ?」


 毒のように思考が犯された。脳裏で、ぐるぐる帯を解かれる女中の叫びが木霊する。このままだと、あーれーになってしまうのは私だ。


「紬喜?」

「それは、私にはまだ早いんです!!」

「何を想像したの?」


 墓穴を掘りすぎている。穴なんか掘ってる場合では無いのに。この人を何とかせねば。でも口で勝てる気がしない。このままだと、私がマズイ!


「クリスを、クリスファルト様を呼んで下さい。私、本当に貴方の事を存じ上げないんです!」

「うん、よく分かったよ」


 青年はフッと息を吐いて、じゃあ二択にしようと笑顔で迫ってきた。全然、お分かりなっていなかったようだ。おろおろと辺りを見回すも、見事に人影がない。そう言えば、クリスが妙なことを言ってはいなかったか。簡易冠を付けた王族には気を付けるんだよ。手出しされても罪に問えないからね。手出しって、どこまでの事を言うのか。既に手は捕まっている。


「一つ目は君の部屋、二つ目は僕の部屋。どちらで待ち人をするかい?」


 何故に個室を指定するのか。ともかく、男の部屋を選べる筈がない。


「私の部屋で…………」


 言って内心、頭を抱えた。うわぁぁ、クリスごめん。これは不可抗力なんだよぅ。男を部屋に連れ込んだとか、そういうのじゃ無いんだ…………項垂れた紬喜は、そのまま優雅に連行されて行った。


「殿下…………」


 紬喜の塔の前で佇んでいたアルフレートが、困惑顔で呟く。


「迷子を捕まえたんだけれど、僕が誰だか分からないみたいでね?」

「アルフレートさん…………」


 助けて、と紬喜は目線で訴えた。ニコッとアルフレートが不吉に笑う。彼が、逃げ回っていた紬喜の見方である筈がなかった。


 お小言二倍は確定だ。



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