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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と青い空
54/63

7-5

 紬喜は漸く、ソファーから立ち上がった。


 白に近い桜色の服は、盛装というほど堅苦しくない。けれど、決してカジュアルでも無いのだ。無駄な装飾と露出の省かれた、上品な胸下切替エンパイアライン。控えめなレースが可愛いけれど、背中にズラリと釦が並んでいるのを知っている。丈がつま先まであり、慣れない引裾トレーンも邪魔だった。


「ここでも、足は見せちゃ駄目なの?」

「駄目だね。これでも、動きやすいようにしてもらったんだよ?」


 苦笑気味に言われて、紬喜はしょんぼり肩を落とした。柔らかく締め付けが無いだけマシなのだろう。用意された物に、文句なんて言えないけれど。


「部屋着は南様式パンツスタイルだからきっと気に入るよ。今だけ我慢してね」


 クリスは紬喜の手を取ると、行こうかと微笑んだ。天使の笑顔も、癒しには足りない。なるようにしかならないのは、分かっている。来てしまったのだから、慣れるしかないのだ。お城生活って結局、どこもこのパターンなんだ。そう思うと、残念な事に納得してしまった。


 何時もよりゆっくり歩いてくれるクリスは、淡い金の髪を纏める水色のリボン。毛先のカラーは落とされ、白い立襟のシャツに、グレーのベストは格子縞。流石に六分丈とはいかなかったのか、ボトムは踝まであった。


 少しラフな感じがするところが、妙に悔しい。


「ねぇ、何処に行くの?」

「ここの正餐室だよ。両親が是非って聞かなくて」

「えっ!」


 両親が是非って…………まさか、一緒に夕飯を食べるって事?


「クリスっ!私、王様とご飯出来るほど、にマナーに自信が!」

「ゆっくり食べていれば大丈夫だよ。紬喜は、難しく考え過ぎ」

「無理だよぅ…………」


 ゆっくりでマナーが改善できる筈が無い。高校最後の課外授業で、テーブルマナーを習ったのが唯一なのに。ハードルが全てにおいて高すぎる。馴染みの無い生まれの差は、じわじわ紬喜を苦しめた。


「食事を取りながら、君の故郷の話でもすればあっという間だよ。父上はね、紬喜の世界の凄い人と同じ名だから。話すと喜ぶと思う」

「え?」


 クリスに話した、日本の凄い人って誰?しかも、食べながら話すって、一番苦手なやつなのに!もうこれ以上のスパルタは止めて下さい。私にクリスと同じスペックは無いんだよ。鬼の仕打ちに抗議と拒否権を行使する前に、辿り着いた部屋。近い。近すぎる…………!


「まぁま紬喜ちゃん、可愛いわ。貴女が自然布しぜんふの物しか着られないって聞いて、私張り切ってしましたの!なのにクリスったら、シンプルで動きやすく、って酷い事を!」


 アルフレートが扉を開くと、すかさず女性が飛び出して容赦なく話し始めた。


「白いだけじゃないって、肌の色が良いわ!よく見せて?やっぱり正装のドレスは真っ白かしら!?」

「母上、ひとまず席に…………」

「ちょっとクリス。あなたまだ中齢体なの?」


 クリスを見下ろした第一王妃は、むすっと顔をしかめた。そんな彼女を宥めるように、トウモロコシ髭の王様が肩を叩く。


「落ち着きなさい。立たせたままでは、紬喜さんが可哀想だろう」

「あら嫌だわ。私ったら…………ごめんなさいね、紬喜ちゃん」

「い、いえ…………」


 このノリなんだ。引きつった笑みは直せそうにない。元気な王妃様は紬喜の手をクリスから奪うと、淡い金の三つ編みを背でくねらて食卓へ導いた。広い部屋なのに、四人掛けの円卓が一つで変な感じがする。戸惑う紬喜に向けられた、ぱっちりとした水色の瞳。興味の二文字を、隠しもしない。


 四十にはなっていないだろうという、綺麗な人だ。多分、話さなければ冷たい印象を受けただろう。キラリと光る精工な銀色のティアラ。額を隠すように被っているのは、よく見たら王様とお揃いの物だった。目が合った王様は、紬喜に向かって穏やかに微笑む。


