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不安そうに言うクリスに、この宮殿に居れば大丈夫なんじゃないの、と聞き返す。会う機会はないと断言したのだから、要らない心配だろう。
「ここには、隔離結界というものが張ってあるんだ」
「隔離、結界?」
また知らない単語だ。くぅ、めげないもん…………困ったのか笑いたいのか分からない表情の紬喜に、クリスは眉を下げた。
「人の出入り制限なんかが出来る、無属性結界だよ。紬喜には無害だから」
「出入り制限…………って、まさかクリス、自分の家族を閉め出してるの?」
ニッコリと少年は微笑んでみせた。
「だって紬喜に、何をするか分からないから」
「…………」
クリスの家族怖いです。珍獣じゃないんだよ。何しようって言うの!?私は今、ちゃぶ台をひっくり返したい気分になった。物に当たるのは悪い事か、いいえ、壊さなければ大丈夫!名前が長いうえに呼び名が二つある宮殿とか、広いのに増改築で迷宮化してるお城とか。全部そんなのは後回しだ。
どう付き合えば良いのか分からないクリスの家族は、締め出し中。
極論、アストレブンと変わらない。
クリス以外は。
繋がれた手に力を込める。紬喜は、見上げるクリスに張り付けたような聖女スマイルを返した。
「クリス。私ね、話す事がいっぱいあるんだ」
「う、うん?」
「じゃぁ、行こっかー!」
四階まで階段を上ったのだから、この庭は塔へ続く前庭だ。自分が居た場所のマップくらいは、暗くても分かる。塔まで送ると言った彼が、送って即帰る可能性は捨てきれない。逃がすものか。
「つ、紬喜!?」
クリスを引っ張り、片手でスカートを抓んでずんずん進む。魔法ランプや光る花々で幻想的な庭には目もくれず、塔を目指した。途中で先回りしたアルフレートが、入口を開いてくれる。
「お休みなさいませ、紬喜様」
「アルフレートさん、おやすみなさい!」
「ア、アルフレートっ!」
クリスが僅かに抵抗した。何かを言いかけた声は、紬喜が抱きしめる事でくぐもる。その隙に、アルフレートが入口を閉ざした。見事な連携プレイだ。クリスはすぐに、両手で紬喜の肩を押した。
「紬喜、夜に塔へ――――」
「聞こえない。私は何も知らないもん!」
「…………」
閉まった扉に目を向け、クリスは溜息と共に俯いた。
「…………何を、怒っているの?」
「怒ってる訳じゃないんだよ?でもクリス、一緒に遊んで?」
「え?」
この時間に、此処で、君と?
分かり易く困惑を表情にしたクリスは、遊ぶって、と言ったきり言葉に詰まってしまった。
「私の祖国には、泊まる場所でする遊びがあるんだ」
「…………う、うん」
「その遊びはね。家に帰れない夜を、楽しい笑いに変える力があるんだよ」
「…………それで、何で二階に行こうとしているの?」
「クリスって、体重は何キロくらい?」
「…………」
片手は紬喜に捕まっている。勿論、振り解く事は容易い。クリスがそれをしないのは、この塔に入ってしまった時点で勝負が付いてしまったからだ。未成年の婚約者に貸した塔。女官は控えさせていて、側近も護衛騎士も塔の外。しかも夜だ。
確実に、首を絞めている。
「君に持ち上げられるくらいなら、自分で歩くよ…………」
諦めるのは早かった。紬喜の首が締まる分には、もう構わない。寝室を奥に、次室、居間と三間続きの二階は、この塔の主寝室に当たる。紬喜に連れ込まれた居間は、春のような黄色がかった配色の部屋で、公の間でもある。家具は木を主とし、花や鳥などを彫刻した揃いの物。伝統の織物を飾り、季節の花を生け、入口脇に飾り棚。白地に青で繊細な模様が描かれたティーカップは、この国では有名な品だ。
「紬喜…………僕を寝室に入れる意味、分かってる?」
「何を今更。夜に部屋に来るのは、クリスだけだったよ?」
この場で言われた事で、クリスの首も若干締まった。居間から次間を抜け、躊躇いも無く寝室に通され、彼は枕投げをさせられた。寝台から次々に投げられたクッション。それを叱るよりも、無駄な事だと教える方を選ぶ。
「ま、まいりましたぁ」
「気は済んだ?」
クリスは経験者のように強かった。
投げたクッションを避けている内は、まだ可愛げがあったのに。投げるものが無くなっら、当然、接近戦だ。そこから距離を取られ、また接近戦になりを繰り返す。このままでは終わらないと悟ったのか、容赦無く反撃されてからは早かった。あっという間に紬喜の周りのクッションが増え、肩に当たった一撃でバランスを崩す。倒れかけた手を引いたのは、あっという間に傍に来たクリスだ。
「僕と接近戦をする気、ある?」
全ては動きにくい服のせい。悔しいけれど、白旗を上げる判断は即決だった。絨毯の上に座り込んでしまった紬喜と散乱した部屋を見回して、クリスは重い溜息を付いた。
「一階へ降りよう?話しがあるんでしょう?」
「そうだった…………でもその前に、部屋着って何処かな?」
「次間にあったよ?」
行きとは逆に、クリスに手を引かれて寝室から出る。次間で手を放した彼に、紬喜はふと声を掛けた。
「ね、ねぇクリス。これ、どうやって脱げば良いか分かる?」
「…………女官を呼ぼうか?」
「なんで?」
悪意の欠片もなさそうな様子で、紬喜が手を招く。きてきて、じゃないだろう。
「僕に手伝え、なんて言わないよね?」
「上から五つだけでいいから、ね?」
向けた背中に並ぶ釦。それを外せ、と。
「この服、何処から手を付けて良いか分からなくて」
「僕も、何処から手を付けて良いか分からないよ」
ボタンくらい、皇子様でもはずせるよね?
首を傾げた紬喜を前に、クリスはアルフレートを呼んだ。彼は寝室の惨状に固まり、釦が外せないという紬喜にニコッと笑みを浮かべた。
「五つと言わず、すべて外して差し上げますよ?」
「クリスっ!」
「だから、女官を呼ぼうか、って言ったのに」




