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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と青い空
55/63

7-6

 不安そうに言うクリスに、この宮殿に居れば大丈夫なんじゃないの、と聞き返す。会う機会はないと断言したのだから、要らない心配だろう。


「ここには、隔離結界というものが張ってあるんだ」

「隔離、結界?」


 また知らない単語だ。くぅ、めげないもん…………困ったのか笑いたいのか分からない表情の紬喜に、クリスは眉を下げた。


「人の出入り制限なんかが出来る、無属性結界だよ。紬喜には無害だから」

「出入り制限…………って、まさかクリス、自分の家族を閉め出してるの?」


 ニッコリと少年は微笑んでみせた。


「だって紬喜に、何をするか分からないから」

「…………」


 クリスの家族怖いです。珍獣じゃないんだよ。何しようって言うの!?私は今、ちゃぶ台をひっくり返したい気分になった。物に当たるのは悪い事か、いいえ、壊さなければ大丈夫!名前が長いうえに呼び名が二つある宮殿とか、広いのに増改築で迷宮化してるお城とか。全部そんなのは後回しだ。


 どう付き合えば良いのか分からないクリスの家族は、締め出し中。


 極論、アストレブンと変わらない。


 クリス以外は。


 繋がれた手に力を込める。紬喜は、見上げるクリスに張り付けたような聖女せっきゃくスマイルを返した。


「クリス。私ね、話す事がいっぱいあるんだ」

「う、うん?」

「じゃぁ、行こっかー!」


 四階まで階段を上ったのだから、この庭は塔へ続く前庭だ。自分が居た場所のマップくらいは、暗くても分かる。塔まで送ると言った彼が、送って即帰る可能性は捨てきれない。逃がすものか。


「つ、紬喜!?」


 クリスを引っ張り、片手でスカートを抓んでずんずん進む。魔法ランプや光る花々で幻想的な庭には目もくれず、塔を目指した。途中で先回りしたアルフレートが、入口を開いてくれる。


「お休みなさいませ、紬喜様」

「アルフレートさん、おやすみなさい!」

「ア、アルフレートっ!」


 クリスが僅かに抵抗した。何かを言いかけた声は、紬喜が抱きしめる事でくぐもる。その隙に、アルフレートが入口を閉ざした。見事な連携プレイだ。クリスはすぐに、両手で紬喜の肩を押した。


「紬喜、夜に塔へ――――」

「聞こえない。私は何も知らないもん!」

「…………」


 閉まった扉に目を向け、クリスは溜息と共に俯いた。


「…………何を、怒っているの?」

「怒ってる訳じゃないんだよ?でもクリス、一緒に遊んで?」

「え?」


 この時間に、此処で、君と?


 分かり易く困惑を表情にしたクリスは、遊ぶって、と言ったきり言葉に詰まってしまった。


「私の祖国には、泊まる場所でする遊びがあるんだ」

「…………う、うん」

「その遊びはね。家に帰れない夜を、楽しい笑いに変える力があるんだよ」

「…………それで、何で二階に行こうとしているの?」

「クリスって、体重は何キロくらい?」

「…………」


 片手は紬喜に捕まっている。勿論、振り解く事は容易い。クリスがそれをしないのは、この塔に入ってしまった時点で勝負が付いてしまったからだ。未成年の婚約者に貸した塔。女官は控えさせていて、側近も護衛騎士も塔の外。しかも夜だ。


 確実に、首を絞めている。


「君に持ち上げられるくらいなら、自分で歩くよ…………」


 諦めるのは早かった。紬喜の首が締まる分には、もう構わない。寝室を奥に、次室、居間と三間続きの二階は、この塔の主寝室に当たる。紬喜に連れ込まれた居間は、春のような黄色がかった配色の部屋で、公の間でもある。家具は木を主とし、花や鳥などを彫刻した揃いの物。伝統の織物を飾り、季節の花を生け、入口脇に飾り棚。白地に青で繊細な模様が描かれたティーカップは、この国では有名な品だ。


「紬喜…………僕を寝室に入れる意味、分かってる?」

「何を今更。夜に部屋に来るのは、クリスだけだったよ?」


 この場で言われた事で、クリスの首も若干締まった。居間から次間を抜け、躊躇いも無く寝室に通され、彼は枕投げをさせられた。寝台から次々に投げられたクッション。それを叱るよりも、無駄な事だと教える方を選ぶ。


「ま、まいりましたぁ」

「気は済んだ?」


 クリスは経験者のように強かった。


 投げたクッションを避けている内は、まだ可愛げがあったのに。投げるものが無くなっら、当然、接近戦だ。そこから距離を取られ、また接近戦になりを繰り返す。このままでは終わらないと悟ったのか、容赦無く反撃されてからは早かった。あっという間に紬喜の周りのクッションが増え、肩に当たった一撃でバランスを崩す。倒れかけた手を引いたのは、あっという間に傍に来たクリスだ。


「僕と接近戦をする気、ある?」


 全ては動きにくい服のせい。悔しいけれど、白旗を上げる判断は即決だった。絨毯の上に座り込んでしまった紬喜と散乱した部屋を見回して、クリスは重い溜息を付いた。


「一階へ降りよう?話しがあるんでしょう?」

「そうだった…………でもその前に、部屋着って何処かな?」

「次間にあったよ?」


 行きとは逆に、クリスに手を引かれて寝室から出る。次間で手を放した彼に、紬喜はふと声を掛けた。


「ね、ねぇクリス。これ、どうやって脱げば良いか分かる?」

「…………女官を呼ぼうか?」

「なんで?」


 悪意の欠片もなさそうな様子で、紬喜が手を招く。きてきて、じゃないだろう。


「僕に手伝え、なんて言わないよね?」

「上から五つだけでいいから、ね?」


 向けた背中に並ぶ釦。それを外せ、と。


「この服、何処から手を付けて良いか分からなくて」

「僕も、何処から手を付けて良いか分からないよ」


 ボタンくらい、皇子様でもはずせるよね?


 首を傾げた紬喜を前に、クリスはアルフレートを呼んだ。彼は寝室の惨状に固まり、釦が外せないという紬喜にニコッと笑みを浮かべた。


「五つと言わず、すべて外して差し上げますよ?」

「クリスっ!」

「だから、女官を呼ぼうか、って言ったのに」




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