「調子はどうかね?」

「は、はい。おかげさまで」

「堅苦しいのはよしておくれ、私達は近い内に家族になるんだ。あぁ、そうだ。まだ名乗って居なかったね?」


 王様は王様で、何処から突っ込めばいいのか分からない事を言う。ほわほわと髭を撫で付けて笑みを深めると、紬喜の逆の手を取った。


「私はマリオールという。お父様でもマリオでも、好きな方で呼んでおくれ」

「紬喜の祖国では、凄いマリオという魔物が人気者だったそうですよ」

「はぅっ!?」


 クリス!マリオは日本の凄い人じゃないよ!


 さぁっと冷や汗をかく。魔物の仮装をするとは話したけれど、魔物が居ない、とは言っていなかった気がする。架空と言えない雰囲気に紬喜が焦る中、王様はその話に興味を示してしまった。話さないという選択肢が無くなり、失礼の無いよう言葉を選んだ結果…………


「キノコを食べて巨大化し、タヌキにもカエルにもなるんです。怪獣を乗りこなし、星を宿してあらゆる敵を薙ぎ倒すという、凄い人です!」

「私も、まだまだであったな」


 王様の言葉に、紬喜はとうとう沈黙した。何か美味しい物を食べた、という事以外が頭から抜け落ちた頃、やっとクリスの両親が帰っていく。


「王様たち、元気過ぎる…………」

「王様じゃなくて、魔王様だよ」


 そういう事じゃありませんよ。溜息を付くと、クリスは気が抜けたように緩く笑った。


「僕らも退室しよう?塔まで送るよ。ごめんね、バタバタしてしまって…………疲れたでしょう?」

「うん…………」


 魔力体である彼らは、本来、食事も睡眠も不要なのだと言う。魔力が著しく減れば眠りを必要とるす、その程度だ、と魔王様は笑った。だから、食事や睡眠等は趣味の扱いらしい。つまり、不思議なマナーが流派のように存在し、私の付け焼刃は咎められなかった。


「クリス達は、アストレブンでも寝てなかったの?」


 黄緑色の絨毯が敷かれた廊下を歩く。後ろに控えていたアルフレートが、思わずと言ったように笑った。


「アルフレートもラルスも、寝たふりを頑張っていたよ」

「…………クリスは?」

「僕は、うーん、どうだったかなぁ?」


 笑って誤魔化そうとしたクリスに、睡眠と成長の話を力説したのは、言うまでもない。


「成長、ね」


 全く聞く耳を持たないクリスは、そう一言呟いて苦笑した。そんなだと大きくなれないよ、と紬喜は言えなかった。彼が育つという事に、喜びよりも不安が勝る。自分の中で増えていく感情に、向き合う勇気はまだ無い。


「クリスは、頭に何か被らないの?」


 思い出したのは、王妃様と魔王様の額に輝く装飾品だ。無意識に、夫婦揃いの品に目を向けた事に気付かず、紬喜は気を取り直した風を装った。


「被る?」

「魔王様達が被っていた、ような?」

「あぁ、簡易冠かんいかんの事だね」


 首を傾げていたクリスは、その顔に苦笑を浮かべた。溜息を付きかねない表情で、成体を取る王族が身に付ける義務なんだよ、と教えてくれる。


「義務?」


 高価な装飾品、という訳では無いようだ。今度は紬喜が首を傾げた。


「あれは、王族の魔力を抑圧する魔道具なんだ」

「え?何で付けてるの?」

「他の人達が怖がるから、かな?」


 ここでラルスの言っていた猫と鼠の話になるのか。知っている話しに、思わずほっとした。クリスは少し笑みを控え、真剣な瞳で見上げてくる。


「翡翠宮に居る限り、会う機会はないけれど…………簡易冠を付けた王族は、法の外にいる。手出しされても罪には問えないからね。気を付けるんだよ?」

「その心配、私には不要だと思うよ?」


 むしろ、王族避けが欲しいです。まさに鼠の気分だ。そりゃあ逃げるよ、身分ある人があんなノリでガンガン来たら…………


「紬喜には、全力で用心して欲しいのだけど…………」



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